オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第九階層・モモンガの執務室 /*/
重厚な扉を閉ざすと、外界のざわめきは消え失せ、深い静寂が広がる。漆黒の執務室、壁際に並ぶ書架には、今もなお膨大な書物や巻物が積まれていた。最古図書館から運び込まれた資料を写本したものも混じり、その量はまるで小さな都市の知を凝縮したかのようだ。
机に広げられた羊皮紙には、肥料や石鹸の生産報告書。農作物の収量増加、乳児死亡率の低下といった成果が細かく記されている。
「……これほどまでの成果を目にすると、言葉を失いますね」
モモンガはゆっくりと椅子に背を預け、深い溜息を吐いた。骨の指が報告書を軽く叩く。
ジョンは頷き、机上の羊皮紙に視線を落とす。
「肥料も、石鹸も。仲間たちが“最古図書館”にあほみたいに蔵書を集めてくれたおかげですよ。自分たちだけでは、到底思いつきもしなかったでしょう」
「そうですね。私も、あの頃はただ戦うことばかりを考えていた。けれど彼らは違った……戦い以外の知識を、あたかも財宝のように貯め込んでいた」
二人の間に、静かに記憶が甦る。画面越しに語り合いながら集められた書物。誰が読むともなく倉庫に積まれ続けた膨大なデータ。それを「無駄」と笑う者もいたが、今こうして、世界を揺るがす実りをもたらしている。
ジョンは小さく笑みを浮かべた。
「彼らが残してくれた知識を、こうしてシモベたちが形にしてくれる。……ありがたい話です。自分たちが居なくなった後も、遺したものが人々を生かし続けるなんて」
モモンガは頷き、眼窩の奥の赤光をわずかに揺らした。
「シモベたちもまた、忠実に、そして誇りを持って成し遂げてくれている。私たちの仲間が残した種を、彼らが芽吹かせ、育てているのですね」
二人の視線は同じ一点を見ていた。書架に収められた厚い本の背表紙。それは、もはや居ない仲間たちの「存在証明」であった。
ジョンは静かに言葉を継ぐ。
「本当に……感謝しかありませんね。自分たちの力など、所詮は小さなものです。仲間の知恵と、シモベたちの献身。その両方があって初めて、こうした成果が生まれる」
「……ああ。だからこそ、この世界で生きる者たちに還していかねばならない。我々の誇りも、仲間の記憶も」
短い沈黙。執務室を包む静けさの中で、遠い日の笑い声がふと蘇るかのようだった。もう二度と戻らないはずの、ギルドの仲間たちの声。
モモンガとジョンは、それぞれ胸の奥でその響きを噛み締めながら、黙して杯を掲げた。
それは、今はいない者たちへの静かな感謝の儀式であった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・モモンガの執務室 /*/
ジョンは机に広げられた報告書を指先でなぞりながら、感慨深げに呟いた。
「……結局、肥料も石鹸も、あの最古図書館に馬鹿みたいに集められた蔵書があったから実現できたんですよね。自分たちだけじゃ、何もできなかった。今はもういない仲間たちのおかげですよ、本当に」
モモンガはゆっくりと頷き、遠い記憶に思いを馳せる。
「タブラさんのことを思い出しますね。あの人は錬金術や薬学に異様なほど情熱を注いでいた。ゲームの戦闘に役立つかも分からないような、薬草学や医療のデータブックまで買い漁って……。当時は正直、無駄だと思ったものです」
ジョンは小さく笑った。
「ええ。けれど今、肥料や医療体系を整える上で、その資料群がどれほど役に立っているか。あの人の偏執が、まさに命を救っているんですから」
モモンガの眼窩の奥がわずかに光を揺らす。
「死獣天朱雀さんも、同じですね。あの人は文学や宗教史ばかりにこだわっていた。攻略には何の役に立つんだと皆で笑ったこともありましたが……今になって、石鹸を“神の恵み”と呼ぶ庶民の心情を理解する上で、あの膨大な宗教書の蔵書が支えになっている」
ジョンは、少し照れたように肩をすくめた。
「ぐりもあさんの蒐集も忘れちゃいけませんね。あの人、魔法理論と異界言語の資料を一番熱心に集めていたでしょう? 魔導式の体系を現地の言葉に落とし込めたのは、あの時の資料のおかげです。魔法と科学の狭間を繋げたのは、まさに彼の遺産ですよ」
「……本当に、そうですね」
モモンガは静かに机に置かれた羽ペンを握りしめた。
二人の間に沈黙が落ちる。
最古図書館の書架に、あの頃はただ“遊びの延長”として積み上げられた知識たち。それが今、異世界の数多の人々を救っている。
ジョンはその重みを噛み締めるように言葉を継いだ。
「仲間たちが笑いながら集めたものが、こうして人々の命を繋ぐとは……。思えば、不思議なものです」
モモンガは深く頷き、感情を噛みしめるように言った。
「ええ。あの人たちの遺した知識は、今も我々と共にある。シモベたちを通じて、この世界の人々の中に息づいているのです」
二人はしばし黙し、ただ心の中で――今は遠き仲間たちへ、静かな感謝を捧げていた。