オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
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エイヴァーシャー大森林 王都跡・議事の間
焦げた木の香りがまだ残る中、静かな会議が始まっていた。
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ジョンは長机の端に腰を下ろし、腕を組んだ。
周囲にはエルフ王国の生き残りの側近たち――薄緑の衣を纏った男たちが、緊張した面持ちで並んでいる。
「え?」
ジョンが眉をひそめた。
「官僚とか、役職ないの?」
「……はい」
答えたのは、白髪のエルフ書記官。
「もとは前王デケム陛下の“娯楽宮廷”の一部でして……政治機構と呼べるものは存在しません」
「つまり、王都は“ハーレムを維持するため”に動いてたわけか?」
「はい。王の関心は女官と宴と戦争のみにございました。
周囲の村々からの税も、ほとんどがその維持費に充てられていました」
ジョンは額に手を当て、溜め息をつく。
「……そりゃ国が燃えるわけだ。森が泣いてる」
モモンガが横で静かに頷く。
「文化も制度も、王と共に消えたということですね」
「周囲の村の統治は?」
ジョンが問うと、別のエルフが答えた。
「ほとんどが独立同然です。
部族ごとに掟があり、交易はほぼ自給自足。中央の指示を仰ぐ習慣もありません」
ジョンは椅子を鳴らしながら立ち上がった。
「なるほどな。つまり――」
彼は窓の外、まだ燻る森を見下ろす。
「この“王都”ってやつは、外見だけ文明で、中身はほぼ野営地ってことだ。
文化を一から作り直す必要がある。骨が折れそうだな」
沈黙。
やがて、一人の若いエルフが震える声で言った。
「……ですが、もし“証の王”が現れたなら、森は再びまとまるでしょう」
ジョンは微笑み、軽く肩を叩いた。
「その“証の王”なら、もう立ってる。アリオスって少年だ」
側近たちは目を見開いた。
ジョンは続ける。
「俺たちはその手伝いをする。
……だが、森を文化的にするのはお前ら次第だ。酒場も、学校も、法も、自分たちで考えろ。
もう王のハーレムの下僕じゃなく、“国”を作る番だ」
重い沈黙のあと、ひとり、またひとりとエルフたちが立ち上がり、頭を下げた。
窓の外――
焦げ跡の向こうに、朝陽が差し込む。
ジョンはその光を見つめながら、ぽつりと呟く。
「さて、役所でも建てるか。名前は……“森務局”でいいか?」
エルフたちは困惑しつつも、小さく笑った。
それが、エイヴァーシャー再建の、最初の朝だった。
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エイヴァーシャー大森林 王都跡・旧玉座の間
焦げた香りと湿った苔の匂いが混じる。
窓の外では、復旧作業の音が微かに響いていた。
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ジョンは椅子に座り、長机に積まれた埃まみれの木箱を見つめていた。
「……で、取りあえず、なんか資料ないの?」
側近の一人――褐色の長耳を持つ年配のエルフが緊張した面持ちで答える。
「はい。これが、王国に残された唯一の文書だと伝えられております」
箱の中には、乾いた葉のように脆い羊皮紙の束があった。
封蝋はすでに割れ、表紙には奇妙な線が連なっている。
ジョンは一枚をつまみ上げ、眉を寄せた。
「……なんだこの文字? 読めねぇぞ」
「私どもにも、まったく判読できません。
そもそも、我々エルフ族には“書き文字”の文化がほとんどなく、
掟や伝承は全て口伝で……。この文書だけが例外なのです」
モモンガが覗き込み、分析用の魔導レンズをかざす。
「確かに、魔法的な暗号でもありませんね。構造は……音素記号? でも人間語とも違う」
ジョンは紙束を慎重にめくりながら、ある一枚で指を止めた。
そこには、淡く擦れた筆跡で、こう書かれていた。
――〈我が名はクロウ・ホウガン。森を離れし異邦の王なり〉
その瞬間、ジョンの表情が変わる。
狼の瞳が鋭く光り、空気が一変した。
「……モモンガさん。こいつ、封印指定だ」
「封印、ですか?」
「ああ。他の資料も全部持ってこい。内容確認後、封印する。
この文書を今後、誰にも読ませるな。
そして――」
ジョンは机の上に置かれた、筆と羊皮紙を見やった。
