オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第九層・ジョンの実験区画 /*/
金属の焦げるような匂いが漂っていた。
整備灯の光が無機質な床を照らし、その中央に、鉄灰色の巨体が黙然と佇んでいる。肩部に刻まれた冷却符文は微かに青白く明滅し、胴体を走る動力線が脈打つたび、鈍い低音が区画の奥へと反響していた。
モモンガは腕を組んでそれを見上げた。
「……しかし、ジョンさん。あれが例の“鉄の騎士”ですか。見た目はまるで中位守護者級の威圧感ですね」
ジョンはレンチを回していた手を止め、軽く肩をすくめる。
「ああ、まあ見た目だけはな。実際はまだ“アイアンゴーレムの親戚”みたいなもんだよ。中身は空っぽ。動力も魂も入ってない」
「自律型ではない、と?」
「完全に手動式だ。ゴーレム核を改造して、自律制御を全部オミットした。反応系統だけ残して、操縦者の指令に同期するようにしてある。だから、乗り手がいなきゃ一歩も動かねぇ」
モモンガは顎に手を当てて観察した。
「ということは……“鉄の鎧を着る”感覚で動かす、と」
「正解。自律型は便利だけど、コストもリスクも高い。魂を宿せば暴走の危険もあるしな。だから全部切り捨てた。代わりに、修理は溶接で済む。燃料も魔力炉じゃなく符文駆動。壊れても叩けば直る」
ジョンは脚部装甲を軽く蹴った。
ガンッという重金属の響きが、壁に反射して長く尾を引く。
「デスナイトと比べりゃ足元にも及ばねぇが、安定して動く。人間でも扱える兵器としては上出来だよ」
モモンガは小さく笑い、ローブの裾を整える。
「ナザリックでは不要でしょうが……外の世界では、十分に戦略的価値がありますね」
「そうかもな。でも俺にとっちゃ、これは“実験体”でしかない。戦争のためじゃなく、“作るために作る”。そういう無駄こそ、研究の肥やしになるんだ」
彼は笑って、工具を棚に戻した。
整備灯の光に照らされた鉄の騎士は、なおも無言で立ち尽くしている。
その巨体には魂も意志もない。だが――創造者にとって、それはすでに一つの生命だった。
/*/ 魔導国・地下工廠区 第七試験坑道 /*/
蒸気と油のにおいが満ちる坑道。
その奥で、青銅の巨体がゆっくりと立ち上がった。
重厚な装甲に符文の刻まれた腕部、背面には操縦席を収めた簡素な魔導座。肩口には「魔導国工務局試作機一号」と銘板が輝いている。
ジョンは腕を組み、静かに見上げた。
「ようやく動くようになったか。……さて、ドワーフたちの腕前が試されるな」
操縦席のハッチが開き、ひとりのドワーフ職人が油にまみれた手で敬礼する。
ドラン=ハーグ親方――石畳舗装班の監督であり、頑固一徹の現場指揮官だ。
「まったく、あんたの発明はいつも手間がかかるな、ジョン殿」
彼は苦笑しつつ操縦席に潜り込んだ。
「だが……こういうのは嫌いじゃねぇ」
ジョンは軽く笑う。
「だろう? 素材は青銅。安いし、修理も簡単。制御核は手動入力専用に改造してある。お前たちの動きを“機体がそのまま増幅して再現する”って仕組みだ。魔力なんて使わなくても動く」
「ふん、つまり“力仕事の延長”ってわけか」
「そう。アンデッドにやらせた方が早いが、そっちだとモモンガさんの仕事が増える一方だからな」
ジョンが笑うと、近くで見ていたモモンガが苦笑した。
「否定はできませんね……」
ジョンが合図を送る。
青銅の巨体が低く唸り、膝を曲げた。
親方が操縦桿を握り、ペダルを踏み込む。
ぎしり――金属が軋む音。
巨体がゆっくりと歩み出し、前方の石畳ブロックを両腕で掴む。
手の動きに合わせて、指関節の符文が青白く光った。
「……おお、動くぞ! おい、見ろよ、ちゃんと石を持てる!」
見守る職人たちが歓声を上げた。
青銅の腕が石を運び、地面へ慎重に下ろす。
親方が操縦桿をひねると、腕が自然に角度を合わせ、符文ハンマーを取り出した。
「どん、どん」とリズミカルな音が坑道に響く。
ジョンが頷いた。
「感度は上々だな。動作遅延も少ない。……やるじゃないか、ドラン親方」
「へっ、機械の動かし方は人の勘と同じさ。手先の感覚が伝わるのは悪くねぇ。これなら細工仕事もこなせるぞ」
ほかのドワーフたちも次々と操縦席に乗り込み、複数のゴーレムが動き始める。
石を持ち上げ、並べ、叩き締め、地面を均す――。
その動作はぎこちなくも、確かに“職人の手”を再現していた。
モモンガが感心したように言う。
「これは……見事ですね。労働用とはいえ、これだけ精密に動くとは」
「だろ? 戦場じゃ無用の長物だが、現場にはぴったりだ。魂を使わず、汗も流さず、文句も言わん。働くゴーレムってのは、悪くないもんだろ」
モモンガは笑みを浮かべた。
「確かに。……戦わない機械というのも、実に平和的でいいですね」
「だろ? 俺の“玩具”にしちゃ、ずいぶん真面目だ」
坑道の奥で、複数の青銅ゴーレムが静かに作業を続けていた。
灯火に照らされ、鈍く光る金属の群れ――それは、戦いとは無縁の“働く巨人”たち。
その姿は、確かに職人たちの夢を体現していた。