オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春・8

 

 

/*/ エ・ランテル・冒険者組合 休養室 /*/

 

 

石壁に囲まれた休養室。ベッドに並ぶ若者たちは、皆一様に青ざめた顔で汗に濡れていた。

つい先ほど、訓練ダンジョンで窒息や爆発の罠にかかり、蘇生魔法でどうにか引き戻された者たちだ。

 

「……っ、はぁ、はぁ……」

ひとりの青年は胸を押さえながら震えていた。

「死んだ……死んだんだ、俺……。息ができなくて、真っ暗になって……」

 

隣の仲間もまた、声を掠れさせて口を開く。

「俺も……爆風で身体が吹き飛んだ感覚、まだ残ってる……。二度と、二度と味わいたくねぇ……」

 

そこに組合の職員が静かに寄り添い、安堵を与えるように声をかける。

「よく頑張りましたね。冒険者の道は死と隣り合わせです。……ですが、それを体験してなお『続けたい』と思う人間だけが残ればいい。

あなた方はもう充分です。死ぬ前に引き返せた、それは立派な判断ですよ」

 

青年たちは目を見交わし、やがて誰からともなくうなずいた。

「……俺はもう、いい。母さんを泣かせたくないし、村に帰って畑を継ぐ」

「俺は……鍛冶屋の見習いに戻るよ。剣を振るうのは無理でも、作る方ならできる」

 

職員はにこやかに帳簿を開き、さらりと告げる。

「大丈夫。冒険者組合は斡旋も仕事のうちです。職人、衛兵、商隊の護衛助手……あなたたちの力を必要とする場はいくらでもあります。

今日の経験を無駄にしなければ、それは”敗北”ではなく”選択”ですよ」

 

彼らの顔にはようやく安堵の色が戻ってきた。

死を目の当たりにした恐怖は消えない。だが、その恐怖はむしろ彼らを街の生活へと導き、再び立ち上がる力を与えていた。

 

扉の外、まだ訓練ダンジョンへ挑む若者たちのざわめきが聞こえる。

かつての彼らと同じように、夢と興奮で胸を膨らませている声だ。

ベッドに横たわる青年は、その声に小さく震え、そして決意を固めた。

 

「……もう十分だ。俺は、生きる」

 

組合の窓から射し込む光が、彼らの決断を祝福するように静かに差し込んでいた。

 

 

/*/ エ・ランテル・冒険者組合 ロビー /*/

 

 

夕刻。組合のロビーは、普段の依頼受注とはまったく違う賑わいを見せていた。

カウンター前には長蛇の列。だが彼らが求めるのは討伐依頼でもなく遠征の契約でもない。

 

「はい、農村の紹介状ですね。こちらに署名を……」

「こちらは商隊護衛の助手です。荷運び中心、危険はほとんどありませんよ」

「衛兵隊の見習い枠、あと二人まで空いてます」

 

――次の仕事、次の人生を求める若者たちの列だった。

 

壁際に立つジョンが苦笑交じりに呟く。

「……思ったよりも引き返す人が多いね。ほら見ろ、列がカウンターから階段まで伸びてる」

 

モモンガは椅子に腰掛け、青白い光を揺らしながら冷静に数える。

「まあ、予想の範囲内です。二十人挑んで、一人残れば良いんじゃないですか」

 

ぐりもあは列を眺め、腕を組んでにやりと笑う。

「五パーセントか。ふるいにかけて残るのはそのくらいかなぁ。……というか、思った以上に”ふるい”の目が荒いな」

 

「荒すぎるんじゃないか?」とジョンが肩をすくめる。

「ほら、あそこなんか両親に手を引かれて泣いて帰ってる子もいるし」

 

「それでいいんです。命を投げ出せる者だけが冒険者になればいい」モモンガが平然と返す。

「むしろ、引退者を受け入れる組合がこれほど繁盛しているのは良いことです。街の労働力が潤うでしょう」

 

ぐりもあはわざとらしく目を細めて言った。

「繁盛って言い方がブラックすぎません?」

 

その場に響くのは、カウンター職員が「次の方どうぞー!」と呼び上げる明るい声と、若者たちが安堵したように差し出す書類の紙の音。

訓練ダンジョンの出口から戻ってくる挑戦者の数より、ここで列に並ぶ引退者の方が多い――そんな状況に、三人はそれぞれ違う意味で顔をしかめた。

 

 

/*/ エ・ランテル・冒険者組合 ロビー /*/

 

 

ロビーに伸びる引退者の列。その様子を、別の一角から蒼の薔薇の面々が眺めていた。

 

ラキュースは驚きに目を見張り、思わず呟く。

「意外と……引退者が多いのね」

 

隣で腕を組むイビルアイが、冷たい声で返す。

「これだけの若者が、お前の知らないところで今まで死んでいたということだ。蘇生という破格の保証で現実を見せ、彼らを堅実な労働に戻す……魔導国は、むしろ慈悲深いとさえ言えるぞ」

 

ラキュースは言葉を失い、列を見つめ直した。

そこにガガーランが肩をすくめ、明るく笑いながら言う。

「訓練ダンジョンのトラップも、事前に講習を受けてりゃ予想できるもんだしな。わかってて引っかかるのは本人の不注意ってことだ」

 

ティナが意外そうに目を細める。

「それが言えるガガーランは……意外と知的」

 

