オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 魔導国・地下工廠区 第七試験坑道 /*/
石畳の整備を終えた青銅ゴーレムたちが、まるで一日の労働を終えた職人のように整然と並んでいる。
作業を見届けたドラン=ハーグ親方が、頑丈な手で髭を撫でながらぼそりと呟いた。
「なあ、ジョン殿。これで……細工物をいじるような小さなもんを作れねぇか?」
ジョンが顔を上げた。
「細工物? 装飾か、それとも工芸道具の方か?」
「両方だな」ドラン親方は真剣な顔で続けた。
「年を取ってくると、どうしても手が震える。昔みたいに細けぇ彫金や歯車合わせができなくなる。だが、頭の中じゃどう動かせばいいか、いまだに分かってるんだ」
彼は己の手を見つめる。節くれだった指が、わずかに震えていた。
「……こいつを使えば、年寄りでもまだ“熟練の技”を披露できるんじゃねぇかと思ってよ」
ジョンは目を細めた。
「なるほどな。思考制御式にして、手の震えを補正すれば……理屈の上では可能だ」
坑道の灯りがジョンの金属製の義指を照らす。彼は軽く拳を握って言った。
「指先に魔導感応符を仕込んで、思考パターンを直接動力伝達に変換する。操縦者の思考だけを拾って、余計な震えやノイズは全部カットするようにすればいい。――“技を機械に伝える補助器”か」
ドラン親方が目を見開いた。
「それだ! 手が利かねぇ職人でも、もう一度自分の“技”を見せられる!」
「ふむ……面白い発想だな」ジョンは頷き、顎に手を当てる。
「思考制御は戦闘用には危険すぎて採用しなかったが、作業補助ならむしろ最適かもしれん。暴走しても、誰かの鼻輪が曲がるくらいで済むしな」
ドラン親方が大声で笑う。
「ははっ! それなら安心だ!」
ジョンは笑いながら懐からメモ用の金属板を取り出し、符文ペンで素早く書き付ける。
「じゃあ試作してみるか。“青銅細工師(ブロンズ・クラフター)”計画だ。指先に意思を伝える新型制御系――老職人向けの魔導補助具として仕上げよう」
親方は目を輝かせ、手を叩いた。
「いいじゃねぇか……! 俺の弟子たちにも夢を見せてやれる!」
坑道の奥では、青銅のゴーレムたちが無言のまま整列していた。
その中に――未来の職人の“もう一つの手”が生まれようとしていた。
/*/ 魔導国・技術庁工房棟・試作室 /*/
明滅する魔灯の下、作業台の上には奇妙な装置が鎮座していた。
青銅の骨格に、細かな符文線が走る――まるで甲虫の羽のような副腕が二本。背面のアームユニットから伸び、指先には精密作業用の魔導ピックが装着されている。
ジョンが工具を置き、肩を回しながら言った。
「――よし、これで動作は安定したな。思考伝達にほんのわずかな遅延はあるが、作業には支障ないだろう」
そこへ視察に来たモモンガが、じっとその装置を見つめる。
「それで今度はそんなものを作ってるんですね。……副腕?」
「うん、職人向けの“補助腕”だよ」ジョンは背面に取り付けて見せる。
青銅のアームがゆっくりと起動し、カチリと音を立てて固定される。
「背中に背負う形で、副腕をつけて作業できるようにした。拡大鏡も引き出して使えるし、精密作業や細工修理に向いてる」
モモンガは感心したように頷いた。
「なるほど、思考で動かす補助装置ですか。繊細な動きに向いてますね」
ジョンは苦笑しながら言葉を続けた。
「……それにしてもな。手が震えるようになっても、なお働きたいなんて。人って、本質的にブラックなんだろうか」
モモンガは静かに首を振った。
「職人と単純労働者は、少し違うと思いますよ。彼らにとって“働く”ってのは、報酬のためじゃなく、自分がまだ何かを“作れる”という証なんです」
「……社会的生物ってやつか」ジョンは腕を組んで、作業机の上の副腕を見つめた。
「組織に属してる実感がないと、心が空く――確かに、ドラン親方の目がそんな感じだったな」
「ええ。あの人は仕事を奪われることを恐れてるんじゃなくて、“自分がもう不要になる”ことを恐れてるんでしょう」
「……人間は難儀な生き物だ」
ジョンはそう言いながら、背面アームを試しに動かした。金属の指先が、まるで自分の意志そのもののように小さな歯車をつまみ、ぴたりと噛み合わせる。
モモンガが小さく笑う。
「でも、そういう生き物だからこそ、ここまで文明を積み上げてきたのかもしれませんね」
「なるほど、ブラックさが進化の原動力か」ジョンは肩をすくめ、半ば冗談めかして言った。
「まあいい。あとは実際に職人たちに使ってもらって、改良していけばいい。副腕が職人の“第二の手”として定着すれば、きっと面白い世界になる」
