オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春16

 

 

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エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン

第4区画:〈安息の噴水〉

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薄暗い通路を抜けると、そこはまるで別世界のように静かだった。

古びた石造りの広間に、中央の噴水が澄んだ水音を立てている。

壁には苔が生え、天井から差し込む光が水面を柔らかく照らしていた。

――訓練生たちが思わず息をつく、“安全地帯”に見える場所。

 

バニアラ班長は噴水の縁に腰を下ろし、柄の長いモップを立てかけながら言った。

「ここが第4区画、“安息の噴水”だ。見た目は癒しだが、中身は墓場だな。」

 

若い清掃員が、桶を片手に恐る恐る覗き込む。

「これ……ただの水じゃないんですよね?」

 

「遅効性の毒入りだ。」

バニアラは平然と答えた。

「飲んでから数十分は何の症状も出ない。むしろ“妙に体が軽くなる”んだ。

 それから、ほんのり眠くなる。で、そのまま寝たら……“永久安眠”だ。」

 

老人が感心したように頷いた。

「毒殺と気絶が同時に起こるとは……ずいぶん穏やかな死に方じゃのう。」

 

無口な男が記録板にさらさらと書き込む。

「遺体回収状況:本日4名。腐敗・欠損なし。非常に良好。」

 

若者がぎょっとする。

「“非常に良好”って……!」

 

バニアラが笑う。

「いや、ここの死体は綺麗なんだ。苦しまず、穏やかに逝く。

 おまけに血の汚れもない。清掃の手間が省けるんだよ。

 清掃班じゃ人気スポットだ。」

 

老人も同意するように顎を撫でた。

「確かに、あの“抱擁の処刑姫”区画に比べれば、ここのほうが天国じゃのう。

 あっちはスライムが溶かした跡がひどくて、モップがいくつあっても足りん。」

 

「こっちは香りも悪くない。」

無口な男が言う。

「花のような甘い匂いがする。毒の香気成分が揮発してるせいだ。」

 

若者が首をかしげる。

「そんなに香りがいいなら、なんでわざわざ毒入れるんですか?」

 

「“休憩を信じる者”を選別するためだ。」

バニアラが淡々と答えた。

「罠や敵には注意できても、“安全そうな場所”に気を抜く者は必ずいる。

 そういう連中が一番危険なんだ。これは、“油断を殺すための教育”だ。」

 

老人がくつくつと笑う。

「教育というより……ふるい分けじゃな。」

 

「そうとも言う。」

バニアラは立ち上がり、噴水の縁を指でなぞる。

薄く虹色に光る水滴が、毒の証拠のようにきらりと輝いた。

 

「しかしまあ、陛下も凝ってるよなぁ。

 “水は命を与えるが、同時に奪うものでもある”――って言葉を、

 本気で具現化してるんだから。」

 

若者はぞっとしたように背筋を伸ばす。

「……これ、教育の範囲なんですか?」

 

「もちろんだ。」

バニアラはにやりと笑う。

「死んで学ぶ。それがナザリック式の教育だ。」

 

ちょうどそのとき、奥の通路からぐりもあが現れた。

書類を抱え、ため息をつきながら言う。

「班長、またここで四人倒れたそうです。報告書、モモンガさんが“教育効果は上々”とコメントを……」

 

「だろうな。」

バニアラは頷く。

「綺麗に死ぬってのは、学びの基本だ。」

 

噴水の水面に、風がひとひら波紋を描いた。

静かな音を立てながら、その“安息”は今日も穏やかに命を奪い続ける。

 

――第4区画〈安息の噴水〉。

疲れを癒す者を選び、眠りと共に永遠を教える“優しい死”の罠である。

 

 

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エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン

第4区画:〈安息の噴水〉 清掃班観察記録

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静かな水音が響く。

中央の噴水から流れる水は、まるで聖堂の泉のように澄み切っている。

壁に埋め込まれた光石が、柔らかな青を映していた。

 

――外見だけなら、ここは天国だ。

 

バニアラ班長は噴水の縁に腰を下ろし、静かに言った。

「……ここで死んだ奴らな、なんで死んだのか理解してねぇのも多いんだ」

 

若い清掃員が首を傾げる。

「どういうことです?」

 

「眠ったまま死ぬからだ。本人には“寝てただけ”の感覚しか残らん。

 次に蘇生されたとき、だいたいこう言う――

 “あれ? 寝てたのに何で戻されたんだ?”ってな。」

 

老人がくつくつと笑った。

「つまり、本人たちは“死んだ”という実感がないわけじゃな。」

 

「ああ。だから面倒なんだ。自覚がないまま、また飲む。」

バニアラが噴水の表面を指でなぞる。

光が反射して、薄く虹が揺らめいた。

 

「中には、“寝てる間に何かに襲われたんだ”と思って、

 必死に起きていようとする奴もいる。

 ……けど、どれだけ気を張っても毒は回る。

 身体の奥からじわじわと“休息”を求めるんだ。」

 

若者がぞっとしたように声を漏らす。

「そ、それじゃあ……寝たくなくても、眠くなるんですか?」

 

「そうだ。だからな、頑張って起きていようとした連中は――」

バニアラは視線を噴水の底に向けた。

そこには、何本もの爪痕が刻まれている。

噴水の縁を掴んで、最後まで抗った者たちの跡。

 

「……最後は、立ったまま死ぬ。顔は穏やかでな。

 “疲れたなぁ”って笑ってるやつもいた。」

 

無口な男が報告書にさらりと書き込む。

「本日死亡者数5。内3名、再試験後も同様に死亡。」

 

老人が鼻を鳴らした。

「何度も引っかかるとは、ほんに教育熱心な生徒たちじゃのう。」

 

バニアラは肩をすくめた。

「学ばねぇのも才能だ。ここの水は優しいが、学びは厳しい。

 “油断は死”を何度教えても、飲む奴は飲む。」

 

清掃班は静かに遺体を運び出す。

綺麗な顔。苦痛の跡はない。

まるで深い眠りに落ちたまま、夢の中に帰ったようだった。

 

老人がモップを動かしながら呟く。

「ほんとに……清掃しやすい死に方じゃのう。」

 

「だから人気なんだよ、ここは。」

バニアラは立ち上がり、手袋を外した。

「悲鳴もない。血も出ない。静かで、平和だ。

 ――だが、“安息”って言葉ほど、残酷な罠もない。」

 

噴水の水面に、ゆっくりと波紋が広がる。

光が揺らめくその下で、

また新しい影がひとつ――眠るように沈んでいった。

 

 

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