オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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巫女姫の代替わり

 

 

/*/ 法国・代替わりの儀式 /*/

 

 

水面に映る薄絹のドレスは半透明で、巫女姫の細身の体をかすかに透かしている。目を覆う布の下では、かつての輝きを失った瞳が光を求めるように揺れていた。額には叡者の額冠――魔法詠唱装置としての役目を課された才能ある少女の証。だがその才能は、法国の非道ともいえる制度の犠牲となり、代替わりの際には自我を破壊される運命にあった。

 

神官長の低く厳かな声が広間に響く。

「これより巫女姫の代替わりを始める」

 

水面に立つ青と白の毛並みの人狼、ジョンはそのままゆっくりと進む。赤毛の修道女姿の戦闘メイド、ルプスレギナが傍らに控え、剣と杖を握りしめた姿で静かに息を潜める。

 

巫女姫は水の中に半身を沈め、足元の水面に指先を揺らす。儀式の場の静寂と緊張が、まるで空気を切り裂くように張り詰める。

 

ジョンは巫女姫のすぐ前に立ち、水面に映るその顔を見下ろす。

「今、解放してやる」

 

言葉と同時に、無造作に額冠をむしり取る。その瞬間、巫女姫は自我を失い、発狂する悲鳴を上げる。舌を噛まぬように、ジョンは指を巫女姫の口に突っ込み、水面に引き上げた。

 

「ルプー〈メンタルヘルス〉と大回復(ヒール)を」

ルプスレギナは素早く詠唱を走らせ、二つの魔法を巫女姫に掛ける。抉られた眼球はゆっくりと回復し、崩壊した自我が再構築されていく。その瞳が再び光を取り戻し、少女は水面で震えながらも自らの存在を取り戻す。

 

ジョンは巫女姫に手渡すように、〈神々の青春のリンゴ〉を差し出した。

「お勤めご苦労様。これは俺からの労いだ」

 

巫女姫は震える手でリンゴを受け取り、初めて深呼吸をする。過ぎ去った時間の重みが少しずつ溶けていき、失われた青春の一片が取り戻されるかのようだった。

 

水面の揺らめきと共に、ジョンとルプスレギナは静かに巫女姫を見守る。儀式の苦痛から救われた少女は、やがて深い感謝と安堵の表情を浮かべ、立ち上がる。

 

この瞬間、非道な制度の影に押し潰されそうになった時間が、ひとときの光と温もりで塗り替えられたのであった。

 

巫女姫が水面から立ち上がると、まだ震える声で感謝を述べた。

 

「……神獣様、ルプスレギナ様……本当に、ありがとうございます……」

 

神官長たちも膝をつき、低く頭を下げる。

「御恩に預かり、誠に感謝申し上げます。これにより、我らは代替わりの儀式の非道さを回避できました」

 

ジョンは額に手を当て、軽く笑った。

「額冠は魔導国で改良中だ。近いうちに、もう誰も犠牲にならずに済むようになる」

 

その言葉に、巫女姫の目には希望が灯る。

「……犠牲なく、未来を紡ぐことが……」

 

神官長たちはさらに深く平伏し、言葉にならない感謝の意を示した。

巫女姫も再び丁寧に頭を下げ、水面に映る自分の姿と共に、命を救われた喜びをかみしめる。

 

ジョンとルプスレギナは静かにその場を見守り、非道な制度の影から解放された少女と、安堵に包まれる神官長たちの姿を確認した。

 

風に揺れる水面と薄絹のドレスが光を受け、儀式の残像を柔らかく照らす。

この瞬間、犠牲に頼らずとも未来を紡ぐ道が、ほんの少しだけ開かれたのだった。

 

 

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