オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 辺境の村・広場 /*/
設置からしばらく経った夜。広場に置かれた巨大な水晶盤は、今や村の誇りの象徴となっていた。
「今日は、カルネ村に伝わる民謡特集です!」
画面に明るい案内人が現れ、竪琴と歌声が流れる。村人たちは家から椅子や毛布を持ち出し、焚き火を囲んで映像を眺める。
「おお、歌がそのまま映っておる……」
「うちの娘にも習わせたいなぁ」
村の老人たちは感心して頷き、子供たちは画面を真似て踊り始める。
この放送器具は、現地民にとって完全に理解不能な代物だ。符文の刻まれた黒い箱、水晶のスクリーン、魔力で駆動する冷却層。村の誰ひとりとして「中身を開けてみよう」などと思わない。いや、思ったところで触れた瞬間に術式が暴走し、ただの石塊に戻ってしまうのは分かりきっている。
「……これは神々の贈り物だ」
村の神官はそう断言し、子供たちに「不用意に触れるな、祈ってから操作しろ」と教える。すでに半ば信仰の対象だ。
誤操作はある。ある晩、村の若者が「音を大きくしよう」と符文盤を押しすぎ、突然画面が真っ暗になった。村中が大騒ぎになり、翌朝には研修を受けた「魔導技手」の青年が慌てて修復にあたった。符文の再起動を行うと、水晶盤が再び光を取り戻し、村人たちは安堵と歓声を上げた。
「やはり特別な者しか扱えんのだな……」
「そうだ、これは国王陛下から預かった聖なる目だ」
器具は複製も改造もできないが、その分「扱える者」に対する尊敬と信頼が高まる。魔導技手の青年は村で一目置かれる存在となり、彼が告げる「今日は調整が必要だから、この時間は放送が止まる」という言葉さえ神託のように受け入れられた。
一方で、器具の普及は村の意識を少しずつ変えていく。広場に毎晩集まるのが習慣化し、村の結束は強まった。遠出した狩人が戻ると、放送で知った出来事を話題にし、老人は見たことのない劇に感嘆し、子供たちは英雄譚を暗唱しはじめる。
ある老農夫はふと呟いた。
「こうして王都や他の村の出来事が毎日見られるなら、もう我らは辺境の小さな村ではなくなるのかもしれん」
それは単なる感想でありながら、確かに文明の変化の兆しを含んでいた。
ジョンは後に報告書を手にしながら、笑みをこぼす。
「無断複製も改造もされない……それでいい。人々はただ"見る"だけで十分に影響を受ける。変化は少しずつ、でも確実に広がっていくんだ」
ぐりもあは冷めた目で補足する。
「装置そのものが不可侵の聖物扱いになるのは予想通りですね。むしろ統治にとっては好都合です。管理者を通じてしか動かせない以上、中央の監督が自然に強まりますから」
そしてモモンガは例によって少しずれた感想を口にする。
「すごいなジョンさん! これで民も娯楽を楽しめる! やっぱり君は優しい!」
ジョンは苦笑し、ぐりもあは「やれやれ」と肩をすくめるのだった。
/*/ 魔導国・初の公式放送日 /*/
夕暮れのエ・ランテル。
広場に設置された水晶板の前に、村人や町人が集まっていた。まるで祭りのように屋台が並び、子供たちは手を叩いてはしゃいでいる。
「おおっ、また始まるぞ!」
「今日は競馬だってさ!」
水晶板が淡い光を帯びると、映像が浮かび上がった。砂煙をあげて疾走する馬と騎手。実況が熱を帯びた声で叫ぶ。
『現在トップは黒毛の三番! いや、五番が追い上げてきた!』
観衆は息を呑み、歓声が上がる。やがて勝者が決すると、どっと拍手とどよめきが広がった。
映像が切り替わり、落ち着いた口調の若い女性が現れる。淡い制服を着たホムンクルス職員――この放送の"読み手"だ。
『本日のニュースをお伝えします。
まず、カルネ村とエ・ランテルを結ぶ新しい街道が完成しました。馬車での往来が大きく楽になり、輸送時間も短縮されます』
村人たちの間から歓声があがる。
「ほんとか! これで麦を運ぶのが楽になるな!」
「市場に行くのが早くなるぞ!」
『続いて、今年の収穫量は昨年を大きく上回り、とりわけ小麦と大麦は豊作です。市場価格も安定が見込まれます』
「ありがてぇ……今年は腹いっぱい食えそうだ」
『また、エ・ランテル中央市場に新しい衛兵詰所が設置されました。より安心してお買い物をお楽しみいただけます』
人々は互いに顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。放送は再び劇場の芝居へと戻り、冒険者を題材にした英雄譚が流れ始めた。
/*/ 王国・王都 /*/
同じ頃。王都の一室で、報告を受けた貴族たちは怪訝な顔をしていた。
「競馬や芝居を映す……? 宴席の余興ではないのか」
「全土で同時に見せているそうです」
「ふん、くだらぬ見世物よ」
しかし、ザナック国王とレエブン侯爵だけは沈黙していた。やがてレエブン侯が低く言う。
「……ただの見世物ではありません。娯楽に見せかけ、民の生活に直結する恩恵を繰り返し告げている。これは情報の独占と流布。王国では到底真似できぬ手法です」
ザナックの顔は苦く歪んでいた。
「もし我らの民がこれを目にしたなら……魔導国への忠誠は決定的になるだろう」
/*/ 帝国・皇帝執務室 /*/
ジルクニフ皇帝は報告書を机に叩きつけた。
「劇場、競馬、闘技場……その合間に"街道ができた""豊作だ""市場が安全になった"と? 何だこれは!」
側近たちが怯えながら答える。
「は、はい……ただ、それ以上のものは……」
「馬鹿者!」皇帝は叫んだ。
「表向きは娯楽だが、裏では国そのものを宣伝している! いや、それ以上だ……放送を通じて国民に魔導国への帰属意識を植え付けている! これは洗脳だ!」
顔を覆い、肩で息をする。
「……娯楽に託して支配を進めるなど……一体どこまで先を見据えているのだ、あの魔導王は」
胃の痛みに顔を歪める皇帝を前に、誰も何も言えなかった。
/*/
こうして魔導国の放送は始まった。
表向きは娯楽と日常の小さなニュース。
しかし、それは確かに――民心を掌握し、周辺国を震え上がらせる静かな革命だった。