オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/魔導国大使館の庭
レイナースはがくりと膝をついた。ぶわっと額から汗が滲み出し、あっと言う間にそれは流れとなって地に零れ落ちる。
顔を上げる余裕もない彼女に上から幾つもの声が掛けられた。
「所詮は
「戦闘メイドを名乗るにはひ弱すぎますわね」
長らく己を苦しめていた〈呪い〉から解放されたレイナースは帝国四騎士を辞して、魔導国に仕える事にしたのであるが、そこで課せられたのは〈戦闘メイド〉と言う聞いた事のない役職であった。理解した内容によると、メイド兼護衛であろうか。主人の近くに仕えながら、武器の携帯を許された特別な存在。
魔導国でも6名しかいない役職だと言う。
剣の腕前には自信があった。ガゼフなどには及ばなくても女の身でありながら復讐を果たし、帝国四騎士の中で最も攻撃力に秀でた『重爆』の二つ名を持っていたのである。だが、そんな自信は粉々だった。
魔導国でも6名しかいない役職にある6人のメイドたちの美貌はまさに絶世。取り戻した己の美貌など霞んで見えるものだ。メイドとしての技量も超がつく一流。過去にメイド修行を多少した事のある自分が及ぶものではない。
せめて、戦闘の面ではと思っていたが、先輩にあたるナーベラル・ガンマとソリュシャン・イプシロンによって、その拠り所も経った今粉々になった。
鍛錬を怠った事は無い。
それでもそんな自分が息も絶え絶えになっているのに、この二人は息を乱してもいないのだ。根本的に基礎体力が違い過ぎる。
これほどの美貌と身体能力を持ち、メイド兼護衛として主人に仕える彼女たちの誇りはどれほどのものだろう。
良くある新人いびりだが、能力が隔絶し過ぎて、納得の感情しか浮かんでこない。
これだけの能力のあるエリートの中に自分程度が紛れ込めば、それは確かに面白くないだろう。
そう思っていたところにタオルが投げかけられた。
ふわっと頭に掛かるタオルからは洗いたての良い匂いがした。
「ご苦労さん。……お前たちも、こういう事するんだなぁ」
ちょっとびっくり。そんな事を言いながら現れたのは館の主人であるジョン・カルバインだった。
「カ、カルバイン様!」
「お、御前、失礼いたします!」
突然の主人の出現に慌てて首を垂れるナーベラルとソリュシャン。それを気にした風もなく「良いよ良いよ」と手を振るジョン。
「責めている訳ではないんだが……幾つか教えて欲しい。これは新人いびりで良いのか?そして、どうしてこの行動に出た?」
レイナースからすると不思議な質問だった。本当に責めている様子はなく、興味深く二人の行動について知りたいと言う欲求が感じられたのだ。
頭を垂れたままのナーベラルとソリュシャンの顔が動く。
「――ナーベラル――ソリュシャン」
「「……は、はい、カルバイン様」」
じっと3者の視線が交差しあう。
やがて、ソリュシャンの唇が動いた。
「く、悔しかったんです」
その先はナーベラルがソリュシャンには言わせなかった。
瞳に涙を浮かべ、ナーベラルはジョンに訴える。その先はソリュシャンに言わせる訳にいかない。
「何故!何故なのですか!このような
「……認められない?
ジョンは心底驚いたと言う表情で、狼頭の眼を見開き、ぱちくりとさせた。
ナーベラルとソリュシャンは絶望に満ち満ちた表情をしている。至高の御方の言葉を認められない……その罪の重さは如何ほどだろう。
極刑は避けられまい。いや、極刑以外であってはならない。
「―――面白い。面白いぞ、二人とも!」
空を見上げて哄笑を放つジョンを、ナーベラルとソリュシャンはポカンと見上げた。
「良い。良いぞ。二人とも、お前たちの全てを俺は許そう。……それと別にレイナースはルプーの代わりではないぞ?ルプスレギナ・ベータは戦闘メイド・プレアデスの一員のまま、新たにジョン・カルバインの妻になったのだ。レイナースは唯の戦闘メイド・無印だ。お前たち姉妹に加える訳ではない。……姉妹にも良く話しておけ」
ポカンとしたままのナーベラルとソリュシャンの頭に、ジョンはインベントリから取り出したタオルを投げ掛けると、順に二人の涙を拭ってやるのであった。