オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 王国北部(現・魔導国直轄領)視察 /*/
「……人が、いない」
ぐりもあは立ち止まり、広大な農地を見渡した。金色の麦が風にたなびき、潤沢な水路が格子状に張り巡らされている。だが、そこに農夫の姿は一人もない。ただ延々と、無言のアンデッドが鍬を振るい、黙々と収穫作業を続けていた。
彼らは疲れを知らない。夜になろうが、雨が降ろうが、同じリズムで鎌を振り、袋を担ぎ、無機質に穀物を集めていく。
「すごいなぁ……理想の完全自動農業じゃん。でも、なんだろう……すごく背筋が寒くなる」
ぐりもあは小声で呟く。
続いて港町へ。水揚げされた魚は、その場で鮮度を保つ魔法に掛けられ、整然と木箱に収められていく。ここでも漁師の姿はない。網を引くのも、選別をするのも、全て骸骨兵や腐肉に覆われたゾンビたちだった。
「……あれ、なんで人間がいないの?」とつい漏らす。
傍らのジョンが肩をすくめて答える。
「人間より、アンデッドの方が効率いいんだもん。寝ないし、飯も要らないし、文句も言わない。人は別の仕事についた方がいいでしょ」
ぐりもあは何か反論しかけたが、言葉にならなかった。
やがて一行は、直轄領の中心に建てられた大規模工場へ。
「この工場……これ、ハーバーボッシュ法じゃん!」
ぐりもあは思わず叫ぶ。窒素固定を行う巨大な魔法炉が稼働し、肥料が次々と生産されている。
「こっちは……ソルベー法? 炭酸ナトリウム作ってるのか。石鹸工場まである!」
両目をきらきらさせながら走り回り、装置の配管や符文を指さしては解説を加える。
「すごい、魔法で全部再現してる! ……いや、でも待って。消費地がないのにこんなに作ってどうするの?」
ジョンがニヤリと笑う。
「うちの国じゃ全部は食べきれないからね。余った分は他国に無償で食料援助したり、逆に売りつけたり。その利益で国内のインフラをガンガン整えてるんだよ。学校も、劇場も、孤児院も、そのおかげ」
「なるほど……画期的っていうか、発想がブラックっていうか……」
ぐりもあは苦笑し、けれど目を輝かせたままだった。
ふと、ふと思い出したように尋ねる。
「ところでジョンさん、もともとここに住んでた人たちは、どこへ行ったの?」
ジョンは一瞬言葉を詰まらせ、頬をかきながら照れ笑いを浮かべる。
「……えーっと、モモンガさんのアンデッド軍団で、皆殺しにしました(∀`*ゞ)テヘッ」
空気が止まった。
「……は?」
ぐりもあの表情が強張る。
「いやねぇ、元の王国の貴族連中が、俺たちの村を焼き討ちしに軍を派遣してきたのよ。その仕返しっていうか……うちに手を出すとどうなるか、愚か者に教えてやったわけ」
軽い調子で語るジョン。だがその裏にある惨状は、想像するだけで胃が重くなる。
ぐりもあは黙り込み、やがて深いため息をついた。
「……尊い犠牲だったのね」
「まぁ、そういうことになるかな」
ジョンは苦笑を浮かべつつも、目の奥だけは笑っていなかった。
整然と動き続けるアンデッドたち。稼働する工場群。豊かさと恐怖がないまぜになった直轄領の風景を前に、ぐりもあは改めて思う。
――ここはもう、かつての王国ではない。
人間のための国ですら、ないのだ。
そして同時に、だからこそここまでの繁栄を実現できたのだ、と。
彼の胸には複雑な感情が渦巻いていた。
/*/ 王国北部(現・魔導国直轄領)視察 /*/
「へぇ……ハーバーボッシュ法にソルベー法。まさか、この世界で再現してるなんてね」
工場の巨大な魔法炉を前に、ぐりもあはまるで子供のように目を輝かせていた。管を伝って流れる青白い光が、まるで高圧反応器のように見える。肥料の山、石鹸の樽が規則正しく積まれていく。
「ローマ式石畳に上下水道。サニタリースライムで下水処理まで。図書館や学校、孤児院や闘技場……すごいよ。技術史を知ってると、余計に驚かされる」
その声音には、研究者特有の好奇心と興奮が滲んでいた。
ジョンは横でポリポリと頬をかきながら、苦笑した。
「いやぁ……よく知ってるねぇ、ぐりもあさん。専門家顔負けだよ」
「昔から本ばっかり読んでたからね。こういうのには目がないんだ」
ぐりもあは胸を張る。
その姿に、ジョンは素直に頷き、真剣な声音で続けた。
「でもね、ここまで出来たのは俺たちの力じゃないんだ。全部、みんなが最古図書館に集めてくれた知識のおかげだよ。魔法で自動化できたのも、ぐりもあさんが蒐集してくれてた魔導書のおかげ。俺たちはただ、シモベたちにそれを実現してもらっただけなんだ」
「……みんなの力があってこそ、か」
ぐりもあは少し俯き、噛みしめるように繰り返す。
ジョンは大きく頷き、少し表情を和らげた。
「そうそう。だから俺は胸を張って言える。これは俺の功績じゃなくて、仲間みんなの成果なんだって」
その言葉に、ぐりもあは小さく笑みを浮かべた。拗ねた気持ちも、少しだけ和らぐ。
「さて――次は漁港でも見に行くか?」
ジョンが軽く手を打つと、ぐりもあは興味津々といった顔を向けた。
「漁港? さっきも魚をアンデッドが運んでたけど、まだ何かあるの?」
ジョンはニヤリと笑い、声を潜めるように囁いた。
「……醤油があったんだよ」
「……え、醤油!?」
ぐりもあの声が裏返った。
「そう。発酵槽の中から見つけてね。港町じゃ魚の保存に塩だけじゃなくて、発酵も進んでたらしくって。おかげで煮物も焼き魚も、一気にレベルアップだよ」
「……それ聞いたら、絶対に行かないとだめだよね」
ぐりもあの口元に、期待に満ちた笑みが広がる。
こうして二人は、次なる見学先へと歩みを進めていった。
ただ効率や生産だけではなく、そこに「味わい」や「暮らしの豊かさ」も息づいていることを、ぐりもあは少し嬉しく感じながら――。
/*/