「今後の報告書は、俺が教える“文字”で書け。
言葉だけじゃ記録にならん。これからの時代、言葉を残せなきゃ文明は築けねぇ」
エルフたちは呆然としながら頷く。
彼らにとって“書く”という行為自体が未知だった。
ジョンはそっとその古文書を閉じた。
表紙の裏には、薄く日本語でこう記されていた。
――「今日も森がきれいだ。みんな元気だといい」
前々王クロウ・ホウガン――
異界から来た、もうひとりの“来訪者”。
その記録が、今ようやくナザリックの手に渡った。
ジョンは立ち上がり、静かに呟く。
「……ホウガン、あんたもこの世界に来たのか。何を見たんだ、ここで」
外では、朝靄の中を風が通り抜け、遠くでドラゴンの鳴き声が響いた。
新しい文明の礎が、静かに刻まれ始めていた。
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エイヴァーシャー大森林 王都・再建本庁舎
焦げた木の根を削って作った仮議場。
外では作業隊が瓦礫を片づけ、ドラゴンの影が時折、空を横切っていた。
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ジョンは机に肘をつき、書類を眺めながら、斜め前に座る銀髪の少年――アリオスを見た。
セレナは隣で静かに座り、薄く唇を噛んでいる。
「アリオス。このエルフ国だけどな」
ジョンの声は淡々としていた。
「お前たちの父親、デケム・ホウガンが好き勝手やりすぎて、もはや“国”としての体を成していない」
アリオスは小さく息をのむ。
「……そんなに、ひどいんですか?」
「税制なし、軍なし、行政なし、教育なし。
残ってるのは、酒と踊りと、前王のハーレム維持のための官邸跡ぐらいだ。
村々は自立してるが、連携はゼロ。火事が起きても誰も動かねぇ。
いまのままじゃ、“森の民”であっても、“国家”じゃない」
モモンガが隣で軽く咳払いをする。
「要するに、社会構造が崩壊しているんです。統治機構を作り直す必要がある」
ジョンはゆっくりとアリオスの正面に向き直った。
「一旦、魔導国の管理下に入れていいか?
お前に決めさせるのも酷なんだが――王と認められてるのは、お前とセレナだけだ」
アリオスはしばらく黙っていた。
指先を握りしめ、机の上の地図を見つめる。
焦げた大森林の地図の上に、小さな赤点がいくつも記されている。
それは、火災の痕跡と救援拠点を示す印だった。
「……それで、みんなが平和に暮らせるなら」
その一言に、ジョンの目が細まる。
「今のままでも、まー“平和”と言えば平和だがな。
けど、火事一つに対応できねぇ国なんざ、平和じゃねぇ。
嵐一つで全部焼ける」
セレナが静かに兄の腕を取った。
「……お兄様、ジョン様にお願いしましょう。森を、みんなを守るために」
アリオスはうなずき、まっすぐにジョンを見る。
「お願いします。僕らに、国を作る力を教えてください」
ジョンは立ち上がり、重い腰を鳴らすように言った。
「よし。なら魔導国式に立て直す。
役所を作って、税の流れを整えて、道路を敷く。
まずは“火事で森を焼かない国”にする。それが第一歩だ」
モモンガは軽く笑う。
「ずいぶん“地味な王政改革”ですね」
ジョンは肩をすくめた。
「派手なことばっかやると燃えるんだよ、森も国もな」
その言葉に、セレナがくすりと笑い、アリオスもわずかに表情を緩めた。
――エイヴァーシャー再建の第一条:
〈燃やさないこと。学ぶこと。書き残すこと〉
それが、後に“森務局憲章”の第一文として刻まれる最初の一言であった。
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エイヴァーシャー大森林 王都・再建本庁舎
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夜。
再建途上の王都に灯る光は、まだ少ない。
魔導国から持ち込まれた照明水晶が机を照らし、ジョンの影が壁に長く伸びていた。
アリオスとセレナが並び、モモンガとジョンが地図を囲む。
机の上には、森全域を描いた粗い地図――村落、川、古道、焼け跡が朱で記されている。
ジョンは地図に指を滑らせながら、低く呟いた。
「……立て直すっても難しいな」
アリオスが顔を上げる。
「どういう意味ですか?」
「人間の国――例えばリ・エスティーゼ王国なんかはな。
貴族が好き勝手やって、民を搾り取ってた。
だから改革すりゃ“マシになった”って評価される。