「おいおい、人を脳筋みたいに言うなよ」ガガーランが頭を掻く。

するとティアが小さく首を傾げて突っ込んだ。

「……でもガガーラン、あんた講習の時、一番前の席で必死にノート取ってただろ」

 

「なっ!? そ、そんなの覚えてなくてもいいだろ! 真面目に聞いちゃ悪いのか!」

ガガーランが顔を赤らめて抗議する。

 

イビルアイがふっと鼻で笑った。

「ふん、あの図体でちまちま文字を書いている姿は、確かに忘れがたいな」

 

「おい! やめろ! 思い出すな!」

耳まで真っ赤になったガガーランに、ティナとティアはくすくす笑いを漏らした。

 

「まあ……それくらい真面目にやる方が冒険者としては正しいんだけどね」

ラキュースは微笑みながら肩を竦め、仲間たちの軽口をやわらかく収めた。

 

列に並ぶ若者たちの背中と、からかい合う蒼の薔薇の声が重なり、ロビーにはどこか和やかな空気が広がっていた。

 

 

/*/ エ・ランテル・冒険者組合 ロビー /*/

 

 

長く伸びた引退者の列を、漆黒の剣の四人も少し離れた場所から眺めていた。

 

ペテルはしばし黙っていたが、やがて低く呟いた。

「……俺たちの同期も、最初はこれくらいいたよな。でも、もう……みんな死んじまったな」

 

ルクルットが肩を竦め、苦笑する。

「俺たちは運が良かった。それだけさ」

 

ニニャも眼鏡の奥で静かに頷いた。

「そうですね。……でも運だけじゃなく、やっぱり皆で踏ん張ったからでしょう」

 

一方、ダインは口をとがらせてぼそりと言った。

「……それでも、未だに死ぬのは慣れないのである」

 

「やめろ! 思い出させるな!」

ペテルが即座に叫んだ。

 

ルクルットが腹を抱えて笑いながら、にやりと続ける。

「ああ、そういやペテルが一番死んでるもんな!」

 

「お前なぁ!」

 

ニニャは穏やかに微笑んで、淡々と毒を添えた。

「それでも引退しませんよね。その図太さは……正直、尊敬しますよ」

 

ペテルは一瞬たじろぎ、しかしすぐに拳を握りしめる。

「……毎回、必死になって、その辺の石でも柱でも掴んで這い上がってきてるんだよ。みんなを置いて死んでられるか!」

 

その真っ直ぐな言葉に、ダインがしみじみと頷く。

「純粋に仲間を思う気持ちが……尊いのである」

 

「よっ! 熱血漢!」

ルクルットが茶化すように囃し立てる。

 

「茶化すな!」

ペテルが真っ赤になって叫ぶと、三人の笑い声が重なり、ロビーのざわめきの中に溶けていった。

 

そのやり取りを耳にして、ガガーランが愉快そうに笑った。

「ははっ! お前らの方が、よっぽど冒険者らしいじゃねぇか!」

 

イビルアイは冷たく呟く。

「……無鉄砲なだけだ」

 

だがラキュースは静かに目を細め、引退者の列と漆黒の剣を見比べる。

「……そうかもしれない。でも――」

彼女は微笑む。

「こうしてまだ冒険者として立ち、笑い合える。その“無鉄砲”が、私たちをここに残したのかもしれないわね」

 

列の先頭で名を呼ばれ、引退を告げる若者の声が風に溶けた。

その背にあるのは安堵であり、こちらに残った者の背には責務がある。

――引退者の列と、生き残り組の冒険者たち。

その対比は、あまりに鮮明だった。

 

 

/*/ 冒険者組合・受付カウンター /*/

 

 

引退希望者の列が絶えないロビーは、普段の依頼受付とは違う喧噪に包まれていた。

書類を受け取り、次の職を斡旋する説明をし、また一人を送り出す。

受付嬢は慌ただしくペンを走らせながらも、時折ふっと表情を和らげる。

 

「……正直、忙しいですけどね」

小声で隣の同僚にこぼす。

「でも、来なくなった人が“死んだんだ”って思うより……こうして“次の人生へ送り出せる”って方が、ずっと良いですね」

 

そう言って、彼女は笑顔を作り、列に並ぶ若者に声をかける。

「次の方、どうぞ。鍛冶工房と街道整備の募集がありますよ。安定した仕事です」

 

若者が戸惑いながらも希望を伝えると、受付嬢は書類をまとめ、安心させるように頷いた。

その背を見送る瞬間、ほんの少し肩の力を抜く。

 

だが、視線の先には……。

漆黒の剣のペテルたちが、死と蘇生を繰り返してなお列を見つめ、笑い合いながらも緊張を緩めない姿。

蒼の薔薇のラキュースやイビルアイが、冷静に列を分析しつつ、若者たちの安全を見守っている。

 

受付嬢は小さく息をつき、胸の内でそっと祈る。

「あの人たちは……特別だから、最後まで無事でいてほしい……」

その思いには、尊敬と、ほんの少しの心配が混じっていた。

 

再び列に目を戻す。

送り出される者と、まだ挑み続ける者。

その境界線を見守るのも、冒険者組合の務めだ。

そして彼女にとって、漆黒の剣や蒼の薔薇の存在は、特別な光景――この賑やかなロビーの中でも、ひときわ目を引く、心の支えでもあった。

 

 

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