オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春・6

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン /*/

 

 

 清掃班の一員であるバニアラのチームは、無骨な鉄の扉の前に到着した。訓練用とはいえ、このダンジョンは本物の迷宮を模して造られており、危険な罠や仕掛けが随所に張り巡らされている。扉には複数の冒険者たちの通過痕跡が残っており、先行したパーティの足取りを示していた。

 

 バニアラが合図を送り、仲間の二人が扉を押し開く。軋む音と共に冷たい空気が流れ出し、その奥には、一階分ほど下がった構造の部屋が広がっていた。段差の先を照らす魔法光が淡く灯り、そこには六名の冒険者が床に崩れ落ちるように倒れているのが見える。誰も動かず、呼吸の気配すらない。

 

「おい、急がないと手遅れに――!」

 若い隊員が焦りを隠せず、足を踏み出そうとした瞬間、バニアラの手が素早くその腕を掴んだ。

 

「止まれ」

 低い声に全員の動きが止まる。彼女の眼差しは鋭く、扉の向こうを見据えたまま言葉を続けた。

 

「罠よ。あの部屋は低酸素状態にされている。そのまま入れば、一息吸っただけで意識を失うわ」

 

 若者が息を呑み、蒼白になる。訓練場だからと侮っていたのだろう。だが、バニアラは淡々と指示を出す。

 

「換気魔法を起動。扇風石を二基。空気の循環が安定するまで待つのよ」

 

 仲間たちが慌ただしく準備を始める。壁に埋め込まれた小さな魔法装置が起動し、淡い風が渦を巻いて部屋の内部へと流れ込んでいった。しばらくの間、誰も言葉を発せず、ただ低い唸り音と風の流れを見守る。

 

 やがてバニアラが懐から小型の火石を取り出し、部屋へと投げ込んだ。石が床に転がり、淡い炎を灯す。炎はしばらく小さく揺らめいた後、しっかりと燃え広がった。酸素が十分に行き渡った証拠だ。

 

「……よし。空気は戻った。回収に入るわよ。全員、警戒を解かないこと。次の罠が仕掛けられている可能性もある」

 

 彼女の声に、若者たちは緊張した面持ちで頷き、慎重に部屋へと降りていく。倒れている冒険者たちを一人ずつ確認し、身体を担いで外へ運び出す作業が始まった。

 

 六名のうち、数名はまだかすかな息があった。低酸素で気絶していただけで、回復魔法や治療を施せば助かる見込みがある。だが残りは、すでに手遅れだった。

 

 回収を終えた後、バニアラは静かに目を閉じ、仲間たちに言った。

 

「ここは訓練の場よ。だが、訓練で死ぬこともある。それを忘れるな。軽率さは命を奪う。……私たち清掃班は、その結果を片付ける役目を負っているのよ」

 

 その言葉に、若者たちは重い沈黙を返すしかなかった。魔法の光に照らされた石の部屋は、ただ静かに、残酷な教訓を示し続けていた。

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン・第二階層 /*/

 

 

 鉄扉を越えて進んだ先に、広間のような空間が広がっていた。床一面に突き立つのは鋼鉄の槍――それはまるで地獄の森のようで、下に落ちれば串刺しになることは疑いようがない。槍の穂先は不気味な光を帯び、魔法的な補強が施されているのか、まるで竜の鱗のように頑強であった。

 

 槍衾の上方には一本の細い橋が架かっている。石でできたその橋は、冒険者たちが向こう側へ渡るために設けられた唯一の道だろう。しかし、槍の森を見下ろすその橋の下には、六人ほどの冒険者パーティが無残に串刺しになっていた。鎧は貫かれ、血はすでに黒ずみ、光を失った目は空を見開いたまま凍りついている。

 

 若者の一人が思わず息を呑んだ。「……うそだろ、訓練場なんだよな、ここ」

 

 バニアラは表情を変えず、低く言った。

「わきから下に降りて遺体を回収するわよ。その橋は罠だ。中央部は幻影で、渡ると真っ逆さまに落ちる仕組みになっている。決して乗るな」

 

 若者は唇を震わせながら橋を見つめ、やがて問うた。

「……こ、これはどうやってクリアするんです? 冒険者たちが正規の挑戦として進む場合、罠だらけじゃ突破できないじゃないですか」

 

 バニアラは一瞥だけを返し、槍衾の横の壁際へ足を向ける。そこには幅の狭い足場が連なっていた。

「訓練場だからこそよ。これは実戦の縮図。正面から渡ろうとすれば死ぬ、だから幻影を見抜けるだけの目か、別の手段を用意しなければならない」

 

 彼女は壁際を進みながら続ける。

「幻影を暴く《看破》系の魔法、索敵道具、あるいは飛行手段。方法はいくつもあるわ。無策で橋を渡れば、さっきの遺体みたいに串刺しになるだけ」

 

 若者はごくりと唾を飲み込み、串刺しの冒険者たちを見下ろす。彼らもまた、仲間を庇い合うような姿勢で倒れていた。最後まで生き残ろうとした足掻きが、痛々しいほどに伝わってくる。

 

「……じゃあ、俺たちは?」

 

 バニアラは振り返り、冷ややかな視線を落とす。

「私たちは清掃班。クリアする必要はない。死んだ者を回収して、記録を残し、次の訓練に備える。それが役目」

 

 若者は言葉を失い、拳を握りしめた。冒険者たちが夢見て挑んだはずの道は、こうして屍に変わり、さらに清掃班の手で片付けられていく。その現実の重みが、胸にのしかかってくる。

 

 バニアラは槍衾を冷たく見下ろしながら言った。

「覚えておきなさい。迷宮は命を奪うために造られている。訓練だろうと実戦だろうと、その性質は変わらない。突破する術を持たない者は、ただ食われるだけよ」

 

 魔法光に照らされる串刺しの死体は、無言のまま、その言葉の真実を訴え続けていた。

 

 

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