オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

313 / 392
貴族たちの腕試し会3

 

 

/*/バハルス帝国・闘技場 決勝戦/*/

 

 

熱狂の渦に包まれた帝都。観客席の石段は埋め尽くされ、旗と歓声が風に舞う。

炎のペテル――その名をもはや帝国民が一斉に叫び、竜王国の黒き冒険者を英雄として迎えていた。

 

「さああああッ! ついにこの時が来たぁあああああッ!!!」

司会の声が雷鳴のように響く。

 

「第一回戦、第二回戦、準決勝――すべて“一撃”で突破した竜王国代表、ペテル・モーク!!

 その挑戦を受けるのは……我らが誇る帝国最強の剣闘士、”武王”ゴ・ギィィィィン!!!」

 

その名が響いた瞬間、観客席が揺れた。

闘技場の門を軋ませて現れたのは、鋼鉄の山のような巨漢。

全身を覆う黒鉄の鎧、その腕に握られた棍棒は人の胴ほどもある。

鎧が動くたび、重低音が鳴り、砂が舞い上がる。

 

ペテルは深く息を吸い、胸の内で呟いた。

(……これで終われる。これを越えたら、竜王国の顔として恥はない)

 

ゴ・ギンの金の仮面が、にやりと笑ったように見えた。

「漆黒の剣のペテルか。……前回は仲間たちと挑んできたが、今回は一人で挑むとは見事」

 

ペテルは慌てて両手を振る。

「あ、いえっ、そういうわけでは――」

 

「いくぞ」

 

言葉が終わるより早く、棍棒が唸った。

まるで砲弾。

 

ペテルはとっさに盾を構える――金属と金属がぶつかり合う轟音。

「うおっ……!!!」

 

衝撃で足が数歩、後ろに滑る。

盾を支えきれず、肩に鈍い痛みが走る。

まともに受けたら、盾ごと持っていかれる威力。

 

(な、なんだこのパワー……! 人間じゃねぇ!)

 

ゴ・ギンは巨体に似合わぬ速さで踏み込む。

そのまま棍棒を振り上げ、側面から薙ぐ――。

ペテルは転がるように避ける。

風圧だけで砂が爆ぜ、背後の壁が粉砕された。

 

観客席から悲鳴と歓声が入り混じる。

「すげぇ……あれが“武王”の力か!」

「炎のペテル、逃げてる場合じゃねぇぞ!!」

 

(逃げてるんじゃねぇ、耐えてるんだよ!!)

 

汗が鎧の内側を伝う。

〈速足〉の加護を維持しながら、距離を取り、反撃の隙を探す。

一撃――一撃で勝負を決める、それが今回の約束。

 

だが、ゴ・ギンは止まらなかった。

巨体が信じられない速度で回転し、棍棒が縦横無尽に振り下ろされる。

それはもはや戦闘ではなく“暴風”だった。

 

ペテルは最後の一瞬、盾を投げ、右手の剣に炎を灯す。

「……竜王国の名にかけてッ!!!」

 

踏み込み、一閃。

炎の軌跡がゴ・ギンの胸を裂く――が、刃は弾かれた。

その瞬間、棍棒の柄が横薙ぎに走り、ペテルの胴を捉える。

 

「ぐあッ――!!」

 

重力を忘れるほどの衝撃。

宙を舞い、砂の地に叩きつけられた。

意識が一瞬、白く途切れる。

 

審判の声が響く。

「――勝者! 武王、ゴ・ギン!!!」

 

歓声と拍手が爆発する中、ゴ・ギンはゆっくりと棍棒を下ろし、倒れたペテルへ手を差し伸べた。

 

「見事な剣だ。人間でここまで来たのは久しい」

 

「……はは。全然歯が立たなかったっす」

ペテルは笑いながらその手を取る。

 

ダインが駆け寄り、治癒魔法を施す。

傷が癒えると同時に、ニニャとルクルットが駆け寄り、アウレリア姫も立ち上がった。

 

姫の瞳は、敗北にもかかわらず誇らしげに輝いていた。

「竜王国の名は、十分に示せました。……ありがとう、ペテル殿」

 

観客席の帝国民は誰もが立ち上がり、称賛の拍手を送る。

敗者に、である。

 

ジルクニフは玉座の上から腕を組み、満足げに頷いた。

「なるほど。これでこそ“竜王国の英雄”。――そして、帝国の民も納得するだろう」

 

闘技場を包む轟音の中、ペテルはふらりと立ち上がり、笑った。

「……これで、ようやく終われる」

 

夕陽が差し込み、砂塵が黄金に輝く。

敗北の中に、確かな誇りと満足があった。

漆黒の剣のペテル・モーク、ここに“竜王国の顔”としての戦いを終えたのであった。

 

