オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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遺産相続蘇生問題

 

 

/*/エ・ランテル 大商家・屋敷の客間 薄曇りの午後/*/

 

 

執事の指先が震えている。銀縁の眼鏡の奥で、年老いた豪商の体が長椅子に横たわっている。顔色は蜃気楼のように淡く、胸の上の白布にはまだ冷たい濃い染みが広がっていた。屋敷の奥では嗚咽と低い罵り声が交差する──相続人となる兄弟の争いだ。

 

「遺言はございます。蘇生を──」という声で、場の空気が一瞬張りつめた。執事は床に跪き、鞄から巻物を取り出す。巻物には蒼い封印が施され、依頼金の袋が絹に包まれている。金の匂いが、死の匂いと混ざり合う。

 

ルプスレギナは淡い眉をひそめ、遺体を一瞥しただけで首を振った。

「生命力、低そうっすよ。多分無理だと思うっす。」

 

ジョンは掌で顎を擦り、静かに観察する。細かい皺、肋骨の浮き方、長年治療で使われたらしい瘢痕。彼の答えは冷静そのものだ。

「神殿で病気は癒されてたんだろ? そういう奴は寿命に近い場合が多い。術で伸ばせる命には限りがある。無理に引き戻しても……」

 

執事が嗚咽混じりに言葉を詰まらせる。

「しかし、遺言に――遺産の分配で揉めておりまして、遺言執行の前に故人の最終の意志が確認されねばと……どうか、最後の望みを」

 

兄弟の一方は鋭く割り込む。

「金のために長々と恥を晒すのか! ここは早く片づけるべきだ!」

 

ジョンが小さく吐き捨てるように言った。

「……ルプー、蘇生してやれよ。」

 

ルプスレギナ(ルプー)は息を深く吸い、掌を遺体の胸元にかざした。魔術の準備は素早く、彼女の指先に淡い光が宿る。だがジョンの目は冷たく、それを見届けているだけだ。薄い光が胸の上で震え、吸い込まれるようにして符文が浮かぶ。炉符カートリッジのような小さな魔素の塊が、儀式の中心で脈打つ。

 

だが、熱が生まれることはなかった。光は一瞬だけ強くなり、そして――遺体の皮膚が粉を吹くように崩れ始める。指先からぱらり、と灰が落ちる音が小さく響いた。

 

「い、いや――」執事が前に飛び出し、灰の落ちる手に触れようとするが、掌には何も残らない。彼の顔から血の色が消え、床にへたり込んだ。

 

兄弟の争いは途端に生々しくなる。ひとりは嘆き、もうひとりはそれを責め、遺言の正当性を確かめるための声が屋敷にこだまする。だがその声に、哀しみと利害とが交差していることをジョンは見逃さない。

 

ルプスレギナは薬瓶のような小箱から、清算済みの報酬袋を取り出し、執事の前に置かれた書付に淡々と署名していく。彼女の表情は、ほとんど慰めにも見えない。

「大体こうなるって言ったっすよ。」

 

ジョンは肩越しに一度だけ執事を見て、短く息を吐いた。

「気持ちは分かるが、これで良かったんだ。無理に引き戻すのは別の苦しみを生む。」

 

執事は頬をぬぐい、嗚咽を呑み込むと震える手で金袋を受け取った。兄弟たちは言い争いの続きを屋敷の片隅で始め、侍女たちは手を合わせて祈り、外では馬車の軋む音が遠ざかる。

 

二人は何も促されずとも足早に屋敷を後にした。夜風が城門の隙間から吹き込み、ルプスレギナのマントをふわりと翻した。ジョンの顔にはいつもの少年のような無邪気さはなく、どこか疲れた影が差している。

 

「報酬はちゃんともらったか?」ジョンが小さく訊く。

「はい。きちんと頂いたっすよ」とルプスレギナは答えた。報酬袋は彼らにとって今夜の酒にも、次の仕事の資材にもなる。彼らは足早に石畳を渡り、ナザリックへと続く路を辿った。背後では、屋敷の窓から家族の声が途切れ途切れに漏れていた。

 

 

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