オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
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エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン
第4区画:〈安息の噴水〉
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薄暗い通路を抜けると、そこはまるで別世界のように静かだった。
古びた石造りの広間に、中央の噴水が澄んだ水音を立てている。
壁には苔が生え、天井から差し込む光が水面を柔らかく照らしていた。
――訓練生たちが思わず息をつく、“安全地帯”に見える場所。
バニアラ班長は噴水の縁に腰を下ろし、柄の長いモップを立てかけながら言った。
「ここが第4区画、“安息の噴水”だ。見た目は癒しだが、中身は墓場だな。」
若い清掃員が、桶を片手に恐る恐る覗き込む。
「これ……ただの水じゃないんですよね?」
「遅効性の毒入りだ。」
バニアラは平然と答えた。
「飲んでから数十分は何の症状も出ない。むしろ“妙に体が軽くなる”んだ。
それから、ほんのり眠くなる。で、そのまま寝たら……“永久安眠”だ。」
老人が感心したように頷いた。
「毒殺と気絶が同時に起こるとは……ずいぶん穏やかな死に方じゃのう。」
無口な男が記録板にさらさらと書き込む。
「遺体回収状況:本日4名。腐敗・欠損なし。非常に良好。」
若者がぎょっとする。
「“非常に良好”って……!」
バニアラが笑う。
「いや、ここの死体は綺麗なんだ。苦しまず、穏やかに逝く。
おまけに血の汚れもない。清掃の手間が省けるんだよ。
清掃班じゃ人気スポットだ。」
老人も同意するように顎を撫でた。
「確かに、あの“抱擁の処刑姫”区画に比べれば、ここのほうが天国じゃのう。
あっちはスライムが溶かした跡がひどくて、モップがいくつあっても足りん。」
「こっちは香りも悪くない。」
無口な男が言う。
「花のような甘い匂いがする。毒の香気成分が揮発してるせいだ。」
若者が首をかしげる。
「そんなに香りがいいなら、なんでわざわざ毒入れるんですか?」
「“休憩を信じる者”を選別するためだ。」
バニアラが淡々と答えた。
「罠や敵には注意できても、“安全そうな場所”に気を抜く者は必ずいる。
そういう連中が一番危険なんだ。これは、“油断を殺すための教育”だ。」
老人がくつくつと笑う。
「教育というより……ふるい分けじゃな。」
「そうとも言う。」
バニアラは立ち上がり、噴水の縁を指でなぞる。
薄く虹色に光る水滴が、毒の証拠のようにきらりと輝いた。
「しかしまあ、陛下も凝ってるよなぁ。
“水は命を与えるが、同時に奪うものでもある”――って言葉を、
本気で具現化してるんだから。」
若者はぞっとしたように背筋を伸ばす。
「……これ、教育の範囲なんですか?」
「もちろんだ。」
バニアラはにやりと笑う。
「死んで学ぶ。それがナザリック式の教育だ。」
ちょうどそのとき、奥の通路からぐりもあが現れた。
書類を抱え、ため息をつきながら言う。
「班長、またここで四人倒れたそうです。報告書、モモンガさんが“教育効果は上々”とコメントを……」
「だろうな。」
バニアラは頷く。
「綺麗に死ぬってのは、学びの基本だ。」
噴水の水面に、風がひとひら波紋を描いた。
静かな音を立てながら、その“安息”は今日も穏やかに命を奪い続ける。
――第4区画〈安息の噴水〉。
疲れを癒す者を選び、眠りと共に永遠を教える“優しい死”の罠である。
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エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン
第4区画:〈安息の噴水〉 清掃班観察記録
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静かな水音が響く。
中央の噴水から流れる水は、まるで聖堂の泉のように澄み切っている。
壁に埋め込まれた光石が、柔らかな青を映していた。
――外見だけなら、ここは天国だ。
バニアラ班長は噴水の縁に腰を下ろし、静かに言った。
「……ここで死んだ奴らな、なんで死んだのか理解してねぇのも多いんだ」
若い清掃員が首を傾げる。
「どういうことです?」
「眠ったまま死ぬからだ。本人には“寝てただけ”の感覚しか残らん。
次に蘇生されたとき、だいたいこう言う――
“あれ? 寝てたのに何で戻されたんだ?”ってな。」
老人がくつくつと笑った。
「つまり、本人たちは“死んだ”という実感がないわけじゃな。」
「ああ。だから面倒なんだ。自覚がないまま、また飲む。」
バニアラが噴水の表面を指でなぞる。
光が反射して、薄く虹が揺らめいた。
「中には、“寝てる間に何かに襲われたんだ”と思って、
必死に起きていようとする奴もいる。
……けど、どれだけ気を張っても毒は回る。
身体の奥からじわじわと“休息”を求めるんだ。」
若者がぞっとしたように声を漏らす。
「そ、それじゃあ……寝たくなくても、眠くなるんですか?」
「そうだ。だからな、頑張って起きていようとした連中は――」
バニアラは視線を噴水の底に向けた。
そこには、何本もの爪痕が刻まれている。
噴水の縁を掴んで、最後まで抗った者たちの跡。
「……最後は、立ったまま死ぬ。顔は穏やかでな。
“疲れたなぁ”って笑ってるやつもいた。」
無口な男が報告書にさらりと書き込む。
「本日死亡者数5。内3名、再試験後も同様に死亡。」
老人が鼻を鳴らした。
「何度も引っかかるとは、ほんに教育熱心な生徒たちじゃのう。」
バニアラは肩をすくめた。
「学ばねぇのも才能だ。ここの水は優しいが、学びは厳しい。
“油断は死”を何度教えても、飲む奴は飲む。」
清掃班は静かに遺体を運び出す。
綺麗な顔。苦痛の跡はない。
まるで深い眠りに落ちたまま、夢の中に帰ったようだった。
老人がモップを動かしながら呟く。
「ほんとに……清掃しやすい死に方じゃのう。」
「だから人気なんだよ、ここは。」
バニアラは立ち上がり、手袋を外した。
「悲鳴もない。血も出ない。静かで、平和だ。
――だが、“安息”って言葉ほど、残酷な罠もない。」
噴水の水面に、ゆっくりと波紋が広がる。
光が揺らめくその下で、
また新しい影がひとつ――眠るように沈んでいった。