けどエルフ国の場合は違う」
ジョンは深く息を吐き、続けた。
「たしかに、近くの村じゃ“娘をハーレムに取られた”って恨みもある。
だが、それ以外の村は……そもそも王都が何をしてるかも知らねぇ。
スレイン法国と戦争してることすら知らずに、
森の中で、今日も狩りして酒飲んで暮らしてる連中ばっかだ」
セレナが小さく眉を寄せる。
「……それでも、幸せならいいことじゃないのですか?」
「そうだな。
“それなりに現状に満足してる”奴らに、変化を受け入れさせるのは、
不満を持ってる民を動かすよりずっと難しいんだよ」
モモンガが腕を組み、静かに頷く。
「ぬるま湯の民というわけですね。支配に抗うほどではないが、進歩を望むわけでもない」
「そういうこった」
ジョンは地図の上に拳を置いた。
「だから、俺たちが勝手に“文明化”を押しつけても意味がねぇ。
まず“なぜ変わる必要があるか”を、奴ら自身に分からせなきゃならねぇ」
アリオスは少し考え込み、やがて口を開く。
「……火事のことを、みんなに話します。
森が燃えた理由と、それを止めたのが“力”ではなく“連携”だったことを」
ジョンは微かに笑った。
「いいな、それが一番だ。
命令じゃなく、理解で動く民なら、国は強い。
森も、燃やさずに守れる」
モモンガが小さく肩を竦める。
「地味なやり方ですね。
ですが……あんたらしい」
ジョンは苦笑した。
「派手な政治劇なんざ要らねぇよ。
火をつけるより、火を防ぐ仕組みを作る方が、よっぽど偉い」
外では夜風が吹き抜け、森の梢がさざめいた。
その音はまるで――変わることを拒まず、
けれど静かに受け入れようとするエルフの森の“息づかい”のようだった。
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エイヴァーシャー大森林 王都・旧政庁跡 再建会議室
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朝の霧が差し込む石造りの会議室。
壁際には、魔導国から派遣された文官アンデッド――エルダーリッチたちが静かに立ち並んでいた。
黒衣の袖から覗く骨の指が、すでに机上に広げられた書類を淡々と仕分けている。
ジョンはその光景を眺めながら、肩を回して言った。
「モモンガさん、とりあえずエルダーリッチを王都に配置して、
側近たちに基礎的な読み書きを教えつつ、帳簿とか戸籍とかのひな型を作っちまおう」
「そうですね」
モモンガは頷き、淡く光る眼窩をジョンに向ける。
「最初の一歩はこちらで用意しないと、彼らは踏み出せないでしょう。
知識の土台がないままでは、改革も記録も続かない」
ジョンは机に置かれた古びた羊皮紙を手に取り、ぼそりと呟いた。
「国を動かすには、まず“書く”ことからだ。
口伝のままじゃ伝承は風に消える。
税の流れも、命の記録も、全部形にして残しておかねぇと」
エルダーリッチのひとりが、滑らかに羽根ペンを走らせる。
魔導語で整然と書かれていく「基礎帳簿フォーマット」「村戸籍案」「収穫管理表」――
それはエルフたちにとって初めて目にする“行政の形”だった。
部屋の隅で見ていた若いエルフの側近が、おそるおそる手を挙げた。
「……この“文字”を、我々も書けるようになるのですか?」
ジョンはにやりと笑い、チョークをつまんで黒板に文字を書く。
「そうだ。今日から授業だ。
まずは“読み書き算術”。魔導国式で教える。
お前たちは“字の読める森の民”になれ。
書ける者は、嘘をつかれなくなる」
モモンガが小さく笑う。
「ずいぶん地道な国家改革ですね」
ジョンは肩をすくめて言った。
「派手な戦争より、こっちの方がよっぽど難しい。
……でも、これが本当の意味で“国を作る”ってことだろ」
窓の外では、煙の残る森の上に朝日が差し込み、
その光が新たに開かれた帳簿の紙面を白く照らしていた。
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エイヴァーシャー大森林 南部開拓線――“白狼街道”建設現場
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朝霧の中、山肌を削るように伸びる一本の道。
それはかつて、スレイン法国が途中まで切り開き、未完成のまま放棄された交易路だった。
今、その続きを――魔導国の手で繋げる工事が始まっていた。
