オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/バハルス帝国・魔法省 魔銃製作部門/*/
石造りの実験棟はいつになく人で溢れていた。青と金の魔法省の標章が掲げられ、会議用の長机には報告書と図面、複数の魔導測定器が並ぶ。部門長と技術主任、王都から派遣された軍務官などが肩を並べ、皆の視線は間接照明に照らされた巨大な筒状の物体に集中している。
「これが……第2位階〈炎の槍〉を発射する魔銃か」軍務官が低く呟く。口元には期待と不安が混じっている。
技術主任のエレナは深く息を吐き、胸を張って答えた。「はい。試作名は『アスラール試作一号』。魔導符刻と小型のマンアコンデンサーを組み合わせ、短時間に高密度の火炎エネルギーを収束して弾頭化する構造です。人間の銃士が携行できるサイズにはまだなりませんでしたが、我々の現行技術で安定して第2位階の詠唱を再現できる点は実証済みです」
部屋の隅で書類をめくっていた老錬金師が、にやりと笑った。「なるほどな。魔導国のそれは第3位階〈火球〉を6発撃てるというが、詠唱階位で一段上か下かは重要だ。第2位階〈炎の槍〉がどう応用されるか次第だろう」
部門長が実験場へ向かうよう促すと、厚手の防護布が外され、銃身の全容が露わになった。全長は人間の標準銃よりはるかに長く、肩付けのための大型マウントと、胸部に接続する強化型マナパイプを備えている。側面には火の紋章の符刻が連なり、銅と鉄を組み合わせた外装には帝国工匠の誇りが滲む。
「発射準備を――」エレナの合図で、若い術師が詠唱を始める。符刻が淡く光り、マンアコンデンサーが脈打つように唸る。緊張が会場を包む。
そして一瞬、室内が灼熱で満たされた。銃口から放たれた〈炎の槍〉は細長く鋭い炎の塊となり、標的の人形を一撃で貫いた。木の心材は瞬時に炭化し、周囲に焼け焦げた熱気が立ち上る。人々は歓声とともに拍手を送るが、同時に誰もがその威力の残酷さを感じ取っていた。
軍務官がすぐに表情を引き締め、図面を指した。「重要なのは、これが歩兵に持たせられない点だ。現状では鉄の騎士専用の大型ライフルであり、運用は機械兵主体になる。魔導国の大型ランチャーは第3位階〈火球〉を6発撃てるというが、こちらは第2位階〈炎の槍〉を6連装にすれば射撃の精度と貫徹力で差別化できる……が、製造負荷と運用コストはどの程度かね?」
エレナは冷静に答える。「連装化自体は設計上可能です。ただし、装填機構と冷却系、そして魔力供給基盤の増強が必要になります。生産ラインを整備すれば帝国内での自給自足は見込めます??これが最大の勝利です。魔導国に依存しない武器供給が確立されれば、戦略的自律性が飛躍的に高まります」
老錬金師が杯を掲げるように小さく笑った。「技術の差は詰められる。今は量産の基礎を作ることが先だ。小型化は次の課題になるが、工業基盤を確保すれば時間の問題だ」
だが、部屋の一角で若い軍務官が懸念を口にした。「問題は政治だ。この手の兵器は周辺国に緊張を与える。魔導国は〈火球〉6連発を公然と誇示している。我々が同等以上の火力を示せば、軍拡へと向かう可能性がある。外交への配慮は不可欠だ」
部門長はうなずき、声を落とす。「分かっている。我々は兵器そのものを崇めるつもりはない。ただ、帝国の防衛と工業復興のために必要な一歩だ。まずは鉄の騎士部隊での実地試験を行い、運用上の問題点を洗い出す。並行して小型化と安全装置の研究も進める。産業化の見通しが立てば、経済面でも利得が出るだろう」
実験棟の窓から、王都の街並みが夕陽に染まって見えた。鋳物工場の煙突が一つ、また一つと黒い線を描く。技術と政治、誇りと責任??部屋の空気には複雑な熱量が満ちている。
「まずは成功だ」エレナが小さく微笑む。「我々は『作れる』という証明をした。ただし、これをどう使うかは国家の英断に委ねられる」
部屋の誰もが、その言葉の重みを理解していた。魔銃という新たな歯車は回り始めた。帝国は自国生産の道を踏み出したことを喜びつつも、その先に待つ波紋を静かに見据えていた。
/*/バハルス帝国 皇帝執務室/*/
夕刻。窓の外には、赤く染まった帝都の屋根が連なっていた。
魔法省からの封書を読み終えたジルクニフは、書状を静かに机に置いた。
「……なるほどな」
金の瞳がわずかに細まる。報告書には、魔銃製作部門の成功と失敗が並んでいた。
第2位階魔法〈炎の槍〉を撃ち出す魔銃――技術的には成功。
だが、その規模は人間の銃士には扱えず、結果として“鉄の騎士専用兵器”に分類されたという。
側に控えるロウネが一礼しながら報告を補足する。
「威力は充分とのことですが、重量と反動が常人には制御できないとか。現段階では、搭載兵装としての運用が現実的かと」
「ふむ……」ジルクニフは肘をつき、指先で顎を軽く撫でる。
「結果として小型化できなかったのは、むしろ良かったかもしれぬな。――安全面からも」
ロウネは一瞬、意外そうに目を瞬かせた。
「陛下、それは?」
「もし人間が気軽に扱えるほど小さく作れていたら……街角で火槍が飛び交う世の中になっていただろう。
威力が抑えられたとはいえ、第二位階の魔法を誰もが携行できるのは危険極まりない」
その声には、帝国の統治者としての冷徹な計算と、人としての慎重さが同居していた。
ジルクニフは窓辺に立ち、薄暗くなり始めた王都の空を見下ろす。
「しかし、技術そのものは評価すべきだ。魔導国の影に隠れていた我が帝国も、ついに“自力で”魔法兵器を造れる段階に至った。
それは誇るべき進歩だ。たとえ〈火球〉に及ばずとも、炎の槍は帝国の誇りを穿つに足る」
ロウネが頷く。「魔導国製ランチャーとの比較では見劣りいたしますが、部品の国産化率は高く、供給の安定が見込めます」
「うむ。技術は、独立してこそ意味を持つ。……帝国は借り物の火を恐れず、自らの火を灯すのだ」
ジルクニフは書状を再び手に取り、最後の行を静かに読み上げた。
『量産体制への移行には、さらなる資金と工房の拡張が必要』――。
「よかろう。資金は特別会計から回せ。
ただし、“兵器開発の成功”ではなく、“技術の独立”を理由として報告するように伝えよ。
民が喜ぶのは戦の道具ではなく、国の自力だ。」
ロウネは深く頭を下げた。「はっ。お言葉、しかと伝えます」
静かな間。
窓の外で、鍛冶場の煙突から小さな火花が夜空に散った。
ジルクニフはその光を見上げ、わずかに口元を緩める。
「……いい火だ。ならば、次は“燃やし方”を学ぶ番だな。」
皇帝は書状を封し、ゆっくりと机に置いた。
彼の瞳には、炎ではなく“光”が映っていた。