オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン ― “鏡虎の間(きょうこのま)”/*/
黒光りする石の床に、複数の鏡と石像が整然と並んでいる。
静まり返った空気は、まるで墓所のようだった。
「……気味悪いな」
若い冒険者――斥候役のレインが呟いた。
「石像の並び、さっきの石化部屋と似てる。視線系の罠だろう」
「だったら鏡に気をつけろ。反射で石化とか面倒だ」
戦士のゴルドが盾を上げながら慎重に前進する。
老人の神官ロートが祈りの杖を掲げた。
「光を抑えろ。敵がいるとすれば“目”だ」
彼の声は震えていた。
無口な大男、バルクは黙って背中を預け、ただ鏡の列を睨む。
鏡は十数枚――どれも冒険者たちを映している。
だが、どこかおかしい。
「……おい。俺、今……笑ってたか?」
レインの声に全員が振り返った。
鏡の中のレインが、薄く口角を上げていた。
「っ――」
止める間もなく、彼はその鏡を覗き込んだ。
瞬間、白い閃光。
肉が裂ける音。骨の軋む音。
叫び声が吠え声に変わる。
「ガアァァァッ!」
レインの体がみるみる膨張し、金色の毛に覆われた。
鋭い爪、牙。――虎だった。
「なんだと!? 魔獣召喚か!?」
ゴルドが剣を構える。だが、その視線もまた鏡に吸い込まれていく。
バキン! またひび割れ、もう一人。
ロートが叫ぶ間もなく、バルクも拳を握って前に出てしまった。
――そして、数秒後。
部屋の中央には、四頭の虎が残された。
それぞれ、肩当てや腰袋を身に着けている。
「ガァ……しゃ、しゃべれ……るか?」
「……ガルル、喋……れん、だが……声が……!」
「お、おい! どうやって戻るんだ!?」
「……本物の……トラの血……だそうだ」
沈黙。
全員が互いを見た。
「……まさかお互いに、ってことじゃねぇだろうな」
「や、やめろよそんなこと言うな!」
「うわぁぁ、誰だよ先に見たの!」
ガオオォォォォン!!
四頭の虎が言い争うように咆哮を上げる。
その声は人間の言葉の断片を交え、混乱と絶望に満ちていた。
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――数刻後。
清掃班の二人が、部屋の前で立ち止まった。
「……なぁ、吠え声、聞こえたよな」
「たぶん“トラの鏡”にやられたな。行くぞ」
二人は顔を覆い、鏡に目を向けぬようにして入室する。
中には、冒険者装備を着けた四頭の虎が、ぐったりと床に転がっていた。
「はーい、君たちー。落ち着け。今、運んでやるからなー」
清掃班の班長がゆっくりと声を掛ける。
「グルル……しゃ、しゃべれるが……戻れねぇ……」
「知ってるよ。“トラの鏡”は毎週、誰か引っかかる。今週も四匹か」
もう一人の清掃員がため息をつきながら記録板に書き込む。
「“人虎化四名。意識あり、理性あり。治療不能。搬送先:獣舎裏”。っと」
「……おいおい、獣舎裏って、俺たちどうなるんだよ!」
「大丈夫大丈夫、世話してくれる虎人の婆さんがいる。血の儀式のやり方も心得てる」
「血の儀式ってそれ、まさか――」
「はいはい、吠えるな吠えるな。慣れりゃ楽だ」
班長は片手を振りながら、魔法陣を展開。
浮遊板に虎たちを次々と乗せていく。
「まったく……“鏡虎の間”は清掃班泣かせの一つだな。明日にはまた新しいパーティが覗き込むぜ」
「そうだな。人はどうしても、鏡に映る自分を確かめたくなる」
廊下の奥へと運ばれていく虎たちの背中は、どこかしら哀愁を帯びていた。
その足跡を見送る鏡の中では、誰かが――いや、四頭の“元の自分たち”が、いまだ笑っていた。