ジョンは高台に立ち、石槌の音が響く現場を眺めながら言う。
「……いいぞ、敷き石は厚めに。馬車の荷重でも割れねぇようにしろ」
下では、ドワーフの工作部隊が掛け声を上げながら、
〈不変鋼〉製の工具で岩盤を削り、平らに整地していく。
魔法で刻印された石板は、数十年経っても歪まず、
彼らの職人魂が刻まれた“生きた石畳”となって道を形成していた。
ドワーフ技師長のブルムガルトが額の汗を拭いながら笑う。
「いやぁ、ジョン様。この石は良い。
普通の花崗岩と違って魔力を通す。街灯魔法の導管にも使えるぞ」
ジョンは頷き、完成予想図を指で叩く。
「スレイン法国の国境都市まで一本で繋ぐ。
これで、物流と往来の再開だ。
エルフ王都と法国の間に“命の道”を通す」
モモンガが傍らで書類を見ながら言った。
「交易が動けば、貨幣も動く。
森の中で閉じていた生活に、流通の呼吸を戻すわけですね」
「そういうこった」
ジョンは笑い、遠くで荷を積むエルフたちを見やる。
「エルフの薬草や樹液は、法国じゃ高級品だ。
交易を再開すれば、村ごとに現金収入ができる。
“森の金”が戻ってくりゃ、文化も育つ」
エルフの若い商人がジョンに頭を下げた。
「ジョン様、このチーズというのは……人間の食べ物だとか?」
「そうだ。ヤギや牛の乳を固めたもんだ。食ってみろ」
差し出された淡い黄金色のチーズを一口。
彼の耳がぴくりと震える。
「……う、うまい! なんという濃厚な……!」
周りのエルフたちも興味津々で口に運び、やがて笑みが広がる。
「こんな味があったとは……!」「乳を飲むのは悪しきことではなかったのか……?」
ジョンはにやりと笑う。
「悪いどころか、これが“平和の味”ってやつだ」
数日後――
街道の両端では交易所の建設が始まり、スレイン法国からは商人と馬車隊が続々と到着した。
金貨と銀貨が再び森に流れ込み、
村々には“値札”と“帳簿”という新しい文化が芽吹き始める。
その道は、いつしか“白狼街道(ハウリング・ロード)”と呼ばれるようになった。
炎に焼かれた森と、孤立していた民を再びつなげた――
ジョン・カルバインが築いた、“再生の石の道”である。
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エイヴァーシャー大森林 焼け跡地帯・北端開拓区
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灰をかぶった大地に、まだ燻る木の根が突き出ていた。
森だった場所は、黒と灰の世界に変わり、生命の気配はほとんどない。
だが――そこに、新たな音が響き始めていた。
カツン、カツン、と。
スコップの刃が地を打つ乾いた音。
黒鉄の甲冑が並び、炎に焼かれた土をひたすら耕していく。
ジョンは腕を組み、丘の上からその光景を見下ろした。
「……火事で焼けた範囲はどうしようか」
モモンガが隣で頷く。
「それなら、私のアンデッド部隊で農耕地に開拓しても良いですかね。
この土地ならではの農作物が作れるようになる前に、基盤を整えておきたいです」
ジョンはにやりと笑う。
「いいね。モモンガさん、よろしくお願い」
その一言で、デスナイトたちが無言のまま一斉に動き出す。
剣ではなく鋤(すき)を手にした彼らは、まるで儀式のように整然と並び、
焼けた土をひっくり返し、根を断ち、石を取り除いていく。
スケルトンたちは壊れた倒木を運び出し、
ゴーレムが整地した地面に砂と灰を混ぜて均していく。
風が吹くたび、黒い灰が舞い上がり、
それを押さえるようにゾンビたちが水桶を並べて湿らせた。
ジョンは静かに呟く。
「死者が土を耕して、生者のために糧を生む……。
なんか詩的だな。農業ってのは、結局“循環”だよな」
モモンガがわずかに笑う。
「不思議なものですね。彼らは死してなお、命を育てるために働いている。
人間ならば“呪い”と呼ぶでしょうが、我々にとってはこれが“秩序”です」
ジョンは頷く。
「その秩序があれば、国は立つ。
燃えた森をただの傷跡にせず、“畑”に変えられるなら、火も無駄じゃなかったって言える」
夕陽が赤く沈むころ、開拓地の端には一本の木の杭が立てられた。
ジョンの筆跡で焼き刻まれた札には、こう書かれている。
――〈第一農地開拓区・希望の野(フィールズ・オブ・ホープ)〉
無言で働き続けるアンデッドたちの背後に、
やがて新たな風が吹き抜けた。
その風は、灰の中に埋もれていた“次の緑”の種を、静かに揺らしていた。