オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
エンリは畑の石を拾い集めていた。畑の中に石が混じっていると耕す時に農具を傷つけるばかりでなく、根の張りも悪くなる。冬になって作物が無くなった今やっておかないといけない重要な仕事だ。冬にする事がないなどと言う事は無いのだった。
籠に集めた石を降ろし、額に浮かんだ汗を手の甲で拭って背伸びをする。
屈みっぱなしだった腰が伸びて心地よく、冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。そんなエンリの元に息せき切って駆け込んできたものがいた。
トブの大森林で薬草採取の際に助けたゴブリンのアーグだ。
「あ、姐さん!エンリの姐さん!ちょっき!た、大変なんだ!き、聞いてくれ!」
「ど、どうしたの?落ち着いて」
アーグの慌てように何かあったのかと思ったエンリだが、けが人が出たならジュゲム達も報告に来るだろうし、新しくジョンが連れてきたオーガやウォートロールが何かやったのだろうか?
何度かアーグを宥め、深呼吸させて、やっと落ち着いて話が出来るようになった頃、アーグが口にした言葉は一寸ばかり理解不能だった。
「う、うちの
「はぁ?」
我ながら間の抜けた表情だったと思う。アーグ達が人間の表情を読むのが苦手で良かった。
アーグに連れられて村の広場に戻ると、ジュゲム達がアーグの部族の者たちと最初に村に来たオーガ5人を囲んで何やら話し込んでいた。
良く見ると呼ばれてきたのか、ンフィーレアの姿もある。
「やぁ、エンリ。アーグに呼ばれてきたんだね」
「ええ、ンフィー。みんなが喋るようになったって聞いたんだけど……?」
「話をしてみれば、直ぐにわかると思うよ」
そう言われて、首を傾げたエンリだったが、取り合えず彼らに挨拶をしてみる。
「こんにちは。……今日は皆は西の畑の担当だったよね?」
「押忍!エンリ族長!俺たち、今日は西の畑を耕していた」
「ん?」
最初から違和感があったが、少し言葉を交わして理解した。
これまでは片言でしゃべっていたのに、今日は非常に流暢に話す。それこそ村人やジュゲム達と話すのと変らないレベルだ。
「あれ?昨日……ううん。今朝までは普通……だったよね?」
「族長、俺たち何か悪い事をしてしまったのか?」
「ううん。そんな事ないよ!何も悪い事なんてないよ!ただ雰囲気が急に変わったからびっくりしているだけ……なんだけど」
ちらりと見るとンフィーレアも難しい表情をしている。
「まるで皆、ホブゴブリンになってしまったようだよね……僕もこんな事例は聞いた事がないから、コークスさん達に頼んでカルバイン様に連絡を取って貰ってるんだ」
「そっか。それなら、安心かな」
それまでどうしようかと考えて、結局のところ身体に異常がないのなら畑仕事を続けるとの結論に至った。
オーガの怪力は貴重なのである。……見てると力も強くなったような気がする。エンリは畑に視線を落としながら、ふと笑みを浮かべた。
「……あれ、アーグ、なんか声も大きくなった?」
「えへへ、姐さんに驚かれたくて、ちょっと張り切ったっす!」
その一言に、エンリは思わず肩を叩き、周囲のゴブリンやオーガたちも笑い声をあげる。
冬の空気は冷たいが、村は暖かかった。新しい力と成長の予感に、皆の顔が自然と輝く。石を拾う手を休めながら、エンリは心の中でそっと呟いた。
――この村でなら、皆、もっと強くなれる。
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「エンちゃーん、久しぶりっすね。今日はどうしたっすか?エンちゃんが呼ぶから、バハルス帝国から跳んできたっすよ!」
ニコニコとルプスレギナがエンリに語りかける。先ほどまで帝国の中央市場でジョンと買い物デートしていたからか、非常にご機嫌だ。
エンリをからかっているルプスレギナを横目にジョンは、ンフィーレアやジュゲム等から状況を聞き込む。
「旅行に行かれてると聞いてたのに、すみません」
「なに気にするな。直ぐに魔法で行き来できるんだからな」
「ありがとうございます。それで実は……」
一通りの話を聞くとジョンは満足気に頷いた。
「うんうん、アーグ。皆お前と同じホブゴブリンになったようだぞ。良かったな」
「え?俺ってホブゴブリンだったんですか……?」
自分の頭をポンポンとするジョンを見上げて、アーグは目を丸くした。
「そうだぞ。知らなかったのか?」
「俺……ずっと、自分が変なのかと思って……そっか、俺、ホブゴブリンだったのか」
安心したように、気が抜けたように、俯くアーグの足元には水滴が小さな染みを作っていた。
ジョンはアーグの頭をわしわしと撫でてやりながら、「アーグは強い子だ。大丈夫お前はまだまだ強くなれるよ」と言葉を掛けてやった。
アーグを撫でながら、ジョンはンフィーレアに向き直る。
「……それで今回のは目に見えて実験の効果が出てきたって事だな」
「実験……ですか?」
「実験といっても、そう大したものじゃない」
そう言ってジョンがンフィーレアに語ったのは……
この世界では知能がある程度のレベルに達しないと、言葉を理解できなかったり、流暢に話せなかったりするようだ。
今回の事は簡単に説明すると「レベルが上がってINTが閾値に届いたから、流暢に話せるようになった」と言う事になる。
もっと分かりやすく言うと「成長して、言葉を流暢に話せるようになった」と言う事。
しかし、ここで言う成長とは普通に食事をして身体が成長していくのとは違う。
冒険者が危険を潜り抜け、危険なモンスターとの戦闘を繰り返して、人間離れした身体能力、生命力を獲得していくように、普段の生活でも安全に危険なモンスターとの戦闘を繰り返していけば、人間やゴブリンでも成長できるのでは無いかと言う実証実験。
その成長の結果だと言う。
先日の討伐軍との戦闘で騎兵の突撃を受け止めたりした膂力も、村人たちが気づかない内に成長していた結果であり、村に来てからンフィーレアが第3位階魔法に開眼したのも、リィジーが第4位階に達したのも、その結果らしい。
今回は片言でしか話せなかった彼らが急に流暢に話し出したので、目立っただけで変化はずっと前から村の中にあったと言う事だった。
それでゴブリン達はホブゴブリンに進化したのだろうとのジョンの見立てだ。
「安全に危険なモンスターとの戦闘って……もしかして」
「そだよ」
チーム時王の植物型モンスター畑の朝の収穫祭。村人からは「疲れにくくなった」「力が強くなった」「白髪が減った」「まな板が切れた」「腹筋が割れてきた」など喜びの声が寄せられていた。
「あれは全部、朝の収穫祭のおかげなのさ。体力だけなら今の村の皆は、金級冒険者にも引けは取らない筈だ」
「でも、俺らは変らないと」
ジュゲムが肩をすくめる。
「召喚モンスターであるジュゲム達は成長しないっぽいな。すまんな」
「それが姐さんの安全に繋がるなら、何も問題はねぇっすよ」
先を見通して様々な手を打つジョンや、自分が変われなくとも愛するエンリの安全に繋がるなら構わないと言うジュゲムの言葉。
ンフィーレアは彼らに大人の漢を見て、頭が下がる思いで一杯だった。
――僕も彼らに並べるような大人にならなくては。
新婚のンフィーレアはそう決意を新たにするのだった。