青銅の副腕が、静かに指を鳴らした。
それは、衰えゆく手の代わりに――なお“作る”ことを望む者たちへの、新たな希望の音だった。
/*/ 魔導国・地下工廠区 第七試験坑道・作業実験室 /*/
炉の赤光が青銅の壁面に揺らめき、魔力灯が淡く照らす工房に――歓声が響いた。
「おおっ……つ、つくれる! つくれるぞぉッ!」
最初に叫んだのは、白髭を胸まで伸ばしたドワーフの老細工師バルグ=ルーンだった。
背中に装着した青銅製の副腕が、まるで自分の意志そのもののように動き、精密な銀細工を組み上げていく。
魔導ピックの先が、細やかな装飾の刻みを入れるたびに、彼の目が輝きを取り戻していく。
両脇では他の老職人たちも一様に歓喜していた。
「震えねぇ……手が、震えねぇぞ!」
「まるで若い頃に戻ったみてぇだ!」
「わしの手じゃなくて、わしの魂が動いてるみてぇだな!」
彼らの副腕が一斉に動く。
歯車の微調整、彫金、宝石の嵌め込み――まるで長年封じられていた“技”が、今この瞬間、再び息を吹き返したようだった。
見守っていたジョンは、満足げに頷いた。
「……ふむ、思考伝達の遅延も問題なしか。こいつは成功だな」
しかし、その隣――鍛冶場のほうから、突然焦げた匂いと共に煙が立ち上がる。
「ぬわぁああ!? 腕が! 腕が溶けとるぅッ!」
「火炉に入れた瞬間にぐにゃっと曲がっちまったぁ!」
駆け寄ると、数人の鍛冶職人ドワーフが、溶けかけた副腕をぶら下げていた。
青銅の指先がまるで飴のように垂れ下がり、変形している。
ジョンが額を押さえてため息をついた。
「あーあ、そりゃそうだろ。青銅は柔らかいんだよ……耐熱限界、八百度ちょっとしかないんだからな」
ドワーフたちはしゅんと肩を落とす。
「せっかく便利だったのによぉ……」
「火を使わねぇ職人専用かと思ったぜ……」
ジョンは腕を組んで、呆れながらも苦笑した。
「はいはい、わかったよ。耐熱温度の高い合金で作り直してやる。――どうせお前ら、すぐ火に突っ込むんだろ」
老職人の一人が目を輝かせた。
「ほんとかジョン殿!?」
「助かる! これで炉の中の作業もできる!」
「ただし、今度の素材は魔導鉄合金だ。重くなるから文句言うなよ」
「重くてもいい! これでまた打てるならな!」
炉の炎の中、ジョンは試作中の新素材を眺めながら小さく笑った。
「……やれやれ。手が震えても、腕が溶けても、それでも働こうとするんだから――ほんと、人間ってのは根っからブラックだな」
溶けた青銅の腕の向こうで、ドワーフたちはまだ興奮冷めやらぬ声を上げていた。
再び“打てる”、再び“作れる”。その喜びだけが、彼らを炎より熱く燃やしていた。
/*/ 魔導国・地下工廠区・作業実験室 /*/
ジョンは作業台の上に、新型の副腕を置いた。
これまでの青銅製では耐熱不足で炉作業に使えなかったが――今回は違う。
「これが改良型だ。素材はタングステン。熱伝導を遮断する加工も施してある。鉄の2倍の温度まで耐えられる。炉の中でも直接加工できるぞ」
ドワーフの職人たちの目が一斉に輝いた。
「おおっ、こいつは……本当に耐えるのか!?」
「炉の中でも使えるってことか!」
ジョンはにやりと笑う。
「さあ、試してみろ」
背中に副腕を装着したドワーフの老職人が、火炉の前に立つ。
魔導ピックがタングステンの指先で光り、炉の炎の熱をものともせず、赤く熔けた鉄塊に触れた。
「おおっ……! 本当に熱くねぇ!」
職人は思わず笑い声を上げる。
タングステン製副腕が自在に動き、溶鉄をすくい上げ、炉の中で叩き、精密な形に整えていく。
他の職人たちも次々と副腕を装着。
炎の中でも安全に金属を握り、叩き、刻み、旋盤加工まで行い始める。
あっという間に、新しい装飾品や機械部品が次々と完成していった。
ジョンは作業台の端から、穏やかに眺めた。
「なるほど……炉の中でも直接加工できると、効率が格段に上がるな。人間の手では到底及ばないスピードで、新製品が生まれていく」
モモンガも現場を見て、感心した様子で言った。
「これは……まさに“職人の意思を拡張する魔導装置”ですね。手を傷めず、熱にやられず、直接加工できるとは」
「そうだ。老職人でも若い頃と同じ感覚で働ける。しかも炉の中で、だ」
ジョンはタングステン副腕を撫でながら、満足げに頷く。
「これなら、炉作業専用のゴーレムアームとして大量生産してもいいかもしれん」
職人たちは歓声を上げ、熱気と煙の中で、次々と新しい製品を生み出していく。
青銅時代にはできなかった、炉の中での直接加工――それは、まさに技術と職人の融合が生んだ奇跡の光景だった。