オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン ― “暗闇の間”/*/
灯り一つない石の部屋は、まるで空気まで死んでいるかのように静まり返っていた。
鼻を突く刺激臭も、湿った血の匂いもない。ただ、ひんやりとした沈黙だけが漂う。
バニアラ班長は、壁際で腕を組み、若者たちを睨む。
「ここは……“爆発の間”の後に通される部屋だ。火気厳禁を覚えた連中は、次に明かりをつけずに進む。そこを利用した罠だ。油断するな」
若者が唾を飲み込む音が響く。
「……暗闇のまま進むんですか?」
「そうだ。松明を灯した瞬間、終わる」
老人が苦い笑みを浮かべた。
「なるほど、前の部屋で火を恐れるように仕込んでおいて、ここで視覚を奪うとは……いやらしい」
バニアラは無言で頷き、部屋の中を指さした。
「この部屋には“管理人”がいる。名前は言えんが――メデューサだ」
若者の肩がびくりと跳ねた。
「メデューサ!? 石化するやつですか!」
「声を出すな」
無口な大男が低く唸るように言い、手を上げて制した。
その手の甲には、古びた傷が一本走っている。過去にこの部屋で何かを見た者の印だった。
バニアラが続ける。
「奴はこの部屋を任されている。明かりを灯した瞬間、視線が交われば石になる。だから“灯すな”。音を立てるな。息を殺して進め」
/*/
清掃班はこの部屋が嫌いだ。
石化した冒険者は、ただの像になっても人間の体重の数倍――腕一本運ぶだけで骨が軋む。
入口付近に固まった“作品”たちを見て、班員たちはいつも顔をしかめる。
「……また、若いのが三人か。早かったな」
「灯りをつけちまったんだろ。ここは静かだから、つい安心しちまうんだ」
班員の一人が暗闇に向かって声をかける。
「メデューサさん、入りますよー」
闇の奥から、かすかに返事があった。
その声は意外にも柔らかく、穏やかだった。
「どうぞ。こっちはもう見てませんから」
彼女が顔を背けている間に、班員たちは慎重に像を布で覆い、台車に乗せて運び出していく。
石の足音が、鈍く響く。
「……重てぇな。これじゃ“清掃班泣かせの部屋”って呼ばれるわけだ」
「文句言うな。爆発部屋よりはマシだ。死体の処理よりはな」
彼らの会話を、メデューサは静かに聞きながら、暗闇の中でまた目を閉じた。
冒険者たちの足音が遠ざかると、部屋には再び沈黙が満ちる。
そして彼女は、壁際にぽつんと置かれた一つのランタンを見つめた。
――最後にそれを灯した者が、今はもう動かぬ石の群れの中にいる。
それでも、明かりを求める人間は後を絶たない。
だからこの部屋は、今日もまた新しい像を待っているのだった。