オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/魔導国北部直轄領・アンデッド農業地帯
片栗粉生産工場・夜間稼働中/*/
夜の帳が降りても、工場の窓からは途切れることのない白光が漏れていた。
動力は魔力炉。作業者は、眠らぬ労働者――アンデッド。
巨大な洗浄槽でじゃがいもが洗われ、剥かれ、粉砕される。
無数のアンデッドが、正確無比な手つきでベルトコンベアを監視しながら、濾過・沈殿・乾燥を繰り返す。
蒸気と冷気が交錯し、白粉が雪のように舞う。
「これで料理のバリエーションが簡単に増やせるようになる。スープにあんかけ、揚げ物、万能だ」
ジョンは真新しい工場の通路を歩きながら、乾燥工程を見上げて満足げに頷いた。
粉を掬い上げたモモンガが、白い手袋の上でそれを指先で擦る。
「白くて純度100%の美味しい粉……って言うと、何かと勘違いされそうですね」
ジョンは一拍置いてから吹き出した。
「たしかに。いや、やめろ、危ない匂いしかしねぇ」
二人の笑い声が、蒸気と粉塵の立ち込める工場にこだました。
夜の風が流れるたび、乾燥塔の上部からふわりと舞い降りる白粉が月光を受けてきらめく。
やがてモモンガは、粉を再び容器に戻しながら言った。
「……それにしても、これほどの量のジャガイモを処理できるとは。人手では到底不可能ですね」
「アンデッドは休まないからな。地力の低い北部でも、寒冷地品種を導入すれば充分だ。食料だけじゃない。片栗粉があれば、保存料理の粘着剤、接着剤、製紙、果ては医薬品にも使える」
モモンガは感心したように目を細めた。
「つまり、“ただの粉”が、新しい産業基盤になるわけですか」
ジョンは頷く。
「そういうこった。ナザリック流の“粉革命”だ」
月明かりの下、白く輝く粉雪がゆっくりと舞い降りる。
それは、かつて貧しかった北部の大地に、新しい豊穣の兆しを告げる白い雪でもあった。
/*/エ・ランテル 冒険者の宿・黄金の輝き亭/*/
夜の帳が降り、魔法の明かりがゆらめく。
厨房の奥では、ジュウウウッと油が跳ね、黄金色の卵が鉄鍋の上で踊っていた。
湯気、香り、音――全てが食欲を煽る。
「よし、こっからが勝負だ」
ジョンが片手鍋を傾け、琥珀色の〈あん〉を流し込む。
新製品“純度百パーの魔導国製片栗粉”がとろみを支え、透き通るような輝きを放つ。
厨房の外では、蒼の薔薇の面々がテーブルを囲んで待っていた。
ラキュースが腕を組みながら微笑する。
「……神獣様が自ら料理、ね。これは貴族の宴でも滅多にない光景だわ」
ガガーランは椅子に深く座り、拳を鳴らす。
「匂いだけで戦えそうだぜ! 腹の虫が暴れちまう!」
イビルアイはマントの下で顔を背け、かすかに呟いた。
「……この匂い、人間には刺激が強すぎる」
ティナとティアは無言で皿を凝視している。
やがてジョンが鍋を掲げた。
「天津飯――魔導国式。卵の上に天の恵みをかけた飯、だ」
皿が並ぶ。
卵は絹のように柔らかく、あんは黄金の膜を纏い、立ち上る香りは甘く、濃厚。
冒険者たちは思わず息を呑む。
最初に箸を伸ばしたのはガガーランだった。
「――おぉ……!」
一口食べて、目を見開き、拳を握る。
「なんだこれ、戦場の飯どころか、人生で一番うめぇ!」
ラキュースもそっと口に運び、瞳を細める。
「上品なのに、底から力が湧く……これが、神獣様の料理……」
ティアが呟く。「……これでまた太る」
ティナが微笑む。「いいじゃない、戦えば消える」
イビルアイは無言で食べ進めながら、マスクの奥で息を漏らした。
「……悪くない。吸血鬼でも……食べたくなる味だ」
ジョンは腕を組み、得意げに頷く。
「片栗粉があるだけで、世界が広がるんだ。スープも、揚げも、何でもできる」
モモンガはスプーンを手に取り、静かに一口。
「白くて純度百パーセントの美味しい粉……言葉にすると、少々危険ですね」
ジョンが苦笑した。
「確かに。粉って響きがいけねぇな」
宿の中に、笑いと湯気が満ちる。
外の冷たい風とは対照的に、黄金の輝き亭の夜は温かかった。
のちに〈天津飯〉は冒険者たちの間で“戦う者の天の糧”と呼ばれ、
蒼の薔薇が遠征先でもこの味を再現しようと、魔導国から片栗粉を大量購入するようになったという――。
/*/カルネ=ダーシュ村 夕暮れの広場/*/
焚き火の香りと、油の弾ける音が重なる。
「神獣様、それは……何を揚げているんです?」
アンティリーネが、焚き火の前で鍋を覗き込みながら首を傾げた。
鍋の中では、薄く切られたジャガイモがカラリと踊っている。
黄金色に透け、次々と泡の中から浮かび上がっては、パリリと音を立てて乾いていく。
「こいつはポテトチップスだ。新しい保存食であり、娯楽だな」
ジョンは木製のトングで一枚を掬い上げ、魔導国産の“白い粉塩”を軽く振りかけた。
「ほれ、出来たてを食ってみろ」
アンティリーネの隣に座っていた双子――
アリオスとセレナが、きょとんとした顔で互いに目を合わせる。
二人ともまだ十代前半ほど。
戦闘用の軽装を身に着けてはいるが、その瞳の奥には、年齢以上の疲労と警戒が染みついていた。
「食べていいの……?」
「毒とか、ないんですか?」
セレナが不安げに聞き、アリオスが妹を庇うように前へ出る。
ジョンは笑った。
「毒? いや、安心しろ。これは、世界で一番平和な食いもんだ。戦いのない時間の味だ」
一枚を手渡す。
パリ、と軽い音。
アリオスが恐る恐る噛んだ。
……そして目を見開く。
「……あ、あまい!? いや、しょっぱい? なんだこれ……!」
セレナも慌てて口に入れ、口元をほころばせた。
「おいしい……! こんなの初めて!」
アンティリーネが微笑ましげに双子を見つめる。
「ふふ、あなたたちがそんな顔をするの、初めて見たわ」
ジョンは焚き火の火をかき混ぜながら、静かに言った。
「お前たちは、生きるために戦ってきたんだろう。でもな、生きるってのは、戦うことだけじゃねえ。食って、笑って、腹を満たすことも“生きる”のうちだ」
アリオスは口をもぐもぐさせながら、小さくうなずいた。
「……じゃあ、これが、“普通の生活”ってやつなんですね」
「そうだ。覚えとけ。戦場の飯じゃなく、誰かと食う飯の味をな」
セレナは、手に残ったチップをじっと見つめ、ぽつりと言った。
「この味、忘れたくない……」
ジョンは少しだけ優しく笑った。
「忘れるな。お前たちの国が平和になったら、今度は自分たちで作ってみろ。じゃがいもさえあれば、どこででも作れる」
その夜――
焚き火の周りでは、双子の笑い声と、油のはぜる音がいつまでも響いていた。
それは、戦争に追われた子どもたちにとって、生まれて初めての「平穏の味」だった。