オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/赤い湖 /*/
探索隊が森を抜けると、視界の先に異様な光景が広がっていた。
広大な湖面は、朝日を浴びて血のように赤く輝いている。風が吹くたび、波打つ水面はどこか粘ついた質感を持ち、普通の水とは違う重さを感じさせた。
「……赤い、ですね」
先頭の冒険者が呟く。足元には、乾いた湖岸に転がる鳥や小動物の死骸がいくつもあった。羽根は原形を保っているが、皮膚は干からび、まるでミイラのようだ。
「塩……いや、魔力反応がある。何かに〈石化〉、あるいは〈防腐〉のような効果が働いている」
魔導士が杖を掲げると、赤い湖面に淡い光の反射が走った。
検査の結果、湖水は高濃度の塩分と未知の魔素を含んでおり、触れた生物の体液を瞬時に凝固・脱水させる性質を持つことが判明する。
そのため、この地域の住民からは「石化の湖(メデューサ・レイク)」と呼ばれ、近づく者はいなくなった。
後日、ナザリックの観測班がこの湖に興味を示し、サンプル採取を開始する。
ジョンの推測では、湖の赤は鉄分ではなく、かつて存在した古代の魔導施設──おそらく〈血液を媒体とする儀式〉に由来する魔力汚染によるものではないかとされる。
/*/ 赤い湖 ― 封印域観測記録 /*/
湖底探査用の〈魔導観測球〉が送られた。
魔力濃度の上昇と共に、映像が赤黒い波に呑まれていく。解析班が映像の乱れを補正したとき、そこに“それ”が映った。
巨大なナメクジのような、しかし生物とは到底思えぬもの。
全身が金属光沢を放ち、滑らかな表面には無数の白銀の棘が蠢いている。
その棘の根元からは光の筋が走り、まるで神経信号のように全身を伝わっていた。
「……あれが、グラーキ」
観測班のエルダーリッチが呟く。
棘は触手のように湖底の泥を探り、たまに硬質な音を立てて岩を貫く。
その中心、厚い唇のような円形の口がゆっくりと開閉し、白濁した泡を吐き出すたび、湖面に浮かぶ赤が濃くなった。
頭部と思しき場所には、三本の突起──その先端に眼球が存在する。
だが、それは「視覚器官」ではなく、むしろ魔力の焦点そのものだった。
観測球が光線を反射した瞬間、突起がわずかに動き、
観測者たちは一斉に魔力干渉波を検知。
「見られたな……! 封印は生きている!」
分析班による報告によれば、
グラーキの外殻を構成する金属細胞は、未知の〈魔金属〉であり、生体金属としての活動電位を持つ。
つまり彼は「生きた金属」であり、棘は単なる防御機構ではなく、神経伝達と攻撃、さらには〈支配波〉の送受信器官を兼ね備えた触手構造である。
かつてこの湖が赤く染まったのは、封印が施されたときにグラーキの体液──金属イオンを多量に含む血液が拡散した結果と推測される。
現在も湖の魔力波は一定の周期で脈動しており、封印術式の動作を確認。
ナザリック研究班ではこの現象を「金属生命封印循環機構」と呼称している。
ジョンは報告書を読みながら、静かに呟いた。
「……もし封印が完全に解けたら、この湖そのものが“血管”になるな。金属の神経が、大地を這う」
――この“赤い湖”は、ただの遺跡ではない。
今も眠る〈金属生命グラーキ〉を封じ続ける、生きた監獄なのだ。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・モモンガの執務室 /*/
報告書の厚みがいつもよりある。
ジョンが湯気を立てる珈琲を口に運びながら、静かに目を通していた。ぐりもあは紅茶を片手に、ページをめくるたびに瞳を輝かせていく。
「――“赤い湖の底で、金属生命体らしきものを確認。仮称グラーキ”」
モモンガが読み上げると、ぐりもあの耳がぴくりと動いた。
「グ、グラーキ!? グラーキですよ!? あのラムジー・キャンベルの『湖畔の住人』に登場した金属の旧支配者グラーキ!?」
立ち上がるやいなや、紅茶がこぼれそうになる。
彼女の声は完全に学者のそれだった。
「ちょっと待て、ぐりもあ。お前、知ってるのか?」
ジョンが眉をひそめる。
「ええ、もちろんですとも! あの伝承では、グラーキの棘が古代エジプトの墓で発見されたとか、ハイチのゾンビ術の根幹が“グラーキの血液”由来だとか……つまりあれは、実在伝承の原典そのものですよ! 本物です! 本物のグラーキが封印されてる!」
モモンガは少し呆れたように水タバコの煙を吐き出した。
「そんなに興奮するものですか?」
「もちろんです! 彼は“死と蘇りの金属の主”です! その棘一本にしても、生体金属の再生や精神伝達の構造が秘められているかもしれません。これを解析できれば、魂の固定構造――つまり、リッチ化の安定化にも応用可能なんですよ!」
「おいおい、また倫理の際どい方向に行ってないか?」とジョン。
ぐりもあはにっこり笑って、まるで子どもが宝箱を見つけたように答えた。
「知識は善悪を選びませんよ、ジョンさん。ただ、正しく使う者の手に渡れば、世界を一段階進化させるだけです」
「うわぁ……それ、絶対後で“あの時止めておけば”って言われるやつだろ」
「ふふ、今のうちに言っておいてください。“ぐりもあは止まらなかった”って」
モモンガは苦笑しながら煙管を指で弾く。
「まぁいい。研究班を派遣しよう。グラーキの棘を採取できる範囲で構わん。封印を傷つけないでくださいよ」
ぐりもあの目が輝く。
「ありがとうございます、モモンガさん! ああ、研究したい……金属生命、旧神的構造、精神触媒、封印呪式! この世でこんなに美味しい題材、他にありません!」
ジョンはぼそりと呟いた。
「……たぶん、あの湖より危ないのはこっちだな」
執務室に、紅茶の香りと、水煙草の甘い煙、そして一人の学者の狂気じみた歓喜が静かに満ちていった。