オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/バハルス帝国・闘技場 決勝戦/*/
熱狂の渦に包まれた帝都。観客席の石段は埋め尽くされ、旗と歓声が風に舞う。
炎のペテル――その名をもはや帝国民が一斉に叫び、竜王国の黒き冒険者を英雄として迎えていた。
「さああああッ! ついにこの時が来たぁあああああッ!!!」
司会の声が雷鳴のように響く。
「第一回戦、第二回戦、準決勝――すべて“一撃”で突破した竜王国代表、ペテル・モーク!!
その挑戦を受けるのは……我らが誇る帝国最強の剣闘士、”武王”ゴ・ギィィィィン!!!」
その名が響いた瞬間、観客席が揺れた。
闘技場の門を軋ませて現れたのは、鋼鉄の山のような巨漢。
全身を覆う黒鉄の鎧、その腕に握られた棍棒は人の胴ほどもある。
鎧が動くたび、重低音が鳴り、砂が舞い上がる。
ペテルは深く息を吸い、胸の内で呟いた。
(……これで終われる。これを越えたら、竜王国の顔として恥はない)
ゴ・ギンの金の仮面が、にやりと笑ったように見えた。
「漆黒の剣のペテルか。……前回は仲間たちと挑んできたが、今回は一人で挑むとは見事」
ペテルは慌てて両手を振る。
「あ、いえっ、そういうわけでは――」
「いくぞ」
言葉が終わるより早く、棍棒が唸った。
まるで砲弾。
ペテルはとっさに盾を構える――金属と金属がぶつかり合う轟音。
「うおっ……!!!」
衝撃で足が数歩、後ろに滑る。
盾を支えきれず、肩に鈍い痛みが走る。
まともに受けたら、盾ごと持っていかれる威力。
(な、なんだこのパワー……! 人間じゃねぇ!)
ゴ・ギンは巨体に似合わぬ速さで踏み込む。
そのまま棍棒を振り上げ、側面から薙ぐ――。
ペテルは転がるように避ける。
風圧だけで砂が爆ぜ、背後の壁が粉砕された。
観客席から悲鳴と歓声が入り混じる。
「すげぇ……あれが“武王”の力か!」
「炎のペテル、逃げてる場合じゃねぇぞ!!」
(逃げてるんじゃねぇ、耐えてるんだよ!!)
汗が鎧の内側を伝う。
〈速足〉の加護を維持しながら、距離を取り、反撃の隙を探す。
一撃――一撃で勝負を決める、それが今回の約束。
だが、ゴ・ギンは止まらなかった。
巨体が信じられない速度で回転し、棍棒が縦横無尽に振り下ろされる。
それはもはや戦闘ではなく“暴風”だった。
ペテルは最後の一瞬、盾を投げ、右手の剣に炎を灯す。
「……竜王国の名にかけてッ!!!」
踏み込み、一閃。
炎の軌跡がゴ・ギンの胸を裂く――が、刃は弾かれた。
その瞬間、棍棒の柄が横薙ぎに走り、ペテルの胴を捉える。
「ぐあッ――!!」
重力を忘れるほどの衝撃。
宙を舞い、砂の地に叩きつけられた。
意識が一瞬、白く途切れる。
審判の声が響く。
「――勝者! 武王、ゴ・ギン!!!」
歓声と拍手が爆発する中、ゴ・ギンはゆっくりと棍棒を下ろし、倒れたペテルへ手を差し伸べた。
「見事な剣だ。人間でここまで来たのは久しい」
「……はは。全然歯が立たなかったっす」
ペテルは笑いながらその手を取る。
ダインが駆け寄り、治癒魔法を施す。
傷が癒えると同時に、ニニャとルクルットが駆け寄り、アウレリア姫も立ち上がった。
姫の瞳は、敗北にもかかわらず誇らしげに輝いていた。
「竜王国の名は、十分に示せました。……ありがとう、ペテル殿」
観客席の帝国民は誰もが立ち上がり、称賛の拍手を送る。
敗者に、である。
ジルクニフは玉座の上から腕を組み、満足げに頷いた。
「なるほど。これでこそ“竜王国の英雄”。――そして、帝国の民も納得するだろう」
闘技場を包む轟音の中、ペテルはふらりと立ち上がり、笑った。
「……これで、ようやく終われる」
夕陽が差し込み、砂塵が黄金に輝く。
敗北の中に、確かな誇りと満足があった。
漆黒の剣のペテル・モーク、ここに“竜王国の顔”としての戦いを終えたのであった。
/*/バハルス帝国・王城内 祝勝会場/*/
