オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/カルネ=ダーシュ村・風車小屋跡地(午後の風)/*/
軋んだ羽根が風を受けても、風車はもう回らない。
その代わりに、軒先からは金属の軽い響き――カン、カン、とリズミカルな音が鳴っていた。
「……できた」
ニニャは顔にかかった煤を袖で拭いながら、小さく息を吐いた。
作業台の上には、掌ほどの大きさの鉄の馬。
精緻な造形の鬣には銀線が走り、脚部には細かな歯車が嵌め込まれている。
ほんの少し首を傾けるその姿は、まるで生きているようだった。
「……村のドワーフの皆に手伝ってもらった甲斐があったな」
そう呟いて、ニニャはそっと両手でミニチュアを持ち上げた。
冷たい鉄の感触。だが、その奥に確かな“魔力の鼓動”がある。
「起動――コマンドワード、『ラーナ・ヴェール』」
淡い青の光が鉄の馬を包み、床板がわずかにきしむ。
一瞬の閃光の後、そこに現れたのは――
全長二メートルを超える、黒鉄の馬。
関節の一つひとつに滑らかな動きが宿り、目にあたる魔導石が紅く点灯した。
その姿はまるで、古の騎士が乗りこなす“動く石像”そのもの。
「よし、起動成功。――アイアン・ホース・ゴーレム、だな」
ニニャは誇らしげに頷くと、軽く鞍に触れた。
金属の蹄が地を打ち、わずかに頭を垂れる。まるで忠義を誓うかのような仕草だ。
「これで、旅がずっと楽になる。荷物も運べるし、いざとなれば護衛にもなる」
彼は満足げに笑い、ゴーレムの首筋を撫でる。
――ただ、次の瞬間。
「……でも、まだ一体目か」
目を細めて、工房の片隅に転がる鉄くずを見やる。
溶接痕、焼けた工具、魔導刻印の試作板。
パーティの人数分――あと四体。
「ふぅ……まだまだ、先は長いな」
肩の力を抜いたニニャは、風車小屋の外へ出た。
秋の風が、焦げた鉄と油の匂いを運んでいく。
村の向こうでは、ドワーフの鍛冶場から火花が上がり、
遠くの畑では、ゴブリンたちが麦束を干していた。
平和な昼下がり――それは、ほんの束の間の静寂。
「次はみんなの分も作る。……でも、その前に」
ニニャは腰を下ろし、ポケットから硬く焼いたパンを取り出した。
「ちょっと休憩、だな」
傍らでは、鉄の馬が微かに鼻を鳴らしたような音を立てる。
まるで「ご主人も、少しは休め」と言っているかのように。
ニニャは笑って、パンを齧った。
夕陽に照らされた金属の馬は、まるで誇らしげに輝いていた。
/*/カルネ=ダーシュ村 昼下がりの作業小屋前/*/
陽光が穏やかに差し込む午後。
木工の香りと鉄の匂いが混じる工房の前で、三人の冒険者――ペテル、ルクルット、ダイン――が、
新しく作られた鉄の馬を囲んでいた。
「……やっぱり、すげぇな」
ルクルットが目を丸くして、ゴーレムの脚部を叩く。
カン、と澄んだ音が響く。
「ニニャのやつ、とうとうこんなのまで作るとは」
ペテルは感心半分、呆れ半分で腕を組んだ。
「馬型のゴーレムなんて、貴族の軍隊でもそうそう見ないぞ。
それを自分の手で作っちまうんだから……まったく、あいつは“天才”か“酔狂”かどっちかだな」
ダインが穏やかに笑いながら、手元の木片を削っている。
「そのどっちもであるな。あれほど静かに夢中で作業する者、我も久しく見ぬ」
作業小屋の中から、かすかに金属音が響いた。
ニニャはもう次の試作――〈収納空間〉を付加した袋の製作に取りかかっているのだ。
ペテルが肩をすくめた。「あの“ポケットスペース”ってやつ、完成すればだいぶ楽になるな。
今まで荷物の半分がルクルットの背中任せだったろ」
「おい、俺の筋肉を収納袋扱いすんな!」
「実際そうだろ」
「うるせぇ!」
笑い声が風に混じる。
「さて」ダインが木片を削り終え、小さく頷いた。
「我は我で、“燃え尽きぬ薪”でも作るのである」
ルクルットが首を傾げる。「なんだそれ? また妙なもん考えたな」
「その名の通りであるぞ。ドルイドの秘術にて木霊を宿す薪だ。
一度火をつければ燃え尽きず、一日経つごとに再生してまた燃える。
燃料を探す手間がなくなるのであるな」
ペテルが目を丸くした。「それ、普通に商売できるだろ……」
「旅先で薪を探す苦労、貴殿も分かるであろう?」
「まあ……雨の日に湿った木ばっか拾ってた身としては、ありがたい話だがな」
ルクルットが腕を組み、真剣な顔をしてうなずいた。
「じゃあ、俺は浮いた予算で“魔法のテント”でも買ってくるか。
中が広くて、寒さも防げるやつ。あと“無限の水差し”も。どうせ飲み水と洗い物で毎回困ってたし」
「良い買い物であるな。旅はずっと楽になるであろう」
ダインは笑みを浮かべ、静かに手を合わせた。
木の欠片が淡く光り、緑の符が風に溶けていく。
ペテルはそんな光景を見ながら、つぶやくように言った。
「……俺たち、本当に“冒険者”になってきたんだな」
遠くの小屋から、金属を叩く音。
ニニャの声が微かに届く――「よし、もう少しで完成だ!」
三人は顔を見合わせ、同時に笑った。
風が吹き抜ける。
焦げた鉄と新しい木の匂い、そして仲間の笑い声。
それは、彼らの旅がまた一歩、確かな“形”を得た瞬間だった。