オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春18

 

 

/*/エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン ― “呪われた宝玉の間”/*/

 

 

光のない通路を抜けると、そこだけ淡く輝いている部屋があった。

中央には、磨き抜かれた黒曜石の台座――その上に鎮座するのは、握りこぶしほどもある巨大なダイヤモンド。

壁も床も、ひびひとつない白大理石のように整っている。血の跡も、戦闘の痕跡もない。

 

若者が息を呑む。

「……すげぇ、あれ、本物か?」

「どう見ても本物だな。こんなバカでかいの、王国にだってねえぞ」

 

バニアラ班長はため息をついた。

「触るなよ。あれは“拳喰いのダイヤ”だ」

 

老人が眉をひそめた。

「拳喰い?」

「そう呼ばれてるだけだ。掴んだ瞬間、全身に激痛が走る。それでも手を離さなければ……両手が宝石に変わる」

 

若者が乾いた笑いを漏らした。

「……そ、それって死ぬんですか?」

「いや、死なねぇ。ただ、手が戻らなくなる。拳ごと、な」

 

 

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台座の近くには、腕を突き出したまま動かない石像がいくつも立っている。

一見ただの装飾に見えるが――その手は、どれも人間の腕とは思えぬほど透明に光り輝いていた。

ダイヤモンド化した拳だ。

 

「掴み続ければ続けるほど、腕の奥まで宝石化が進む。肘まで行くと神経が切れて動かなくなる」

老人が低く呟く。

「離せば助かるが……その時点で拳はもう戻らん」

 

無口な大男が、興味深げに腕を組んだ。

「……だが、殴るには向く」

「そうだ。あれで殴れば、金属鎧ごと砕ける。だが、火には弱い。燃えたら終わりだ」

 

バニアラが皮肉めいた口調で言う。

「魔導国の訓練設計者は、これを“地味な部屋”と呼んでるらしい。派手さはねぇが、学びにはなる。欲と痛み、どっちを選ぶかの試験だとよ」

 

若者が震えながら見上げる。

「……あれ、価値どれくらいあるんですか?」

「知らん。だが掴んだ奴は皆、同じことを言う。“離せない”ってな」

 

 

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清掃班がこの部屋を通る時、彼らは必ず目を逸らして通り過ぎる。

部屋の隅には、拳だけが残された像がいくつも転がっており、光の加減でまるでそれが笑っているように見えるからだ。

 

「……地味なトラップだが、これが一番性質が悪い」

班員の一人がぼそりと呟く。

「人間、欲を試されると、訓練だってわかってても手を伸ばすんだよ」

 

部屋の中央、ダイヤモンドは今日も何も知らぬ者を待っている。

――輝くその光は、決して希望ではなく、呪いそのものだった。

 

 

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エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン ― “拳喰いのダイヤ” その後

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「……あの時は、掴んじゃいけないって分かってたんだよ」

 

男の声は重く、どこか砕けていた。

元冒険者、リオル。

いま彼は、エ・ランテルの南区で荷運びや工房の手伝いをして生計を立てている。

だが――両の拳は、いまだに透明な輝きを放っていた。

 

“拳喰いのダイヤ”の呪い。

掴んだ者の両手を宝石へと変える、あの訓練ダンジョンの悪名高き罠だ。

彼の両手は見事なまでに結晶化し、光を受けるたび七色の光を放つ。

 

「見てくれは綺麗だろ? でも、触ると冷たいんだ。……自分の拳じゃないみたいでさ」

 

リオルは小さく笑った。

笑いながらも、指先――いや、もはや指という概念のない硬質な塊を見下ろす。

拳は動かない。だが、殴ることだけはできる。

 

実際、その一撃は人間離れしていた。

硬化した拳で石壁を叩けば、粉塵が舞い、鉄杭を砕くほどの威力。

冒険者を辞めた後、街の喧嘩屋に挑んだ愚か者たちはみな、同じように言う。

「ありゃ、人間の拳じゃねぇ……」と。

 

 

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だが、それだけの力にも代償があった。

火に弱い。

暖炉の近くにいると手が軋み、炎にかざすと、ひびが入る。

料理もできない。器用な仕事も無理。

握手も、抱きしめることも、もうできない。

 

「……恋人に触れるのが、怖くなったんだ」

リオルの声は小さく震えていた。

「最初は手袋してた。でも、気づいたらそれすら意味がなくてさ。火のそばで一緒にいると、拳が鳴るんだ。……彼女、泣いちまってな」

 

それ以来、彼は工房で金属を砕く仕事に就いた。

叩き潰すのは得意だから、と笑いながら。

 

 

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ある夜、清掃班のバニアラが酒場で彼に声をかけた。

 

「生きてたか、リオル。あの時は見事な掴みっぷりだったな」

「……あんたらがいなかったら、腕ごと石になってたさ」

「ま、あの部屋は“学びの部屋”って言うらしい。痛みと欲望の勉強だとよ」

 

バニアラは苦笑しながら酒を啜る。

「で、後悔はしてるか?」

「してるさ。でも、掴んだのは俺だ。あれは……確かに、綺麗だったんだ」

 

リオルは拳を掲げた。

ランプの灯りが拳に反射して、天井に虹の筋を描く。

まるでそれは、呪いではなく祝福のようにも見えた。

 

「……ダイヤモンドってのは、砕けねぇ代わりに、柔らかくもなれねぇ。俺も同じだ」

「だからこそ、光るんだろうな」

バニアラがぼそりと呟く。

 

二人はしばらく黙っていた。

外では、夜風に混じって遠くの冒険者ギルドの喧騒が聞こえる。

 

リオルは立ち上がり、言った。

「……今度、鍛冶屋で働くことになった。炉の前は無理だけど、叩く仕事はできる。あんたらが片付けた石像の破片も、再利用してみるつもりだ」

「なるほど、拳がダイヤなら金床にはちょうどいいな」

 

リオルは笑い、拳を軽く合わせた。

カン、と澄んだ音が響く。

それは鉄を叩く音よりも清らかで――まるで、彼がまだ冒険者だった頃の心を打つようだった。

 

 

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その後、リオルは“宝拳の鍛冶師”として知られるようになった。

彼の作る短剣や装飾は光をよく反射し、奇妙な美しさを持っていた。

彼自身は冒険には戻らなかったが、

彼の拳が打つ一撃一撃は、今でも多くの冒険者の装備に刻まれている。

 

――そして夜。

彼の作業場の片隅、黒い台座の上にはひとつの小箱がある。

中には、かつての恋人の髪飾り。

触れることも、壊すこともできぬまま、ダイヤの拳が静かに光を返していた。

 

 

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