 

/*/バハルス帝国・王城内 祝勝会場/*/

 

 

金と紅の旗が揺れ、帝都の貴族たちが煌びやかな衣を纏って集う。

闘技大会の終結を祝う盛大な晩餐会。

勝者の武王ゴ・ギン、そして“敗れてなお称えられた”竜王国代表ペテル・モークも当然ながらその名が呼ばれていた。

 

──本来なら、帰って風呂に入り、泥のように寝るはずだったのに。

 

「……どうして俺が、ここに」

ペテルは首元の窮屈な襟を指で引っ張りながら、場の隅でそっと息を吐いた。

黒地に金糸の礼服、磨かれた靴、そして背中まで整えられた髪。

明らかに“戦士”ではなく“見世物”の装いである。

 

「ペテル殿、こちらへ」

涼やかな声が響き、現れたのは竜王国の姫――アウレリア。

漆黒のドレスに金の刺繍、瞳は柔らかくも鋭く周囲を見渡していた。

「陛下のご厚意で、竜王国からの“来賓”として招かれたのですから、ちゃんと笑顔でお願いします」

 

「いや、俺、戦った側で……観光客じゃないんですけどね……」

「いいえ、今夜は“竜王国の顔”。頑張ってください、ペテル殿」

 

そう言われる間にも、貴族たちが次々と押し寄せてくる。

「おお、あなたが“炎のペテル”殿か!」「一撃で兜を吹き飛ばすとは見事でしたな!」

「やはり竜王国の武技は侮れぬ!」「どんな鍛錬を?」

「竜王国とはどれほどの軍勢を? 王女殿下の護衛体制は?」

 

(……あ、これ、全部“外交的な探り”ってやつだな)

 

ペテルの額にじっとり汗が滲む。

一歩間違えば発言が外交問題。口を滑らせれば、竜王国の軍制が新聞の見出しに躍る。

 

しかし、アウレリアがすかさず笑顔で間に入る。

「まあまあ、皆さま。武人の話より、今夜は帝国のご厚意に感謝しましょう?

 ペテル殿も、戦場ではなく舞踏会の作法を覚える必要がありそうですし」

 

その柔らかな一言に、場の空気が和らぎ、貴族たちは笑って引き下がった。

(助かった……マジで助かった……)

 

――一方その頃。

「悪いなペテル、俺たちは“装備の整備”があるんで失礼する!」

「我も薪の研究を再開せねばならぬのである!」

 

そう言い残して、ルクルットとダインは見事に“開戦前に撤退”していた。

 

さらにニニャはというと――。

「姫様の身近に控える“臨時侍女”として参加しておりまーす」

いつの間にか黒いメイド服を着込み、銀の盆を持って完璧な笑顔を浮かべている。

(裏切り者め……!)とペテルは心の中で叫んだ。

 

貴族たちの視線がまた集まる。

酒が注がれ、質問が飛び、握手が絶えない。

逃げ場など、どこにもなかった。

 

そこへ、少し離れた上座から低く笑う声が聞こえる。

「ふむ、見事な人気だな。貴族どもも竜王国の火を恐れているようだ」

 

皇帝ジルクニフが、杯を片手にゆるやかに歩み寄ってきた。

ペテルが慌てて膝を折ろうとするが、皇帝はそれを手で制した。

 

「頭を下げるな。今日は戦士としての客人だ」

そして耳打ちのように低く続ける。

「……貴族どもの詮索は気にするな。すべて私の方で“外交案件”として処理しておく」

 

ペテルは顔を上げた。

「……陛下、ありがとうございます」

 

「礼には及ばぬ。あれだけ見事に闘技場を沸かせたのだ。

 夜道くらい、安全に歩けるよう配慮するのが帝王の務めだ」

 

アウレリアがそっと口元に微笑を浮かべ、皇帝に小さく会釈した。

「ご配慮に感謝いたします、陛下」

 

ジルクニフは杯を掲げ、場に向かって言葉を投げた。

「竜王国と帝国の絆に――そして“炎の剣士”ペテル・モークに!」

 

会場からどっと拍手が沸く。

杯が打ち鳴らされ、楽団が調べを奏でる。

 

ペテルはようやく安堵の息をつき、アウレリア姫の隣で苦笑を浮かべた。

「……戦うより、こっちの方がよっぽど疲れますね」

 

「外交とはそういうものですわ」

アウレリアが楽しそうに囁く。

「けれど、今夜のあなたは堂々としていて素敵でしたよ。“炎のペテル”。」

 

「……やめてください、その呼び方。明日から市場の屋台で燃やされそうです」

 

二人の笑い声が夜会の喧噪に溶け、帝都の夜はゆっくりと更けていった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。