オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン第7区画:〈隣り合わせの罠と青春9〉/*/
「……また、誰かやったな」
湿った石壁の向こう、バニアラ班長が懐中灯を翳すと、
水牢トラップの床に白い蒸気が立ちこめていた。
焼けたような臭気と、溶けた金属の匂い。
「うっぷ……班長、これ、何人目ですか」
若い清掃係が鼻を押さえる。
「今日で三人目だ。蘇生室が混んでるぞ」
班長は肩をすくめる。
エ・ランテルの冒険者組合が運営するこの訓練ダンジョンでは、
“死んでも学べる”ことが売りだ。
蘇生魔法が即時にかかる体制が整っているため、
実際の死亡は教育工程の一部――というスパルタ方針である。
無口な男が壁のルーンを確認しながら呟く。
「ロック機構、再作動確認。排水完了まで残り三分」
老人がゆっくり頷きながら、モップを準備する。
「扉を開けなきゃ助かるのに、どうしても開けてしまうんじゃな」
「人間の性(さが)ってやつだよ。息ができなくなったら理屈よりも本能が先だ」
バニアラが、天井の小扉を指さす。
「水が頭の高さまでくると、これが“助かりそうな高さ”になる。
でも開けた瞬間、苛性ソーダが落ちて水と反応する。
結果――こうなる」
ランタンの光に照らされた床には、先ほどまで訓練していた冒険者の遺留物。
焼け溶けた皮鎧、炭化した杖、そして白く泡だった跡。
若者が震える声で言う。
「これ、訓練用なんですよね……?」
「そうだ。正式名称は“精神的圧迫下における冷静判断試験”。
まあ、通称“青春9”だ」
「青春……」若者が引きつった笑みを浮かべる。
「……青春って、こういう意味だったんですね」
バニアラは肩をすくめる。
「命を賭けて学ぶ、それが冒険者ってやつだ。
死んでも蘇るうちは、いくらでも繰り返せる。
ただし、覚えが悪いやつは“青春10”に回されるらしいぞ」
「うわぁ……」
排水音が響き、水牢の底が見え始める。
天井の扉から残った白い粉がぱらぱらと落ち、静かに蒸気を上げた。
無口な男が淡々と報告する。
「清掃完了。再試験者、次の時間帯に入室予定」
老人が祈るように両手を合わせた。
「次の若造が少しは待てる子であることを祈るよ」
そして数分後、通路の向こうから新しい訓練生たちの笑い声が近づく。
――「隣り合わせの罠と青春9」は、今日もまた稼働を続ける。
命を落とすことさえ“教材”とする、冒険者育成の現場である。
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エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン
第3区画:〈一直線の罠と決断7〉
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湿った石壁に、矢が突き刺さる音が響く。
――ビュンッ! ガンッ!
腰の高さを狙って放たれた矢が、通路を一直線に貫き、反対の壁に深々と突き立っていた。
鉄の矢尻が石を削る火花を散らす。
「……あぁ、またやられたか」
バニアラ班長が溜息をつき、壁に突き刺さった矢を引き抜く。
矢羽の付け根には、まだ熱が残っていた。
若者が震える声で問う。
「班長、これ……訓練用の矢なんですよね?」
バニアラは冷ややかに笑った。
「訓練用“とは言ってる”がな、威力は本物だ。
軽装の鎧なんざ普通に貫通する。中には心臓まで通した奴もいる」
老人の清掃係が肩をすくめて言う。
「つまり“死んで学べ”の精神じゃな。蘇生があるからこその地獄だ」
「そういうことだ」
バニアラは通路の奥を指差す。
「この通路は、腰の高さに自動射出式のクロスボウが仕込まれている。
冒険者が踏み込むと、一定間隔で矢を撃ち続ける。
だから、ほとんどの訓練生は反射的に――」
彼女は脇道を示した。
そこには、誘うようにぽっかりと口を開けた横穴。
「――ここに逃げる。だが、そこは落とし穴だ」
若者が凍り付いたように声を詰まらせる。
「お、落とし穴……」
「深さ十五メートル。底には鉄杭。もちろん訓練用だが、刺さったら即死。
運が良ければ一瞬で死ねる。運が悪いと、折れた骨で苦しみながらな」
通路の奥からは、水滴が落ちる音。
バニアラの声だけが、静かに響く。
「この区画は“恐怖への耐性試験”。
通路の途中で逃げたら死ぬ。
助かるには、矢の雨の中を真っ直ぐ行き止まりまで進み、
自動クロスボウの魔法陣を停止させるしかない」
若者が唾を飲み込み、青ざめる。
「……それ、訓練っていうより戦場ですよ」
「戦場を想定してんだよ」
バニアラが淡々と答える。
「冒険者は常に死地に立つ。
恐怖に勝てなきゃ、パーティの足を引っ張る。
ここは、それを体で覚えさせる場所だ」
無口な男が報告する。
「ロック解除完了。自動再装填機構、動作良好」
「よし、次の訓練生を通せ」
通路の入り口で、若い冒険者が息を呑み、足を踏み出した。
――ビュン! ビュン! ビュン!
矢が唸りを上げて飛び交う。
そのうち一本が訓練生の肩を掠め、血が飛ぶ。
しかし、彼は止まらず、矢の雨を突っ切った。
閃光と共に魔法陣が停止。
「停止確認。クロスボウ鎮静」
無口な男が報告する。
老人がにやりと笑った。
「今回は脇道に落ちなかったか。運がいいのう」
バニアラは小さく笑い、記録板に一行書き込む。
「恐怖を越えて一歩進めた者――合格。
それが“一直線の罠と決断7”のルールだ」
通路の奥では、まだ熱を帯びた矢が、
カン、カン、と音を立てて床に落ちていった。