オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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パルスライフルの実演

 

 

/*/ バハルス帝国・訓練場 /*/

 

 

広大な演習地の空気は朝靄に洗われ、遠景には整列した人影と厳めしい旗が揺れている。土の匂いと鉄の匂いが混じり合い、訓練の緊張が場を満たしていた。巨木で囲まれた仮設の見学席に、ジルクニフは黒毛布を肩に掛けて座っている。隣には、淡々と視線を巡らせるジョン――その目は既に射線と標的を読み切っているようだった。

 

「準備はいいか」

試射の合図を告げる声が野営の端で鳴る。数名の術者が台座に据えられた試作機に手を触れ、短い呪文を唱えた。符環が薄く光り、銃口からひんやりとした魔力の気配が立ち上る。

 

第一射。上部の三連射符環から、青白い閃光が三発、音もなく滑るように飛んだ。光は空を裂かず、むしろ静かに「線」を描いて標的へと収束する。標的の肉厚防具は一撃で貫かれ、内部の稼働機構が揺らいだ。

 

ジルクニフは眉を寄せる。表情の裏に、帝国の戦列が紙屑のように晒される可能性を算出しているのが見て取れた。

「性能は申し分ない……しかし我が騎士団はどうなる。剣と槍で鍛え上げた者達を、こうした『撃つだけ』の兵器が置き換えてしまうのではないか」

 

ジョンは淡い笑みを浮かべ、肩越しに一瞬視線を投げる。

「心配するのはわかる。だが〈魔法の矢〉の仕組みを理解すれば、強者はちゃんと対策できる」

 

彼は立ち上がり、地面に短く踏み込みながら説明を始めた。声は低く、しかし明瞭だ。

「この〈魔法の矢〉、命中率が高いのは“発射前に照射される魔力マーカー”に向かって飛んでいくからだ。射線を見ているのではない。『マーカー』が光を放ち、それに矢が吸い寄せられる。逆に言えば、そのマーカーの存在を感知できれば、どこへ飛んでくるか分かる。対処は容易だ」

 

言い終えるや否や、ジョンは動いた。試験場の中央に呼び出された一人の術者が再び符を刻む。上部から三発の矢が放たれる――だがジョンは身体をひとつ斜に滑らせ、それを掌で受け止めた。掌からは静かな痛みが伝わるが、矢は指の腹にめり込みこまず、彼の意志に従うように消滅するかの如く消えた。見学者たちから小さなざわめきが上がる。

 

「なるほど」

ジルクニフの顔に僅かな緩みが走る。だがその瞳はすぐに鋭さを取り戻した。

「しかし──それを見抜ける者がどれほどいるか。訓練で感知を教え込めるのか?」

 

ジョンは腕を組み、軽く顎に手をやる。

「魔術師との連携で、騎士の教育課程に『マーカー感知』を組み込めば良い。視覚的指示に頼るのではなく、魔力の微かな偏り、符の発するスペクトルの断片を読み取る訓練を施す。術者と盾を合わせる“共同護り”の概念だ」

 

ジルクニフは即座に質問する。

「実用的か? 短期でどれだけの騎士が習得できる?」

 

「短期で万能になるわけじゃない」ジョンは素っ気なく認める。「だが長年の剣技より、実戦で役立つスキルを短期間で教え込める。魔術師が初期の感度を貸し、騎士はそれに“反応”する訓練を積めば、集団として相当数が対応可能になる」

 

そのとき、下部のランチャーが作動する。炎を凝縮した火球がゆっくりと飛び出した。球体は速度が遅く、空中でふわりと転がるように進む。ジョンは手を伸ばし、近くにあった小石を拾い上げ、火球へ放り投げる。石が火球に当たると瞬時に破裂し、爆風は狙点より手前で散った。炎は分散し、周囲への危険は軽減される。

 

「火球は発射後の速度が遅い。見てから躱せるし、飛来体に何かを当てればそこで爆発する。だから対処はさらに容易だ」

彼の言葉に、訓練場の将兵たちから安堵の息が洩れる。

 

ジルクニフはその実演を見つめながら、視線を巡らせる。国の統率、教育制度、術師の確保、財政の配分――彼は頭の中で瞬時に実行計画を組み上げるが、最後に彼が最も懸念したのは「人材の普及率」だった。

 

(どの程度の騎士が、確実にこの感知と動作を実演できるようになるのか)

彼の計算は静かに進む。訓練の期間、師範となる魔術師の数、地方の兵営での実施可能性。短期間での普及は難しく、初期配備は都市近郊と重装騎士団に限定するしかないだろう──という結論が脳裏に浮かぶ。

 

ジルクニフはゆっくりと息を吐き、だが納得の色を覗かせた。

「なるほど。対策は存在する。だが──それを『実演』できる者はどれほどいるのか。教育の広がりが鍵だ」

 

ジョンは肩越しに軽く笑った。

「教育は金と時間と意思の問題だ。だが一度『対応する術』を組み込めば、騎士の在り方も変わる。剣で突く者は剣で守り、魔の標識を読む者はその矢を躱す。秩序は変わるが、存続する。だが……」彼の瞳が一瞬鋭く光る。「それでも足りないなら、さらに先を用意するだけだ」

 

ジルクニフはその言葉の含意を飲み込み、視線を遠くの整列する兵士たちに移す。朝靄の向こうで、未来の規律が静かに形を取り始めているように見えた。どの程度の速度でそれが広がるか──それを決めるのは、今ここに座る者たちの決断と、彼らが動かす時間の流れだった。

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