オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エイヴァーシャー大森林 再建調査報告書抜粋/*/
――筆者:ジョン・カルバイン
面白いもんだな、とジョンは報告書の欄外に小さく書き込んでいた。
暴君デケム・ホウガンが倒れてから三か月。
各地の街や村を巡回する中で、ある傾向が見えてきた。
エルフたち――特に、かつて人間の都市に居住していた“街住みエルフ”たちの多くが、
森へ帰還するどころか、むしろそのまま街に定住していたのだ。
理由を聞いてみれば、実に率直だった。
「飯がうまいんですよ、ジョン様」
「人間の街って、味に層があるんです。
塩、香辛料、肉、ソース……一度慣れたら森の木の実や焼き魚だけじゃ物足りなくて」
実際、味覚嗜好を分析してみると、
エルフの味覚は人間とほぼ同質――
甘味・塩味・旨味の感受性が強く、脂肪分や乳製品も嫌う傾向は少ない。
彼らの胃袋は“自然志向”ではなく、単に“環境の制約”によってそうなっていただけだった。
さらに、森の安全性の問題も大きかった。
「樹上街なんて、しょっちゅうモンスターが登ってくるんですよ」
「夜中に枝を折られて巣が崩れたり、蛇型の獣に住処を奪われたり……。
街はいいです。壁があるし、寝てても何かに食われません」
要するに――
“飯が美味くて、寝てても安全”。
それが、街を離れない理由のすべてだった。
モモンガは報告書を読んで苦笑していた。
「結局、文明というのは“味と安心”の集合体なんですね」
ジョンは肩をすくめる。
「そういうこった。
宗教でも政治でもなく、“うまい飯と寝床”が国を作る。
それが魔導国流だろ?」
森に残ったエルフたちは依然として樹上に暮らしていたが、
街に残った者たちは――人間と共に、鍋を囲み、パンを焼き、
かつて夢にも見なかった“香辛料の匂いがする夜”を生きていた。
その香りこそが、エイヴァーシャー再生の真の始まりだった。
/*/エイヴァーシャー大森林 王都再建局・設計会議室/*/
夜更け、魔導照明が青白く揺れる。
地図の上には、赤と青のルーン記号がぎっしりと描き込まれていた。
周囲の机には、設計図、魔導通信塔の模型、そして彫刻用の金属板が散らばっている。
ジョンは椅子の背にもたれ、ルーン板を指で叩きながら言った。
「ある程度までのモンスターを防ぐルーンを刻んだ結界板を、
樹上街の出入り口に設置すれば、少しは安全になるだろう」
モモンガは書類の山から顔を上げる。
「……パワーワードですか?」
「うん。〈魔力定着式ルーン結界〉。
俺、取得してるから作れる。パワーワード刻印は範囲指定もできるし、
エルフの樹上構造なら魔力の流れも素直に回る。
モンスターの侵入確率を、ざっと七割は減らせるな」
モモンガは骨の手で頭を押さえ、ため息をついた。
「また徹夜ですね」
「はは、まあな。でもこういうのは勢いが大事だ」
ジョンは笑いながらルーン図を広げ、ペンを取った。
「防御だけじゃなく、“繋がり”も作る。
魔導通信塔を大森林の各地に設置して、村々を通信網で結ぶ。
あとはラジオ放送局を王都に、TVは森務局の広報室に置いて……」
モモンガが静かに頷く。
「情報が通じれば、孤立は減りますね。
火事、魔獣、疫病……全て初動で対応できる。
エルフたちの村を、“世界と繋がった森”にするわけですか」
ジョンはニヤリと笑った。
「そう。昔みたいに“森の奥で眠る民”じゃなく、
“電波で繋がる森の国”にするんだ。
魔導国式、ネットワーク文明――ちょっとロマンあるだろ?」
モモンガは眼窩を細め、冗談めかして言う。
「ジョンさん、また文明を百年単位で進めようとしてませんか?」
ジョンはペンを置き、肩をすくめた。
「百年早くしたって構わねぇよ。森が燃えないならな」
外では、夜風が梢を渡り、試作通信塔の頂に刻まれたルーンが微かに光った。
それは――この大森林が、もう“孤立した緑”ではないという、
新時代の狼煙のようでもあった。
/*/エイヴァーシャー大森林 北域・新設パークレンジャー拠点/*/
陽光の差し込む林間に、巨大な影が現れた。
木々の間を静かに抜けるその姿は、まるで森そのものが動いているかのようだった。
――巨角箆鹿(ギガホーン・エルク)。
その角は大樹の枝のように分かれ、先端には苔と蔦が絡みついている。
