オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ アルゼリシア山脈・山腹の稽古場 /*/
夜の森に、張り詰めた静寂が落ちていた。
月明かりが岩肌を照らす中、ジョンは上着を脱ぎ捨て、裸の上半身を晒して立つ。深く息を吸い込み、骨の一本一本を意識する。
「……郭海皇の助言。骨を繋ぎ合わせ、鞭のようにしならせる」
イメージは既に固まっていた。全身の骨格が軟体動物のようにしなり、関節を連結して波打つ。拳に力を込めるのではない。ただ骨を鞭として振るう。
「――ふッ!」
突き出したのは、ただの正拳に見えた。だがその瞬間、骨格全体が連鎖し、背骨から肩、腕、手首へとしなやかな加速が走る。
ドゴォォォォォ――ッ!!
空気が裂ける。拳が届くより前に、衝撃波が弾け飛んだ。
地面の砂利が爆ぜ、岩が砕ける。周囲の草木は根こそぎ揺さぶられ、枝葉が千切れて宙を舞った。
「まだ……だ!」
ジョンは連撃を放つ。鞭打つような突きが次々と走り、衝撃波が重なり合って山肌を叩く。
ズガァァァァン!
バキバキィィン!
岩壁が大穴を穿たれ、数本の樹木が根こそぎ倒れる。空気の奔流は真空刃のように地面をえぐり、砂煙が渦を巻いて立ち上った。
「……クッ、制御が効かん!」
腕に激痛が走り、骨が悲鳴を上げる。それでも衝撃波は止まらず、半径数十メートルにわたって嵐が吹き荒れていく。
離れた場所で見ていたルプスレギナが、ぱちぱちと拍手を送った。
「わぁ……すっごいっすねぇ。演武でここまで環境破壊するなんて。まるで災害っすよ?」
「……笑い事じゃない。森が一つ消し飛ぶぞ」
ジョンは荒い呼吸を整えながら、崩れた岩と倒木の惨状を見渡す。
「でもジョン様。これ、実戦で敵にぶち込んだら……うふふ、肉片も残らないっすよ」
ルプスレギナの言葉に、ジョンは無言で拳を握り直す。
骨の鞭――その力は確かに絶大だ。しかし、制御を誤れば敵どころか味方すら巻き込む諸刃の剣だった。
「……まだ演武の段階だな。本番で使うには、体と環境の両方を守れるようにならないと」
月明かりの下、砕けた岩片が冷たい輝きを返していた。
それはまるで、彼の新たな力がもたらす破壊の未来を映す鏡のようであった。
/*/ 帝国北方・山岳地帯 /*/
夜を切り裂く咆哮が山間に響いた。
突如として現れたのは、鋼の外殻をまとった巨獣。全長十メートルを超える異形は、冒険者数十人の連携攻撃をものともせず、岩を砕いて進撃してくる。
「駄目だ! 武器が通らない!」
「魔法も効いてねぇ!」
冒険者たちの悲鳴が飛ぶ中、ジョンは一歩前へと進み出た。
人間形態で力も封印中の最弱形態。
その表情は静かだったが、背後に広がる森と仲間を守るため、躊躇いはなかった。
「……試すしかないな」
彼は深く息を吸い、骨の連鎖を意識する。脊椎から肩、肩から腕へ――。全身の骨を鞭に変える。
巨獣が牙を剥き、突進してきた瞬間。
ジョンの拳が振り抜かれた。
ドゴォォォォォォォ――ッッ!!
爆音が山肌を揺るがす。拳そのものが届くより前に、衝撃波が奔流となって広がった。
まるで嵐が直線的に叩きつけられたかのように、大地がめくれ上がり、岩盤が砕け、周囲の木々がなぎ倒されていく。
巨獣の外殻はその瞬間、空気の鞭で引き裂かれ、内部から血が噴き出した。
次の刹那、衝撃波が直撃。巨体は空に舞い上がり、何十メートルも吹き飛ばされて岩壁へ叩きつけられた。
ドガァァァァァンッ!!
大地が揺れ、岩壁が崩壊する。山全体が呻くような轟音が響き渡り、砂煙が空を覆った。
「……嘘だろ……」
「一撃で……あの化け物が……!」
冒険者たちは唖然と立ち尽くす。
煙の中から現れたジョンは、拳を垂らしたまま苦笑した。
腕からは血が滴り、骨が悲鳴を上げている。しかしその眼差しには、まだ闘志が燃えていた。
「これが……骨の鞭の真骨頂か」
そこへルプスレギナが駆け寄り、倒木を軽く蹴り飛ばしながら顔を覗き込む。
「いやぁ、派手にやりましたねぇ。森が半分消し飛んでるじゃないっすか。環境破壊でギルドに怒られますよ?」
「……命が残っただけマシだろう」
ジョンは血の滲む拳を見つめ、低く呟いた。
「次は、もっと狙いを絞る。森ごと敵を吹き飛ばすんじゃなく――敵だけを、だ」
その言葉に、ルプスレギナは相変わらず楽しげに笑った。
「ふふ、ジョン様らしいや。じゃあ次の敵は、もっと頑丈なの連れてきてもらわなきゃですねぇ」
砂煙が晴れ、崩れた岩壁の下に横たわる巨獣の死骸が露わになった。
山が沈黙を取り戻す一方で、ジョンの胸中にはまだ嵐が吹き荒れていた。
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