オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルサナス都市国家連合・中央会議殿堂 /*/
十二の都市国家から代表が集まる巨大な円卓。その中央には、連合の象徴である多色の旗が垂れ下がっていた。
だが、今日は誰もその旗を見上げようとはしない。
「――鉄の騎士団が、すでに千騎を突破したとの報告だ」
報告を読み上げる老参謀の声は震えていた。
「千……? たった一年で、帝国はそこまで増やしたというのか」
「もはや辺境の駐屯軍を越えている。我々の傭兵団では対抗できん」
ざわめきが広がる。
西ガイツの代表が拳を叩きつけ、獣人の将が牙を剥いた。
「連合の独立を守るために血を流す覚悟はある! だが、奴らの魔導機械と〈鉄の騎士〉の前では、我らの槍など木の枝だ!」
「帝国は“併合”と呼ぶが、実態は支配だ。税制も軍制も全て吸い上げられる」
「商業都市フランクランの輸入品も既に検査を受けている。帝国の官吏が堂々と港を歩いているのだぞ!」
沈黙。
円卓の奥、都市連合代表長がゆっくりと立ち上がった。
「――帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード。彼は我らを戦わずして屈服させようとしている。鉄の騎士団を見せつけ、外交の場では微笑を崩さない」
「ならば、どうする?」
「援軍を求めるか? 魔導国か、聖王国か?」
「無駄だ」
ガルンは重く首を振った。
「どこも帝国の進軍を恐れ、手を出すまい。もし我らが折れねば――次に狙われるのは彼ら自身だ」
空気が凍り付いた。
窓の外では、雪解けの風が遠い帝国の方角から吹き抜ける。
「鉄の騎士団が千騎……あれは、脅しではない」
「これは“戦の前触れ”だ」
誰もが理解していた。
カルサナス連合は、もはやただの小国家の寄せ集めではいられない。
帝国の鉄が迫る前に――一つの「国家」として、立ち上がらねばならなかった。
/*/ バハルス帝国アーウィンタール 金紅の間 /*/
燭台の炎が、金箔を張り巡らせた玉座の間を照らしていた。
ジルクニフ・ルーン・ファーロードは、玉座に深く身を預け、静かに卓上の地図へと目を落とす。
その地図の北東――カルサナス都市国家連合。十二の小国が寄り添うその地帯に、赤い印がいくつも打たれていた。
「……交易と防衛を“協力”する。たったそれだけで、連中は感謝するだろうな」
低く笑う声に、傍らの官僚たちはうつむいたまま息をひそめる。
ジルクニフの手が地図をなぞる。
「彼らは外敵に怯えている。北方の蛮族、草原の騎馬王、そして魔導国。
我が帝国が“盾”を差し出せば、誰が拒める?」
近衛長が進み出て問いかける。
「陛下、鉄の騎士団を派遣なさるおつもりで?」
「派遣ではない。〈常駐〉だ」
ジルクニフの金の瞳が冷たく光る。
「都市連合の防衛拠点――という名目で、鉄の騎士を置く。
物資の供給は帝国の商会が担い、税関を共同管理。交易の通貨は帝国金貨に統一する」
「経済と軍備、双方から囲い込む……なるほど」
官僚の一人が小声で呟く。
「やがては連合の議会で、帝国代表が発言権を持つことになりましょう」
「ゆるやかに、だ」
ジルクニフは椅子から立ち上がり、窓越しに夕焼けの王都を見下ろす。
「急げば抵抗を生む。だが、交易と安全の味を覚えれば、誰も帝国を手放せなくなる。
“征服”ではなく、“依存”で縛る。これこそ真の統治だ」
背後で将軍が膝をついた。
「すでにカルサナス北部では、帝国貨幣が流通し始めております。
商人たちは“帝国の秩序”を歓迎している様子」
ジルクニフは満足げに頷いた。
「良い。では、次は放送だ――魔導国が流しているあの“声”を、我らの言葉で上書きする。
情報こそ、最も安価で強力な軍隊だ」
窓の外で、帝都の通信塔が夜空に光を放つ。
それは、鉄の騎士団の行進と同じく、支配のための“静かな侵攻”の始まりだった。
/*/ カルサナス都市国家連合 議会堂 “十二の座” /*/
高天井の議場に、怒号とざわめきが渦巻いていた。
円卓の周囲に並ぶ十二の椅子には、それぞれ異なる紋章を掲げた代表たちが座っている。
人間の都市、獣人の集落、ドワーフの鍛冶都市、エルフの森都――
その多様さこそが連合の誇りであり、同時に最大の弱点でもあった。
「帝国の提案を受け入れる? 馬鹿な!」
石造りの壁が怒号で震える。
怒鳴ったのはドワーフ都市《東ガイツ》の代表、鍛冶王ブラム。
「鉄の騎士団を常駐させるなど、実質的な占領だ! 我らの自由を捨てるに等しい!」
対するのは商都《フランクラン》の女性代表、オルディア。
涼しい目元に微笑を浮かべ、指先で議会資料を軽く叩く。
「ですが、ブラム殿。あなたの街の防壁は三十年もの間、補修されていないとか。
帝国の援助で改修できるなら、それもまた“協力”でしょう?」
「援助だと? 帝国の金は鎖だ!」
ブラムの拳が卓を叩く。
「ジルクニフのやり口は知っておる。金と兵で縛り、最終的には議決権を奪うつもりだ!」
「だが、魔導国の脅威は現実ですぞ」
年老いた人間の代表が静かに言う。
「帝国と協力すれば、いざという時の防衛線を築ける。
いくら誇りを掲げても、焼き払われた後では意味がない」
「それでも!」
「いいや、帝国の庇護下に入るべきだ!」
議場は再び混乱に包まれる。
その時――天井近くの水晶が淡く光り、〈伝言〉による中継が映し出された。
帝国大使館からの通信だ。
『カルサナスの諸君。帝国は君たちの自立を尊重する。
我らは“友として”協力を申し出ているに過ぎない――』
柔らかな声が会場を包む。
ジルクニフ直属の外務官、アリオス・ヴェルダー。その弁舌は毒蜜のように甘い。
『もし望むなら、鉄の騎士団の駐屯地建設は、君たちの監督下で進めても構わない。
交易税の分配も半分ずつ。だが……それを拒めば、帝国は他の都市との連携を強化するだけだ。
我々には、選ばれた者とだけ未来を築く用意がある――』
通信が途絶える。
沈黙。
だが、その沈黙の裏で、いくつかの都市代表が目を合わせた。
利を計算する者。恐怖に飲まれる者。誇りを守ろうとする者。
議長の老人が、深く息をつく。
「……帝国は、すでに我々を分断しに来ている」
そして、議場の扉が重く閉まる音が響いた。
外では、帝国製の〈通信塔〉が既に建設を始めているという噂が、風のように広がっていた。