だが、その体格に似合わず、足取りは静かで軽い。
巨体が通るたびに、周囲の木々がざわりと揺れ、自然と道が開ける。
それこそが彼らに備わった特性――〈森渡り〉の能力。
森そのものと共鳴し、通行の邪魔となる枝や根を一時的に退かせることで、
密林の中でも疾駆できるという希少な能力だった。
ジョンは柵の外でその様子を見ながら頷いた。
「いいな。木々が自分から道を開けるってのは、まるで森の精霊と契約してるみたいだ」
訓練場では、若いエルフたちが巨角箆鹿の首筋に手を当て、
穏やかに気を通わせていた。
彼らはかつて、デケム・ホウガンが残した“戦闘に特化した子たち”――
敏捷、反射、魔力操作に優れた選抜個体たちだ。
今はその力を、“守る”ために使う道を選ばされている。
「ジョン様!」
騎乗訓練を終えた少年エルフが声を上げる。
「巨角箆鹿は森の奥の急斜面でも滑らず進めます! まるで空を走ってるみたいです!」
ジョンはにっこり笑って頷いた。
「上出来だ。その脚なら、魔獣の襲撃にもすぐ駆けつけられるな。
……あとは通信網の方だ。魔導通信塔からの呼び出し信号を受け取れるようにしておけ」
モモンガが傍で資料を見ながら言葉を添える。
「これで、村単位で対応できない魔獣にも迅速に対処できますね。
“森の治安維持隊”と呼んでもいいかもしれません」
ジョンは頷き、笑みを浮かべる。
「名は“パークレンジャー”でいこう。
森を守り、人を守る、森の警備員だ。
エルフの森にはエルフのルールがあるが――それを守る“力”も必要だ」
夕陽が射し込み、巨角箆鹿の角が金色に輝いた。
森渡りの力で木々の間を駆け抜けるその姿は、
まるで“森そのものの意志”が具現化したかのようだった。
その背に跨るエルフたちは、通信の符を腰に下げ、
森のあらゆる異変に応じて出動する新たな部隊――
〈エイヴァーシャー・パークレンジャー隊〉 の第一期生。
魔導国式の通信網と、古き森の知恵が繋がった時、
エイヴァーシャーの森は初めて“自ら守る力”を得たのだった。
/*/エイヴァーシャー大森林 樹上街〈ユルナ・ターヴ〉/*/
夕暮れ。高枝に吊られた鉄鍋から、湯気と香ばしい匂いが立ち上る。
ジョンは腰に前掛けをつけ、枝の上に即席の調理台を構えていた。
傍らの台には、捌かれた魔獣の肉――巨大なクモの脚、そして艶やかな蛇の身。
「樹上街の天敵ってのは、やっぱコイツらだな」
ジョンは手際よく脚を関節ごとに切り離し、鍋に放り込む。
シュワァァ、と出汁が泡立つ。
「登攀能力に優れたクモとヘビ。そりゃ樹上民の敵だわ」
モモンガが傍で観察している。
「その“敵”を料理しているあなたも相当ですがね」
「倒すだけじゃ減らねぇ。食えば“資源”になる。
食文化で駆除するのが一番平和だ」
ジョンは笑いながら、湯気の立つ鍋からクモの脚を引き上げ、薄切り野菜と一緒にしゃぶしゃぶにする。
脚の内側から透き通った白身が現れ、ぷりぷりとした弾力を見せた。
「クモの脚はしゃぶしゃぶ、胴体は濃厚みそ焼きだ」
次に鉄板に乗せたのは蛇肉。
「こっちは蒲焼きにする。香りづけは蜂蜜酒と森の香草な」
甘辛い匂いが、風に乗って街の中に流れた。
次第に、枝道の向こうからエルフたちが鼻をひくつかせて集まってくる。
「な、なにこの匂い……」「うまそう……だけど、まさか」
枝の上で、焼かれる“天敵”の姿を見た瞬間、
誰もが一歩、いや三歩ほど引いた。
ジョンは笑って箸を掲げる。
「食ってみろ。美味いぞ」
おずおずと一人の若いエルフが一口――
瞬間、耳がぴんと立つ。
「……う、うまい!? 脚の肉が海老みたいだ!」
別の者が蛇の蒲焼きを試す。
「こ、これ……鰻より柔らかい!」
「クモ味噌もうまいぞ! 香りが濃い!」
いつしか、恐怖と嫌悪は吹き飛び、
枝上の広場は活気に満ちた宴となった。
モモンガは肩をすくめながらも笑う。
「食欲というのは偉大ですね。天敵がご馳走になるとは」
ジョンは串をくるりと返しながら言う。
「食えば価値が生まれる。価値があれば狩る奴が出る。
狩れば個体数は減る。――つまり、害獣駆除の一番平和な方法だ」
夜風が香ばしい匂いを運び、月明かりの中でエルフたちは笑いながら串を掲げた。
それは、恐怖の象徴だった生物を“味”へと変えた、
ジョン流の〈森の改革〉の夜だった。