オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第九階層・モモンガの執務室 朝の報告書読み会 /*/
静寂と整然が支配する執務室。
壁際の時計が、からん、と音を鳴らす。
それを合図に、ジョンとぐりもあが入室した。
モモンガは既に椅子に座り、黒い手で報告書の束をめくっている。
「おはようございます。今日の報告は……ふむ、また帝国関連が多いですね」
ジョンが差し出す新しい報告書を受け取り、
モモンガはその表紙を読んで、骨の指で机を軽く叩いた。
「“鉄の騎士”の追加発注が来てますね。今回は百体単位ではなく、千体分だとか」
ぐりもあが目を丸くする。
「えぇ、ちょっと桁が違いますよね。材料と魔力炉、どこから捻り出すつもりなんだろ……」
ジョンは淡々と報告を続ける。
「帝国はリ・エスティーゼ王国に手出しできなくなった。
そこで、カルサナス都市国家連合への影響工作に切り替えたようですよ。
鉄の騎士団を“防衛協力”の名目で常駐させて、経済と軍事の二重支配を狙ってる」
モモンガはカップを持ち上げ、紅茶を一口。
その動作は静かだが、思考の熱は滲み出ていた。
「なるほど。リ・エスティーゼの次はカルサナスか。
あの辺りは交易も活発だから、経済的に押さえるには悪くない選択ですね。
……それにしても、一年で鉄の騎士千騎か。あの男、頑張りすぎじゃないか?」
ジョンが苦笑しながらコーヒーを啜る。
「帝国の予算、真っ赤ですよ。しかも同時に“風脈ガレオン船”の注文も出してきてます。
あの浮遊船を複数運用するつもりなら、軍事費はさらに跳ね上がる」
ぐりもあが、卓上の小型ゴーレムに記録を取らせながら首を傾げる。
「つまり……貿易赤字で首が回らなくなるのは時間の問題と」
「その前に、どこかから借金するだろうな」
ジョンは指先で資料を弾いた。
「たとえば――魔導国の商会とか」
モモンガがカップを置く。
静かな音が、妙に重く響いた。
「……なるほど。つまり、放っておいても自分で首を絞めると」
ぐりもあがくすりと笑う。
「じゃあ、こちらは新しい放送局の整備と、カルサナスへの“文化支援”を進めておきますね。
帝国のラジオがあの辺で混信するように調整しておきます」
「ほどほどにしておけ」
モモンガの言葉には呆れと苦笑が混じる。
「ラジオ電波で戦争を起こされたら、帝国もたまったものではない」
ジョンが肩をすくめる。
「いやぁ、“言葉の戦争”はもう始まってますよ、モモンガさん」
珈琲と紅茶の香りがゆっくりと混じり合う。
報告書の束がめくられる音だけが、静かな朝の執務室に響いていた。
/*/ カルサナス北部国境地帯 帝国軍合同演習場 /*/
夜明けの陽光が、山影から滲み出る。
大地に響くのは、低く唸る魔力炉の鼓動。
鉄の巨人たちが整列していた。
一騎の全高はおよそ四メートル。
鋼鉄の装甲板の継ぎ目から、赤い魔力線が脈打つように光り、胸部には帝国の黒鷲章。
それは"歩く城壁"と呼ばれる、帝国最新鋭の魔導兵装――〈鉄の騎士〉。
搭乗口のハッチが開くたび、操縦者たちの息が白く漏れた。
鎧の上に特殊な神経接続装置〈導念環〉を装着し、胸の水晶盤に手を置く。
一瞬、魔力が脊髄を焼くように流れ込み――
彼らの意識が、巨大な鋼の身体と同期した。
「ユニット1から10まで接続確認。魔力炉、安定稼働!」
「外部伝令符通信、良好。伝達遅延、0.2秒!」
砂漠の空気を裂いて、各機が立ち上がる。
重金属の脚が大地を踏みしめ、土煙が舞い上がった。
整然と動くその光景は、兵器というより"軍神の行進"だった。
展望台で見下ろすジルクニフ・ルーン・ファーロードは、満足げに腕を組む。
「……見事だ。人が神の領域に届こうとしている姿だな」
隣で参謀が報告する。
「陛下、これで実戦配備済みの〈鉄の騎士〉は合計千機。
