オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 夢幻郷・ドリームランド “時逆の塔” 幻視の間 /*/
蒼い薔薇の面々は、無音の回廊を進んでいた。
階段は上へ登っているのに、景色は沈み込むように下降していく。壁の燭台にともる炎は逆さに揺らめき、滴る蝋は天へと流れ戻る。まるで時間そのものが、塔の意志によって逆巻いているかのようだった。
先頭を行くラキュースが息を飲む。
「……これが、千の時を巻き戻す塔、か」
床に敷かれた石畳は、古代語で刻まれた呪式文の連なりだった。足を踏み入れるたび、光が淡く脈打ち、過ぎ去った瞬間が再生される。
誰かが通り、言葉を交わし、戦い、滅びた。そんな無数の“記憶”が、薄膜のように空間を満たしていた。
そして、その最奥――
鏡のように滑らかな青水晶の間に、彼はいた。
直立した蛇の姿。
だがそれは単なる異形ではない。
鱗は銀河のように輝き、目は双星のごとく冷たく燃える。長いローブの裾が床を這い、手に握る杖の先端には、かつて竜王たちが冠したと伝わる“理の宝珠”が嵌め込まれていた。
「シシシ……ようこそ、来訪者たち。記憶の果てより歩む者たちよ」
舌が二つに割れた音を立て、彼――“時逆の蛇賢”ナーハ=シュルは語る。
「我は見ていた。竜の支配が空を覆い、神秘が地を縛った時代を。そして、そのすべてが、八つの欲に呑まれて終わる光景を」
ラキュースが問う。
「竜王の時代……あなたは、それを知るというのですか」
「知る? いいや、我はそれを“憶えて”いる」
蛇賢が杖を一振りすると、青水晶の壁が水面のように揺らめいた。
時逆の流れが急速に加速し、塔の外の光景が変貌していく――
空を覆うは、七色に輝く竜たち。
地を歩むは、黄金の鱗をまとった王たち。
山脈がその翼のひと振りで崩れ、海が咆哮一つで裂ける。
それは――“竜王の世”。
だが、天空がひび割れる。
人の姿をした“何か”が、虚空から歩み出る。
八つの光――八欲王。
「見よ。彼らは神秘の根を奪い、竜の言葉を書き換え、理そのものを“再定義”した。竜たちの無限を有限へ変え、永遠を終焉に閉じ込めたのだ」
炎の竜が燃え尽き、氷の竜が蒸発し、光の竜が影へと変わる。
天が沈み、世界が一度――止まった。
蛇賢の声が、かすかな哀惜を帯びて響く。
「無限はなかった。彼らがそれを“定義”した時、全ては有限となった。ゆえに竜王は滅び、神秘は閉ざされた。……それが、お前たちの“現実”の起点だ」
蒼い薔薇は、言葉を失ってその幻視を見つめていた。
その光景は夢にして、記録。
そして、終わらぬ時を生きる蛇の記憶。
「問おう、人の子らよ」
蛇賢の瞳が、ラキュースの心を穿つ。
「――お前たちは、その有限を壊しに来たのか?」
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沈黙の中、青水晶の光がラキュースの頬を照らしていた。
彼女の銀の瞳が、幾千年の記憶を映す蛇賢の双眸とまっすぐに交わる。
彼女は息を整え、静かに言葉を紡いだ。
「――私たちは、“未知”を知りに来た」
その声は小さい。だが確固としていた。
迷いも、野心も、恐れもない。
ただ“知りたい”という純粋な衝動だけが、ラキュースを支えていた。
イビルアイが唇を歪める。
「まったく……人間ってのは、どうしてこう、危険なものに惹かれるのかしらね」
だがその声には、どこか楽しげな響きがあった。
蛇賢ナーハ=シュルの喉が、シュー、と低く鳴った。
「未知、か……シシシ。良い響きだ。ゆえにお前たちは“有限”の子。飢え、渇き、求め続ける」
杖の先に嵌め込まれた宝珠が、脈動を始める。
塔全体がわずかに揺れ、壁の水晶面に刻まれた過去の映像が、次々と流転していく。
――竜王たちの議場。
――大空を焦がす八つの光。
――神秘が軋み、理が裂ける音。
「見届けよ、人の子らよ」
蛇賢の声が深く沈む。
「お前たちが“知る”と望むなら、この塔はその代償を求める。知ることは、忘れぬこと。見たが最後、その夢はお前たちの魂に焼き付く」
ティアとティナが、互いに短く視線を交わす。
ガガーランは腕を組んで笑った。
「面白ぇじゃねぇか。どうせ戻れねぇなら、最後まで見てやるさ」
蛇賢の舌が、湿った音を立てて震える。
「ならば――見よ。“竜王たちの終焉”を」
次の瞬間、塔の床が波打ち、蒼い薔薇の視界が暗転する。
彼女たちの意識は過去へと沈み、夢と記録の狭間へ堕ちていった。
――そこは、かつて竜が空を支配していた世界。
大陸が火と氷で裂け、山脈が翼の一撃で崩壊する。
そして、その空の裂け目から八つの人影が降り立つ。
竜王たちが神秘そのものなら、彼らは“再定義”そのものだった。
言葉が世界を変え、理が数式へと堕ち、永遠が有限へと変貌していく。
ラキュースたちは、その中心で立ち尽くしていた。
彼女の心は震えていた。恐怖ではない――ただ、圧倒的な“真実”の重み。
「……これが、“始まりの終わり”……」
ラキュースの声は、風に溶けた。
その光景の中で、蛇賢の声が遠く響く。
「シシシ……それが、八欲王の罪。世界を再定義し、竜を滅ぼし、神秘を“法則”に変えた。お前たちの“文明”は、そこから始まったのだ」
そして、光景がゆっくりと歪み始める。
終焉と始まりが混ざり合う――夢と現の境界。
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