オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
トブの大森林内部。
150mも進むと温度が数度下がる。それは単純に日差しが入ってこない為だ。とは言っても完全に真暗になる訳ではない。ひんやりとした空気の中をジョンは進む。
大森林はいつもの通り静けさが支配していた。梢の揺れる微かな音と、時折木霊する鳥獣の鳴き声以外はほぼ無音。ジョンの足音もほぼ聞こえない。
昆虫や獣には薄明薄暮性――明け方と夕方に主として活発になるものが多いので、昼間の方が虫が少なかったりするのだ。
大自然を堪能しようと全力で呼吸して歩くと、怯えた獣やモンスターの大移動が始まって森が荒れると、ジュゲムから苦情を貰ったので現在は出来るだけ息を潜めて歩いている。
「薬草の場所は覚えておいて、あとで教えてやろう」
ふんふんと鼻を鳴らして、水の臭いを嗅いでは進む方向を修正する。
やがて、森の中の沼地の辺、湿地にたどり着く。
湿地には周囲の木々からの落葉や倒木などの堆積する速度が、微生物などの分解速度を上回っているらしく泥炭になって堆積していた。
泥炭はわずかな荷重で圧縮されるため、泥炭地は地盤として流砂並みに軟弱であるが〈
「畑の土壌改良に少し掘りに来ても良いかもなー……さて、ここにはあるかな」
この辺りは深そうだな……泥炭地の深みを見つけると、そこを掘ると言うよりも潜っていく。
たぷん。
と、湿地の水面に波紋を残し、周囲は元の静けさを取り戻す。
梢の揺れる微かな音と、時折木霊する鳥獣の鳴き声以外はほぼ無音の世界となって、数分いや十数分だろうか。
水面が波打ち、ごばぁッ!と黒い丸太を咥えた
全身をぶるぶると震わせ、水を吹き飛ばすと咥えていた丸太を担ぎ、そのまま上機嫌で帰路に就いた。
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カルネ=ダーシュ村に戻ったジョンは、先ほど拾ってきた丸太を水堀で丁寧に洗い流した。泥炭地に潜ったときの黒い泥がこびりついており、手で擦るとゴボゴボと泥水が跳ねる。
水堀でざぶざぶと丸太を洗った後、風呂屋の裏手に並べて乾かしながら、自分は風呂に入って一日の疲れと泥汚れを落とす。湯気の向こうで、時王の面々の声が響く。
「リーダー、何拾ってきたの?」
コークスが好奇心丸出しで覗き込む。
「埋もれ木だよ。埋もれ木。」
ジョンは湯上がりの髪を手で払いながら答える。
「埋もれ木かー。何か細工物でも作るの?」
ナーガンの目が輝く。
「うん。雁首と吸い口はもう作ってあるんだ。」
「おー、煙管かー。いいねぇ!」
身体を乾かし、着替えを終えたジョンは裏手に回り、魔法で丸太を素早く乾かす。水分を飛ばしつつ、光る魔法陣がほんのり温かさを与える。丸太が乾いたところで、ジョンは手刀で適当な大きさに切り出す。
「慎重に、慎重に」
小声で自分に言い聞かせつつも、作業は慎重だ。
「道具を使え、道具を。一応、知的種族だろうに。」
ナーガンは笑いながらも興味津々で丸太を覗き込む。
粗く形を整えたら、道具で細かく削り、表面を滑らかにしていく。割れないように注意しながら、内部を丁寧にくり抜く。削り粉の匂いが風に混ざり、木の香ばしい匂いが漂う。
くり抜きと表面磨きが終わると、予め作っておいた雁首と吸い口を接続して完成。鈍い色合いと手触りの良さが、思わず頬をほころばせる逸品となった。
ジョンは刻みタバコを詰め、火を点けてそっと吸う。煙は甘みを帯び、口当たりは丸く冷やかで、冬の乾いた空気と不思議に調和する。
「ふむふむ。悪くないな……もう一個作るか。」
独り言のように呟くジョンの横で、ルプスレギナが興味津々に首を傾げる。
「タバコなら、モモンガも死の支配者の姿でも楽しめるだろうな。」
ジョンは微笑みながら、次の一本を作る手順を思い描いた。
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ジョンがもう一本の煙管を作り始めた頃、ルプスレギナの目がさらに輝いた。
「ジョン様、ちょっと!それ、貸して下さいっす!」
「……仕方ないな。」
ジョンは完成した煙管の一つを渡すと、ルプスレギナは嬉々として口に咥える。
「ふむふむ……あ、んんっ?」
吸い込む力が強すぎたのか、煙が一気に肺に入ってむせ返る。
顔を真っ赤にし、手でぱたぱたと扇ぎながらも、なぜか笑いが止まらない。
「きゃははは!なんすかこれ!煙が口から鼻から…ああ、もう変な感じぃ!」
ジョンは傍らで冷静にタバコを楽しみながら、呆れつつも微笑む。
「落ち着け、ルプー。ゆっくり吸わないと煙管は楽しめないぞ。」
「わかってるけど、つい勢いで吸っちゃうっす!」
ルプスレギナはむせながらも、両手で煙管を抱え、どうしても笑いが止まらない。
モモンガの姿でも楽しめると話していた煙管の魅力を、まさに全身で体現しているルプスレギナだった。
「よーし、この勢いで二本目も作るぞ!」
ジョンは手早く次の丸太に手をかける。ルプスレギナはまだむせ返りつつも、次の一本に目を輝かせて見つめていた。
その日、風呂上がりの静かな裏手には、木の香りと煙の匂い、そして笑い声が入り混じり、のんびりとした冬の午後がゆったりと流れていった。
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ジョンは裏手で最後の煙管を手に取り、少し微笑んだ。
「よし、これでモモンガさんの分も完成だな」
風呂上がりのローブ姿のまま、ジョンは丸太小屋を抜け、モモンガが座る執務室へ向かう。
「……ん? 何だ、これは」
机に肘をつき、顎を支えるモモンガの前に、ジョンは慎重に煙管を差し出した。
「ほら、モモンガさん用だよ。俺が作った埋もれ木の煙管です」
モモンガはじっと見つめ、そして手を伸ばして受け取る。木目の鈍い色合いと滑らかな手触りが、黒い掌に心地よく収まった。
「……なるほど、火を点ければ吸えるのだな?」
「そうっす。甘くて丸い味ですよ。リラックスできます」
ジョンはそっと火を点け、モモンガに軽く手渡す。黒い目がじっと光り、モモンガは慎重に煙管を口に運ぶ。
「……ふぅ……なるほど、これは悪くない」
吐き出される煙は薄く宙に漂い、天井近くでゆっくりと広がる。
ジョンもソファに腰を下ろし、自分の煙管に火を点けた。
「じゃあ、俺も一緒に」
二人は向かい合うようにして煙を口に含み、ゆっくりと吐き出す。煙の白が微かに重なり、室内に静かな時の流れを作り出す。
「……ふむ、落ち着くな」
モモンガの低い声に、ジョンは微笑みながら煙をゆらす。
「俺も……いや、なかなか悪くないね」
しばらく、二人は煙管をくゆらせながら、何も言わず、ただその時間を共有する。外の冬の冷気も、丸太の香りも、刻みタバコの甘い香りも、すべてが静かに調和していた。
ジョンは心の中で小さく呟く。
「こういう時間も、悪くないな……」
モモンガもまた、口元にわずかに笑みを浮かべ、煙の輪をゆったりと吐き出した。
静かな午後、二人だけの穏やかな時間が、ゆっくりと流れていった。