オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 蒼の薔薇拠点・夜 /*/
机に広げられた羊皮紙の上では、魔法陣が淡く光を放っている。
イビルアイは赤黒い瞳を爛々と輝かせ、まるで自らの存在を証明するかのように高らかに声を上げた。
「ふはははっ! この力……この階位の上昇こそが、我らに足りなかったものだ! 今まで触れることすらできなかった領域に、ようやく手が届く!」
ラキュースは険しい表情でその様子を見つめ、机に両手を置いた。
「……イビルアイ。あなたが強くなったのは分かるわ。でも、今は夢幻郷の探索を優先したいの。あそこにこそ、王国の未来につながる真実がある」
ガガーランが肩を竦める。
「ラキュースの言うことも分かるがな。だが、また同じ危険に飛び込むのはごめんだぜ。前回、全員無事だったのは運が良かっただけだ」
ティナとティアも視線を交わし、静かに補足する。
ティナ「未知の領域に踏み込むなら、最低限の対策が必要」
ティア「……慎重に」
場に漂う緊張を切り裂くように、イビルアイは鋭く言い放った。
「だからこそ! 今はこの力を練り上げるべきなのだ!」
彼女は指先を振り、机上の水晶球に魔力を流し込む。水晶の内部には、螺旋を描くように紅い光が収束し、小規模ながらも夢幻郷で遭遇した“歪曲の空間”を再現する幻影が浮かび上がった。
「見ろ。これまで私には、この構造を解析する術がなかった。しかし今は違う。位階が上がったことで、夢幻郷の理すら“再現”できる。準備を整えれば、あの領域に潜む脅威を事前に把握することも可能となる!」
ラキュースは驚愕に目を見張る。仲間たちも無言で幻影を見つめ、その現実味に思わず息を呑んだ。
イビルアイは胸を張り、声を低く強調する。
「力を整えれば、夢幻郷での探索は格段に安全になる。――無謀に突撃する必要など、もはやないのだ」
沈黙が落ちる。
ラキュースの心は依然として逸っていたが、仲間を危険に晒してまで焦るわけにはいかない。彼女は静かに頷いた。
「……分かったわ。ならば今はあなたの研究を優先する。だけど、準備が整ったら――必ず、夢幻郷に戻るのよ」
イビルアイの唇が、仮面の下で愉悦に歪む。
「約束しよう。その時こそ、蒼の薔薇の真なる探求が始まるのだ!」
/*/ 蒼の薔薇拠点・実験室 /*/
薄暗い実験室に並ぶ魔導具が低い唸りをあげ、壁に刻まれた魔法陣が赤く明滅していた。
イビルアイは床の中央に立ち、周囲を取り囲む仲間へ振り返る。
「――見せてやろう。死の螺旋から得た力、その応用を」
その声とともに、彼女は掌を掲げた。水晶球の中でうねる紅い光が激しく脈動し、やがて床に描かれた複雑な紋様に流れ込んでいく。
次の瞬間、部屋全体がきしむような音を立て、空間が“ひしゃげた”ように揺らめいた。
ガガーランが思わず足を踏み出す。
「な、なんだこりゃ……!?」
ティナとティアは即座に構えを取り、周囲に警戒を巡らせた。
「空間が……歪んでる」
「……本物に近い」
やがて室内に、夢幻郷で彼女らが一度目にした“不可思議な景色”が再現される。
壁も天井も意味を失い、上下の概念すら揺らぐ錯視のような領域。奥へ進めば進むほど、空間そのものが侵入者を拒絶するかのようにねじれていく。
ラキュースが目を見張った。
「これは……! まさか、夢幻郷の……?」
「ふふふ、完全再現とまではいかん。しかし“死の螺旋”から得た膨大なエネルギーにより、その構造を模倣することが可能となったのだ」
イビルアイの声には興奮と誇りが滲んでいた。
「これを拠点内で繰り返し解析すれば、未知の空間に潜む“罠”や“規則”を事前に暴ける。実際に突入するより、はるかに安全にな」
彼女は長衣を翻し、幻影に手を差し伸べる。
指先に触れる瞬間、空間が軋み、紅い光が蜘蛛の巣のように広がった。
「力を整える――それがすなわち、準備だ。夢幻郷の真相に至るには、この段階を飛ばすことはできぬ」
ラキュースは胸の奥の焦りを抑え込み、深く息をついた。
「……分かったわ。これなら、無謀に突っ込む必要はない。イビルアイ、あなたの研究に協力する」
ガガーランがぼやきながらも頷く。
「しゃーねえな。確かに、このほうが生き残れる確率は高そうだ」
ティナとティアも視線を交わし、短く同意を示した。
ティナ「理には適っている」
ティア「……賛成」
幻影の夢幻郷が、赤い光の中でゆるやかに形を変えていく。
それはまるで、“本物へ至るための試練”を目の前に提示されたかのようだった。
イビルアイは仮面の下で微笑んだ。
