オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 魔導国・ウルフ竜騎兵団 上空訓練空域 /*/
夕陽が、群青の空を朱に染めていた。
雲を切り裂いて編隊を組むドラゴンたちの咆哮が、遠く地平へと響く。
その下で、見上げながらクレマンティーヌが腕を組み、ニヤリと笑った。
「神獣様ぁ。そういえばさ――ウルフ竜騎兵団の“航空隊”って、あれ、ドラゴンやワイバーンライダーばっかりに見えるけど……途中に“通信兵”ってのも混じってるじゃない? あの子たちもドラゴンライダー扱いなの?」
ジョンは肩越しに空を眺めながら、工具を拭った布を丸めて笑った。
「ああ、あいつらか。――違う違う。あれは“乗ってる”だけで、“騎乗してる”わけじゃないんだ」
「ふぅん?」
「ドラゴンが背を許すほどの強者って、実際ほとんどいねぇんだよ。あいつらは“ドラゴンが通信機を使うための装備品”として乗せられてる。主従関係で言えば、主がドラゴンで、通信兵が従だ」
クレマンティーヌは目を細めて、飛行する編隊を追った。
翼の付け根に光る符文板――通信陣が空中で微かに閃いている。
「つまり、ドラゴンが“通話する”ための人間補助、ってこと?」
ジョンは頷く。
「そうだ。ドラゴンが魔導通信機を直接操作するのは苦手だからな。手が太すぎる。だから代わりに人間を“指”として使ってるわけさ。あくまでドラゴンの意志を伝えるための代行者」
「なるほどねぇ。……主がドラゴン、従が人間。まるで立場が逆転したドラゴンライダーね」
「そう。だから“ドラゴンライダー”じゃない。“ドラゴン+通信兵ユニット”だ。誤解するなよ。主従の主は明確にドラゴン側だ」
クレマンティーヌはくすりと笑って、空に視線を戻した。
「ふふ、ドラゴンのほうが主ってのは、なんか可愛いわね。……ああいう関係、嫌いじゃない」
ジョンは苦笑しながら、腕を組んで雲の向こうを見つめた。
「まぁ、互いの得意を合わせりゃ強くなる。それがウルフ竜騎兵団のやり方だよ」
風が吹き抜け、彼らの頭上をドラゴンの影がゆっくりと横切った。
竜の背に小さな人影――その姿はまるで、神話の断片のようだった。
/*/ 魔導国・カルネ=ダーシュ村 訓練丘陵地帯 /*/
陽光が傾き、丘の草が赤く染まる。遠くの空には、ウルフ竜騎兵団の影が点となって舞っていた。
ジョンはそれを見上げながら、横にいたクレマンティーヌへ軽く視線を向ける。
「……挑戦してみるか? クレマンティーヌ、ドラゴンライダー」
クレマンティーヌはくすりと笑い、腰に手を当てた。
「私はいいよぉ。あんなのに乗ったら、自慢の脚が活かせなくなるじゃない」
ジョンは納得したように鼻を鳴らす。
「まぁ、そうだな。あの脚力で地上から狙われたら、ドラゴンもビビるわ」
「でしょ? 地を蹴ってる方が性に合ってるのよ」
軽口を返しながらも、彼女はふと真顔になる。
「……それより聞いてよ、神獣様。最近、ネムちゃんに追いつけなくてさー」
ジョンは一瞬目を瞬かせ、口の端を上げた。
「短距離なら余裕で捕まえられるだろ?」
「短距離ならね」
クレマンティーヌは大きくため息をつき、両手を上に伸ばした。
「でもあの子、気づいたら何時間も走ってるのよ。朝から村の外をぐるーっと一周して、まだ息も乱れてないの。私、もう途中で足が攣りそうだったんだから!」
ジョンは笑いながら首をかしげる。
「気功の使い方を覚え始めてるからな。呼吸と脚のリズムを合わせて“持久”に変換してるんだ。あいつ、才能の塊だよ」
「まったく、村の子どもってレベルじゃないわねぇ……」
クレマンティーヌは頭をかきながら、どこか楽しげに空を見上げた。
「次に競走したら、ちゃんと勝たせてもらうわよ。負けっぱなしは性に合わないから」
ジョンはにやりと笑い、夕陽の中で肩をすくめた。
「その意気だ。ネムも、お前も――育つのを見るのが楽しみだな」
/*/ 魔導国・カルネ=ダーシュ村 訓練丘陵地帯 /*/
丘に影が三つ。
夕陽の下、ジョンとクレマンティーヌの前へ、息を弾ませた男が姿を現した。
「……いたか。探したぞ、二人とも」
ブレイン・アングラウス。
いつもの冷静な剣士の顔だが、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「おやおや、ブレインじゃないの。どうしたの? 迷子?」
クレマンティーヌが片眉を上げて、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「誰が迷子だ……! 訓練の報告を神獣様に届けに来ただけだ」
ブレインは視線を逸らし、やや不自然に頭を掻く。
クレマンティーヌはすかさず詰め寄った。
「ふぅん……ねぇブレイン。あんた、私からいっつも眼を逸らすよねぇ?」
ブレインの肩がわずかに強張る。
「し、仕方ないだろ。シャルティア様の命令とは言え……あんなことを……」
「ふぅん」
その声色は、明らかに面白がっている。
クレマンティーヌは猫のような笑みを浮かべ、彼の間合いに一歩、二歩と入り込む。
「ねぇブレイン。女慣れしてないねぇ。あんなことやった後なら、“お前は俺のモノ”って旦那気取りしてもおかしくないってのにさぁ」
「なっ――!」
ブレインは顔を真っ赤にして後ずさるが、クレマンティーヌの方が速い。
ぴたりと胸元まで詰め寄り、囁くように甘く言葉を垂らした。
「だ・ん・な・さ・ま」
「くッ……か、揶揄うな!」
ブレインは顔をそむけ、耳まで真っ赤に染め上げた。
クレマンティーヌは、そんな彼の反応を存分に味わうように、けらけらと笑い出す。
「揶揄い甲斐があるのが悪いのさぁ。ほんっと、純情だねぇ」
「……っく、まったく……貴様という女は……」
ジョンが思わず吹き出す。
「はははっ、やめてやれ、クレマンティーヌ。ブレインは真面目が服着て歩いてるようなもんだ」
「だから面白いんじゃないの~?」
クレマンティーヌは舌を出し、肩をすくめる。
「ねぇ神獣様、あたしが本気出したらこの人、五分も耐えられないと思うけど?」
ジョンは苦笑しつつ両手を上げた。
「……俺は止めないが、村の地面が割れたらお前が直せよ」
「えぇ~? つれないなぁ」
その軽口に、ブレインもようやく肩の力を抜き、わずかに笑みを浮かべた。
「まったく……訓練より疲れる女だ」
「褒め言葉として受け取っとくわ」
夕陽の丘。
笑い声が重なり、風がそれを遠くまで運んでいった。
――その先では、ネムがまだ、風と並走するように丘を駆け抜けていた。