オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春10

 

 

/*/エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン第9区画:〈浅瀬の悪夢・三段仕掛け〉/*/

 

 

ぱしゃ……ぱしゃ……と靴音が水面に広がる。

足首ほどの深さ――見た目はただの浅瀬。

だが、冒険者組合の訓練生たちは知っていた。

この区画は「浅瀬」と呼ぶにはあまりに残酷で、悪名高い。

 

清掃係のバニアラ班長が、肩の水滴を払いながらため息をつく。

「……今日も三人、吸い込まれたらしい」

 

若い清掃員が青ざめて聞き返す。

「またですか? ここ、“比較的安全”って聞いたんですけど……」

 

「それは嘘だ。ここは“浅い地獄”だ」

 

班長が指を鳴らす。

すると、壁際のルーンが光り、仕掛けが再現モードで作動を始めた。

 

浅瀬の中央に、一歩踏み出した瞬間――

 

――シュッ!

 

音もなく、水面を裂いて“紐付きの銛矢”が飛んできた。

矢は正確に胸部を狙い、水中に突き刺さる。

もし訓練生が実際にいたなら、鎧を貫通して臓腑を掠める威力だ。

 

「最初の罠だ。銛には魔導金属製のワイヤーが繋がっている。

 矢が刺さったまま動くと、奥の栓が自動的に抜けて……」

 

――ゴウッ!!

 

床の一角が開き、強烈な吸い込み音。

浅瀬だった水が一瞬で渦を巻き、中心に吸い込まれていく。

 

若者が喉を鳴らす。

「うわ……これ、もし紐を切らなかったら……」

 

「そのまま吸い込まれて、穴の底で“ドリル仕掛け”の壁に巻き込まれる。

 死ぬ。……いや、“訓練だから死んで覚える”か」

 

バニアラが皮肉混じりに笑う。

 

「ここでの正解は、矢を抜くんじゃなくて“紐を切る”ことだ。

 切れば栓は抜けない。だが、それで終わりじゃない」

 

老人が頷く。

「そうじゃ。穴のそばまで行って安心した奴が……次に潰される」

 

天井の格子がカシャンと音を立て、鉄の柱が降りてくる。

ちょうど“避難ポジション”を狙い撃ちするようなタイミングだ。

 

――ズドン!!

 

重金属の栓が床に叩きつけられ、浅瀬の水が弾ける。

一拍遅れて、無口な男が報告した。

「衝突圧、約三トン。人間ならぺしゃんこ」

 

若者がごくりと唾を飲む。

「……でも、これで終わりですよね?」

 

バニアラは苦笑した。

「いいや。“浅瀬”はここからが本番だ」

 

ズズズッ……と地鳴りが響き、今度は水が逆流する。

先ほどの穴から泡を吹き上げながら、水流が一気に戻ってくる。

そこに混じっていたのは――

 

――“モンスター”。

 

水と共に押し上げられたのは、ぬるりとした体表を持つ半魚人型の訓練用魔物。

しかし、爪と牙は本物。

組合製の“安全な模擬魔物”などではない。

 

「はい、第二ラウンド開幕。

 ここで油断した訓練生が、さっき切った紐を拾いに戻ろうとして喰われるんだ」

 

老人が苦笑交じりに言う。

「命を賭けて冷静さを学ばせるとは……まさに地獄の教育じゃな」

 

「その分、覚えは早い。死ねばすぐ蘇る。何度でも繰り返せる。

 だが……本当に怖いのは“死ぬ恐怖”じゃなく、

 “次にまた死ぬとわかっているのに踏み出す”訓練なんだよ」

 

バニアラがそう言って、淡く光る水面を見つめた。

再びルーンが光り、仕掛けが初期化される。

銛が引き絞られ、水が静まり返る。

 

「よし、次の訓練班、入室準備完了」

 

通路の奥から、緊張した若者たちの声が響く。

「うわ、ここ“浅瀬”だって! 安全って聞いたけど……!」

「先輩、紐切り用のナイフ、ちゃんと磨きました!?」

 

バニアラは記録板に“危険度:維持”と書き込み、ぼそりと呟く。

「……ま、水深よりも浅いのは命の方だ」

 

 

/*/

 

 

第9区画〈浅瀬の悪夢〉――通称“水面(みなも)の地獄”は、

今日も新しい訓練生たちの悲鳴と水音でにぎわっていた。

 

 

/*/

 

 

浅瀬の水面が静まり返り、訓練用の魔法陣が停止する。

銛矢は再装填、天井の鉄栓は元の位置に戻り、モンスターも魔導陣の光と共に再封印されていく。

バニアラ班長が汗を拭いながら、いつもの清掃班三人と点検を始めた。

 

「……よし、罠作動順は正常。吸い込み圧も規定通り。死人、二名。蘇生申請、済みだな?」

無口な男が静かに頷く。

「完了。二名とも軽度の錯乱症状あり。蘇生後は再挑戦を希望している」

 

「まったく元気なやつらだ」

バニアラが苦笑した時、若者が手を上げた。

 

「班長……ひとつ聞いてもいいですか?」

「ん、なんだ」

「このトラップって……いったい誰が考えてるんですか?

 普通、ここまで悪意ある構造、思いつきませんよ」

 

その場の空気が、少しだけ重くなる。

老人がうっすら笑いながら言う。

「わしも最初そう思った。こんなの、訓練じゃなくて拷問だと」

 

バニアラは記録板を閉じ、淡々と答えた。

「表向きは“罠設計部門”だ。冒険者育成局の下請け扱いになってる。

 だが、実際は――魔導王陛下の直案だって噂もある」

 

若者がぎょっとする。

「えっ……ま、魔導王陛下が!? なんでそんな……」

 

老人が口髭をなでながら言う。

「そりゃ、アンデッドだからじゃろ。生者がもがく姿を見て楽しんで――」

 

「いや」

バニアラが言葉を遮った。

「それは違うと思う」

 

若者が目を瞬かせる。

「え?」

 

「本気で嫌ってたら、こんな精巧な訓練設備なんざ造らんさ。

 これ全部、時間も金も人手もかかってる。

 “死んで覚えろ”を、ただの皮肉じゃなく“確実に学ばせる形”にしただけだ」

 

老人がゆっくり頷く。

「うむ。嫌いな相手にここまで手間をかけるものかのう。

 むしろ、命を賭けてでも学ばせようとする執念じゃ」

 

無口な男が、短く言葉を添えた。

「……愛の鞭、だな」

 

若者は引きつった笑いを浮かべた。

「愛が……ちょっと重すぎません?」

 

バニアラは肩をすくめる。

「まあ、“王の愛”ってのは大抵そんなもんだ。

 痛い目見ないと覚えられない、ってことだ」

 

その時、通路の奥で警報音が鳴った。

再試験班が入室した合図だ。

 

――シュッ!! ビュンッ!

 

浅瀬に踏み出した訓練生が、瞬時に紐付きの銛矢を食らう。

悲鳴と共に水面が渦を巻き始めた。

 

「おっと、また始まったな」

バニアラはぼそりと呟き、巻き取りリールを確認する。

 

老人が笑う。

「王の教育は容赦なし、か」

 

「そうだな」

バニアラは記録板に一行、さらりと書き加える。

 

――〈訓練結果:実地再開。陛下の教育方針、浸透中〉

 

浅瀬の水音と悲鳴が、今日もダンジョンの奥に響き渡っていった。

 

 

 

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