オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
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エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン
第15区画:〈終わらぬ走路・歯車の道〉
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ゴォォォォ……ッ!
赤い照明が点滅し、鉄と油の匂いが充満する通路。
足元の床は金属のプレートで、かすかに震えている。
バニアラ班長が記録板を手に、清掃班三人を引き連れて歩いていた。
遠くで――ギュルルルルル……と、不気味な回転音が響いている。
「……今日も一人、走り切れず輪切りだ」
班長が淡々と呟く。
若い清掃員が顔を引きつらせる。
「“走り切れず”って……あれ、本当に走っても前に進まないんですよね?」
「そうだ。表面は水平に見えるが、実際は“動く床”になってる。
常に前へ進んでいるようで、地面が後ろへ流れてるんだ。」
老人がため息混じりに言う。
「で、止まれば、後ろの丸ノコがゆっくり迫ってくる……と。」
「迫ってくるように“見える”だけだ。」
バニアラが指を鳴らすと、床の魔法陣が点灯。
ギュルルル……と、通路の奥から巨大な回転刃がせり上がった。
「見ろ。あの丸ノコは、床の動力と連動してる。
走ってる間は、通路の魔力循環で互いに釣り合ってる。
だが――止まった瞬間にすべてのエネルギーが後方に反動する。」
無口な男が、無表情のまま補足した。
「止まる=“溜め込んだ運動エネルギーの解放”。
丸ノコが弾丸のように発射される。停止者を輪切りにして前方まで突き抜ける。」
若者が蒼白になった。
「ちょ、ちょっと待ってください、それ訓練じゃなくて処刑ですよ!!」
バニアラは無言で記録板を閉じた。
「訓練だ。止まらなければ、死なない。」
「いや止まるって! 人間なんだから!」
「そこを“克服させる”のがこの区画だ。
“走れ、止まるな。恐怖と疲労の果てでこそ、生存本能が覚醒する”。
――魔導王陛下のお言葉だ。」
老人が苦笑する。
「毎度思うが、あの方の教育哲学は極端じゃな……」
「極端ゆえに効果的だ。」
バニアラが床の縁に腰を下ろす。
「実際、ここを“走り抜けた”者は、反射神経と集中力が段違いになる。
現場では恐怖に動けなくなる奴が多いが、この訓練を終えた者は違う。
“走り続ける”ことしか考えない。戦闘でも生還率が跳ね上がる。」
無口な男が壁際のスイッチを押すと、床の動力が停止。
ギュイイイイインッ! という悲鳴のような金属音とともに、
後方の丸ノコが――シュパンッ!!――と射出された。
風を裂いて通り過ぎ、前方の石壁を粉砕する。
若者が腰を抜かす。
「ひっ……止まっただけで、あれが!?」
「そうだ。走るのをやめた瞬間、後悔のスピードでやってくる。」
老人が頭を振る。
「いやはや、走るのも地獄、止まるのも地獄とは……」
バニアラが笑う。
「ここでは“休む勇気”なんていらん。
必要なのは、“最後まで走る覚悟”だけだ。」
床の魔法陣が再点灯し、動力が復帰する。
ギュルルルル……と、再び金属音が響く。
無口な男が簡潔に報告した。
「通路、再稼働。次の訓練班、待機中。」
バニアラが記録板にさらりと書き加える。
「……本日、負傷者6、蘇生3。走破者、ゼロ。」
「陛下の罠、今日も健在だな。」
その瞬間、通路の奥から叫び声が上がる。
「進まねぇ!? 進まねぇぇぇ!!!」
「止まるな! 止まったら死ぬぞ!!」
「うわあああああッ!!」
――ギュルルルルルルルルルルッ! バシュンッ!!
壁に新しい切断痕が刻まれる。
バニアラは軽くため息をつき、
「……よし、清掃班。終わったらすぐ回収に入るぞ。」
今日もまた、〈終わらぬ走路〉は止まることを知らない。
走る者の恐怖を食らい続ける、魔導王直轄の“教育通路”であった。
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エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン
第15区画:〈終わらぬ走路・歯車の道〉
清掃班記録ログより抜粋
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――バシュンッ!!
鉄粉と血煙が同時に舞い上がり、通路の壁一面が赤黒く染まる。
床の振動が止まり、回転音が静まり返った。
バニアラ班長が無言でモップを持ち上げた。
「……ミンチよりひでぇな。」
若者が青ざめた顔で呟く。
「ひ、人間ってあんな細かくなるんですね……」
「なるんだよ。訓練じゃなきゃ、芸術品だな」
バニアラはスチームモップで床を拭きながら、
砕け散った骨粉を魔導吸引器で丁寧に吸い上げた。
無口な男が、機械的に報告する。
「肉片回収率、七十三パーセント。残りは壁内部に圧入されています。」
「あとで清掃ゴーレムに任せよう。」
老人がため息をついた。
「走るだけの訓練でここまで粉々になるとは……まるで肉屋の奥の部屋じゃのう。」
「まあ、“止まったら死ぬ”って意味を、これほど明確に教える装置もそうはない。」
バニアラは淡々と言いながら、壁の魔法陣を再起動させた。
金属音が再び鳴り、床がゆっくりと動き出す。
若者が恐る恐る聞く。
「……この罠、誰が考えたんですか?」
老人がぼそりと答える。
「たぶん、陛下じゃろう。教育熱心というか……えげつないというか。」
「“冒険とは常に死と隣り合わせである”――ってお言葉の具現化だ。
生き残る者は勇者、止まった者は肥料。……そういう哲学らしい」
バニアラが笑うが、誰も笑えなかった。
通路の先で、再び扉が開く音がする。
次の訓練班が、恐る恐る顔をのぞかせていた。
「え、まさか……またここ、走るんですか?」
「昨日、三人粉々になったって聞きましたけど……」
「だいじょうぶ、蘇生されるんだ。……たぶん」
バニアラはモップを肩に担ぎ、淡々と告げた。
「さあ、走れ。恐怖に勝てば英雄、止まれば……清掃対象だ。」
ギュルルルルルル……!!
金属の唸りが再び鳴り響く。
若者が背後で小声で呟いた。
「……班長、ミンチよりひでぇ仕事ですよ、これ。」
バニアラは苦笑いしながら、血のついた記録板をパタンと閉じた。
「――それでも、誰かが拭かにゃならんのさ。」
今日もまた、“終わらぬ走路”は冒険者を迎え入れる。
勇気と絶望と、掃除の音だけが、永遠に繰り返される。