運用班は帝都とカルサナス北部に分散しております」
「一年でよくここまで仕上げた。
――純帝国産の鉄の騎士はまだ少ないが何れ国産の割合を増やす」
ジルクニフの声にはわずかな皮肉が混じる。
下では、演習が始まっていた。
操縦者の指令に合わせて、鉄の騎士たちが一斉に長槍を構える。
魔導推進機構が唸りを上げ、数トンの槍が音速を越えて突き出される。
「……まるで巨人同士の戦いだ」
視察に来ていたカルサナス代表の一人が呟いた。
彼の声には、畏怖と同時に、どうしようもない羨望が滲んでいた。
通信塔の頂に設置された中継宝珠が光る。
各機の視界、音声、指令がリアルタイムで伝送され、帝都司令部へと送られていく。
〈伝言〉魔法を応用した魔導通信――
魔導国の技術を帝国流に改良した、ジルクニフ肝煎りの情報システムだ。
『こちら帝都司令局。すべての機体、魔力同調率良好。連携精度、九十八%――』
報告が響いた瞬間、鉄の騎士たちが一斉に剣を掲げた。
陽光を受けて鋼の刃が閃光を放つ。
「陛下……これでは、連合の都市などひとたまりもありませんな」
参謀が低く言う。
「恐怖を抱かせろ。
だが同時に、"帝国が守ってくれる"と信じさせろ」
ジルクニフの瞳が鋭く光る。
「支配とは剣で勝ち取るものではない。――安心で縛るものだ」
彼の視線の先では、鉄の騎士たちが動きを止め、整列していた。
千の鋼の巨体が、まるで一つの意志を持つかのように静止している。
風が吹き抜け、帝国旗がはためく。
それは――
新しい時代の戦争、〈魔導機甲時代〉の幕開けだった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・モモンガの執務室 /*/
書類の山。魔導端末の光。
そして、朝の恒例――「報告書読み会」が始まっていた。
モモンガは片手に温かい紅茶、もう片手で報告書をめくる。
「……ふむ。帝国の〈鉄の騎士〉、ついに千騎到達か。
それに“導念環”制御による遠隔操作。なかなか興味深い技術だな」
ジョンが肩を竦めながらコーヒーを啜る。
「まぁ、あいつら根性入ってるよ。
一年で千騎揃えるとか、国家総力戦レベルだぞ。
帝国の財政、もう煙吹いてんじゃねぇか?」
ぐりもあがくすりと笑う。
「風脈ガレオン船の追加注文も来てますし、貿易赤字はもう真っ赤っかですね。
でもまぁ、鉄の騎士の行進――壮観でしたよ。
通信塔の魔導宝珠が光って、各機が同時に剣掲げるとか、まるでパレードでした」
「……ジルクニフは支配の仕方をわかってきたな」
モモンガが静かに呟く。
「恐怖ではなく“安心”で支配する――その発想は、もはや古典的帝国主義ではない」
「なんか皇帝、帝国主義とは思えないこと言ってましたよ」
ぐりもあが呆れ半分に言う。
「“支配とは剣で勝ち取るものではない、安心で縛るものだ”って」
ジョンが苦笑する。
「歴史の授業にモモンガさんと俺が出張って講義した結果だな。
国家というものの“本当の怖さ”を理解したってわけだ」
モモンガは紅茶を一口飲んで、深く頷いた。
「……なら、次は“安定”をどう維持するか、だな。
技術の独占と、情報の制御。ラジオと鉄の騎士、中継塔。
――全部、支配のための道具になる」
ぐりもあが小首を傾げる。
「つまり……魔導国式の“やり方”が浸透してるってことですね?」
「まぁ、あれだ」
ジョンがカップを置いて立ち上がる。
「帝国が“安心”で縛るなら、こっちは“幸福”で縛る。
どっちが先に飽和するか、競争ってわけだ」
「……恐ろしい世界になりそうですねぇ」
ぐりもあが肩を竦めながら報告書をまとめる。
魔導照明の光の下、三人の笑い声が静かに響いた。
――その頃、帝国北部では。
通信塔の頂で中継宝珠が脈動し、〈鉄の騎士〉千騎の魔力通信が帝都へと流れ続けていた。
新しい戦争の形。
そして、魔導と支配の時代の胎動が、静かに始まりつつあった。