オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン第12区画:〈抱擁の処刑姫〉/*/
「……また“スライム姫”に抱きつかれた奴が出たな。」
バニアラ班長の声が、湿った石壁に反響する。
区画の中心――血のような赤い光を放つ魔法陣の上には、
半分溶けた訓練生の鎧と、ぐずぐずになったスライムの残骸が広がっていた。
無口な男が、清掃用の鉄製スコップでそれを掬い取り、
隣の魔導コンテナに静かに放り込む。
「……まだ反応が残っている。動くぞ。」
「そのまま焼却でいい。再構成まで三時間はかかる」
バニアラは面倒そうに指示を出し、
壁際の“アイアンメイデン”の残骸に歩み寄った。
鉄の女の形をした魔導機構は、口元がゆっくりと閉じ、
内部の針と吸収管がまだ赤く脈動している。
開けた瞬間、焦げた臭いと甘いスライム臭が混じって鼻を刺した。
若い清掃員が、蒼ざめた顔で口を押さえる。
「ひ……ひどい……これが訓練用って、本気ですか?」
「訓練用だ。」
バニアラが即答する。
「“死んでも覚えろ”の精神はここでも健在だ。
スライムは視界を奪う。焦った奴が立ち止まったり、
スライムを剣で払い除けようとすると――」
壁を指さす。そこには、わずかな縦の亀裂。
「そこから“アイアンメイデン”が歩き出す。
胸の空洞が開いて、“抱擁”の姿勢で捕まえる。
抱きつかれたら終わりだ。中で針が出て、血を抜かれながら取り込まれる。」
老人が呟く。
「まるで恋人のようじゃな。最後の抱擁が、死の抱擁とは……」
若者が震え声で言う。
「で、でも、なんでわざわざスライムと連動させる必要が……?」
バニアラが苦笑する。
「恐怖の“段取り”を学ばせるためさ。
敵が一つとは限らん。スライムに気を取られてる間に、
もっと致命的な仕掛けが来る。それを身をもって理解させる訓練だ。」
無口な男が壁を叩く。
「内部機構、動作音異常なし。次班の準備可能。」
「よし、残骸の除去を急げ。床を腐食防止剤で拭け。」
バニアラは膝を折り、残った鎧の破片を拾い上げた。
焦げ跡と溶けた鉄の間に、名札の欠片が挟まっていた。
“レンドル訓練班 三席”。
バニアラは静かに名札を見つめた。
「……昨日も来てたな、こいつ。
“今度こそスライムに勝つ”って言ってたっけ。」
老人が穏やかに呟く。
「死んでも蘇る世界ゆえに、死の怖さを忘れる。
だが、痛みは忘れられん。それが教育じゃろう。」
「そういうことだ。」
バニアラは立ち上がり、魔導ランタンを掲げる。
「スライム排除完了。アイアンメイデン再同期開始。」
鉄の女が、ギィ……と音を立てて再び口を開く。
内部の魔法陣が赤く灯り、仕掛けが再起動する。
「よし、これで次の訓練班を通せ。」
若者が小声でつぶやく。
「……この罠、誰が考えたんでしょうね。」
バニアラは苦笑しながら言う。
「陛下だよ。あのお方の“教育熱心さ”は有名だ。
冒険者を鍛えるためなら、死を百通りに再現する。」
老人がくつくつと笑う。
「ふむ、まるで慈悲深い拷問官じゃのう。」
そして――遠くの通路から、また新しい訓練生たちの声が近づいてくる。
「ここ、スライム出るって本当か?」「大丈夫、訓練用でしょ!」
「きゃあっ!? 落ちてきた!」
――ズチャァ。
頭上からスライムが落下し、
その悲鳴とともに、壁のアイアンメイデンがゆっくりと“開いた”。
今日もまた、〈抱擁の処刑姫〉は稼働を開始したのだった。