金と紅の旗が揺れ、帝都の貴族たちが煌びやかな衣を纏って集う。
闘技大会の終結を祝う盛大な晩餐会。
勝者の武王ゴ・ギン、そして“敗れてなお称えられた”竜王国代表ペテル・モークも当然ながらその名が呼ばれていた。
──本来なら、帰って風呂に入り、泥のように寝るはずだったのに。
「……どうして俺が、ここに」
ペテルは首元の窮屈な襟を指で引っ張りながら、場の隅でそっと息を吐いた。
黒地に金糸の礼服、磨かれた靴、そして背中まで整えられた髪。
明らかに“戦士”ではなく“見世物”の装いである。
「ペテル殿、こちらへ」
涼やかな声が響き、現れたのは竜王国の姫――アウレリア。
漆黒のドレスに金の刺繍、瞳は柔らかくも鋭く周囲を見渡していた。
「陛下のご厚意で、竜王国からの“来賓”として招かれたのですから、ちゃんと笑顔でお願いします」
「いや、俺、戦った側で……観光客じゃないんですけどね……」
「いいえ、今夜は“竜王国の顔”。頑張ってください、ペテル殿」
そう言われる間にも、貴族たちが次々と押し寄せてくる。
「おお、あなたが“炎のペテル”殿か!」「一撃で兜を吹き飛ばすとは見事でしたな!」
「やはり竜王国の武技は侮れぬ!」「どんな鍛錬を?」
「竜王国とはどれほどの軍勢を? 王女殿下の護衛体制は?」
(……あ、これ、全部“外交的な探り”ってやつだな)
ペテルの額にじっとり汗が滲む。
一歩間違えば発言が外交問題。口を滑らせれば、竜王国の軍制が新聞の見出しに躍る。
しかし、アウレリアがすかさず笑顔で間に入る。
「まあまあ、皆さま。武人の話より、今夜は帝国のご厚意に感謝しましょう?
ペテル殿も、戦場ではなく舞踏会の作法を覚える必要がありそうですし」
その柔らかな一言に、場の空気が和らぎ、貴族たちは笑って引き下がった。
(助かった……マジで助かった……)
――一方その頃。
「悪いなペテル、俺たちは“装備の整備”があるんで失礼する!」
「我も薪の研究を再開せねばならぬのである!」
そう言い残して、ルクルットとダインは見事に“開戦前に撤退”していた。
さらにニニャはというと――。
「姫様の身近に控える“臨時侍女”として参加しておりまーす」
いつの間にか黒いメイド服を着込み、銀の盆を持って完璧な笑顔を浮かべている。
(裏切り者め……!)とペテルは心の中で叫んだ。
貴族たちの視線がまた集まる。
酒が注がれ、質問が飛び、握手が絶えない。
逃げ場など、どこにもなかった。
そこへ、少し離れた上座から低く笑う声が聞こえる。
「ふむ、見事な人気だな。貴族どもも竜王国の火を恐れているようだ」
皇帝ジルクニフが、杯を片手にゆるやかに歩み寄ってきた。
ペテルが慌てて膝を折ろうとするが、皇帝はそれを手で制した。
「頭を下げるな。今日は戦士としての客人だ」
そして耳打ちのように低く続ける。
「……貴族どもの詮索は気にするな。すべて私の方で“外交案件”として処理しておく」
ペテルは顔を上げた。
「……陛下、ありがとうございます」
「礼には及ばぬ。あれだけ見事に闘技場を沸かせたのだ。
夜道くらい、安全に歩けるよう配慮するのが帝王の務めだ」
アウレリアがそっと口元に微笑を浮かべ、皇帝に小さく会釈した。
「ご配慮に感謝いたします、陛下」
ジルクニフは杯を掲げ、場に向かって言葉を投げた。
「竜王国と帝国の絆に――そして“炎の剣士”ペテル・モークに!」
会場からどっと拍手が沸く。
杯が打ち鳴らされ、楽団が調べを奏でる。
ペテルはようやく安堵の息をつき、アウレリア姫の隣で苦笑を浮かべた。
「……戦うより、こっちの方がよっぽど疲れますね」
「外交とはそういうものですわ」
アウレリアが楽しそうに囁く。
「けれど、今夜のあなたは堂々としていて素敵でしたよ。“炎のペテル”。」
「……やめてください、その呼び方。明日から市場の屋台で燃やされそうです」
二人の笑い声が夜会の喧噪に溶け、帝都の夜はゆっくりと更けていった。