「ふははははっ! これで蒼の薔薇は次なる探求へ進める。――夢幻郷よ、震えて待つがいい!」
/*/ 蒼の薔薇拠点・実験室 /*/
実験室の中央に据えられた水晶球。その内部では、紅い螺旋光が収束し、やがて小さな世界を形作り始めていた。
空間が折り重なり、上下左右の概念を裏切る構造が現れる。見覚えのある歪み、ねじれ――夢幻郷。
ただし、それは人の背丈ほどの球体の中に封じ込められた“縮図”だった。
イビルアイは掌をかざし、魔力の流れを細やかに調整していく。
「……よし。これで外部に影響を与えず、内部だけを安定させられるはずだ」
水晶球の奥で、異様な幾何学構造が静かに回転し続ける。
その光景は、まるで神が掌の上に宇宙を閉じ込めたかのようであった。
そこへ扉が開き、ジョンが足を踏み入れる。
煙と光に満ちた実験室を一瞥し、彼は目を細める。
「……驚いたな。まさかダイオラマ魔法球とは」
イビルアイは振り返り、仮面越しに首をかしげた。
「なんだそれは? 私はただ、夢幻郷の断片を再現したに過ぎん」
ジョンは机に片肘をつきながら、水晶球を覗き込む。
「ダイオラマ魔法球ってのはな、一種の小規模な異界を閉じ込めた魔法球だ。空間と時間を操作して、中に入って修行や研究に使う……昔の魔法使いがよく作ったものさ」
「……ほう」
イビルアイは水晶球を撫でるように手をかざし、その内部で揺れる光景を食い入るように眺めた。
「異界を閉じ込め、なお観測できる……確かに似ているな。だが、私のこれはただの模倣ではない。この世界の理そのものを縮約した“夢幻郷の断片”だ」
ジョンは感心したように口笛を鳴らす。
「いや、これは本物に近い。昔のダイオラマ魔法球は訓練用の作り物にすぎなかったが……これは、観測すればするほど“本来の夢幻郷”に繋がる回路を見せてくれるんだろう」
水晶球の中では、建造物のような影が形を取り、次の瞬間には砂の城のように崩れ、また違う姿を繰り返す。
それは確かに、未知なる空間の“呼吸”そのものだった。
イビルアイの声は低く、しかし熱を帯びていた。
「ならば、この魔法球こそ……夢幻郷攻略の鍵となる」
ジョンは肩を竦め、にやりと笑う。
「さすがだな。けど、扱いを間違えると、中の世界に“引き込まれる”危険もあるぜ。古い魔導士の中には、それで戻れなくなった奴もいた」
イビルアイは短く笑う。
「ふん、それもまた上等。真理を求める者は、常に命を賭すものだからな」
水晶球の中で渦巻く小さな夢幻郷は、今も静かに形を変え続けている。
その縮図に、蒼の薔薇の新たな探求の未来が宿っていた。
/*/ 蒼の薔薇拠点・地下実験室 /*/
水晶球の中で、夢幻郷の縮図はゆっくりと姿を変え続けていた。光と影の螺旋を見つめるイビルアイは、すでに没頭の域に達している。
そんな彼女の背に、ジョンが軽く声を投げた。
「そうそう。イビルアイが研究してる間、残りの蒼の薔薇のメンバーで特訓しないか?」
ラキュース、ガガーラン、ティナ、ティアが一斉に振り返る。
「……特訓?」
ラキュースが問い返すと、ジョンは笑みを浮かべ、顎をしゃくった。
「エ・ランテル冒険者組合の訓練用ダンジョンだよ。特別に新設した第6階層に招待するぜ」
ガガーランは片眉を上げる。
「第6階層? 聞いたことねぇな」
ジョンはにやりと笑った。
「そりゃそうだ、つい最近完成したばかりだからな。従来の模擬戦用フロアよりも広大で、環境は可変式。地形は砂漠から氷原、密林まで切り替え可能だ。魔獣も、組合の依頼で回収した個体を調教して配置してある」
「……なるほど」ティナが腕を組む。
「実戦に近い状況を意図的に作れるわけか」
ティアも短く続ける。
「合理的」
ラキュースは小さく頷いた。
「確かに……夢幻郷に再び挑む前に、力を磨く場は必要ね」
ガガーランは豪快に笑う。
「ははっ! 面白そうじゃねえか! 実戦さながらの特訓なんざ、久しぶりだな!」
ジョンは彼女らの反応を確認して満足げに頷いた。
「決まりだな。明日の昼、組合の裏口に集合してくれ。あの階層は俺の招待がなきゃ入れない。準備はしっかり整えておけよ」
イビルアイは水晶球から目を離さず、しかし耳はしっかりとこちらに向けていた。
「……ふん。お前たちが強くなればなるほど、この研究の成果も活きる。せいぜい精進して来い」
ラキュースは小さく微笑み、仲間たちへ視線を向ける。
「ええ、行きましょう。夢幻郷に再挑むその日のために」
水晶球の中の小さな夢幻郷は、静かに渦を巻き続けている。
一方で現実の蒼の薔薇は、次なる試練に向け歩み始めていた。