オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 帝国西部平原・合同軍事演習場 /*/
朝靄の中、風が砂塵を運び、遥か彼方に鉄の影が並んでいた。
金属の巨体が三百――。
魔力炉の鼓動が低く唸り、大地を揺らしている。
〈鉄の騎士〉。
バハルス帝国の誇る魔導兵装、三百騎が横隊を成し、
背後には帝国第七軍団、一万の兵が陣を敷く。
鎧と旗の海が陽光を反射し、帝国の威信そのものを形にした光景だった。
展望台では、帝国皇帝ジルクニフと魔導国の来賓――モモンガ、ジョン、ぐりもあが並んで立っていた。
各国からは観戦武官が招かれている。
リ・エスティーゼ王国、ローブル聖王国、竜王国の代表たち。
彼らの眼前で、二つの超大国が「模擬戦」という名の覇を競おうとしていた。
「……陛下。開始の刻、間もなくです」
参謀が告げる。
ジルクニフは頷き、金の髪を風に揺らした。
「よかろう。魔導国に、"人の国の牙"を見せてやれ」
――その瞬間、空が裂けた。
黒雲を割って降下するのは、漆黒の竜骨に覆われた亡者の軍勢。
骨の竜、その背に跨るデスナイト三千。
冥府の軍旗を掲げ、地上を見下ろす彼らは、まるで"死の大陸"そのものだった。
「なんだ……あれは……!」
竜王国の武官が声を失う。
「竜が……死してなお飛んでいる!?」
さらに地平線の彼方――。
蒼銀の閃光が疾駆した。
ウルフ竜騎兵団。
人狼族の戦士たちが竜狼に跨り、魔導推進器を背負って空を駆ける。
彼らの編隊は、竜とデスナイトの間を滑るように走り、
雷鳴と共に地上に魔力弾を叩き込んだ。
〈鉄の騎士〉部隊が迎撃態勢を取る。
魔導槍を構え、展開陣形を変化させる。
その動きは軍神の如く精密――だが。
「全機、警戒! 魔力探知、上空反応多数――ッ!」
報告の直後、
上空から降り注ぐのは――燃え盛る冥炎。
デスナイト騎乗竜の咆哮に合わせて、三千の炎柱が帝国軍陣地を囲む。
「――演習用の結界が焼けてる!?」
「威力調整してないだろあれ!?」
観戦席では、王国の武官たちが蒼白になった。
だがモモンガは無言。
ジョンはコーヒーを片手に笑う。
「うちの部下、手加減の意味わかってねぇな」
「帝国の鉄騎も、よく持ってる方ですよ」
ぐりもあが補足するように笑う。
「でもね、問題は――空の支配を誰が取ってるか、ですよ」
上空を制する竜と狼たち。
下を支えるは、死の騎兵。
その圧倒的な立体連携に、帝国軍はただ防御に徹するしかなかった。
演習終了の号令が響く頃には、
平原は黒煙と霧に覆われ、鉄の騎士の半数が稼働不能。
帝国第七軍団の旗は半ば灰に埋もれていた。
――静寂。
やがて風が吹き抜ける。
ジルクニフが、かすかに苦笑を浮かべた。
「……見事だ。これが"死をも統率する軍"か」
モモンガはゆっくりと首を傾ける。
「帝国の〈鉄の騎士〉も、立派でしたよ。
けれど――"数"ではなく、"位階"の差、というべきでしょうか」
観戦武官たちは、何も言えなかった。
竜王国の将校は握った拳を震わせ、
ローブルの聖騎士は祈りを忘れ、
王国の軍使は唇を噛み締めていた。
「……どう足掻いても、我らには届かぬ」
誰かが、そう呟いた。
それは敗北の言葉ではない。
"理解"だった。
――この世界の覇権は、すでに決まっている。
夕陽が血のように平原を染め、
デスナイトたちの眼窩が一斉に紅く光った。
それは、文明と死の境界を越えた軍勢――
真なる覇者、魔導国の威光の象徴だった。
/*/ 帝都・参謀本部・作戦会議室 /*/
演習の灰がまだ衣につき、参謀部の大テーブルには作戦地図と焼け焦げた装甲片が並べられていた。
ジルクニフは窓の外の遠景を眺めながら、冷静に席へ戻る。参謀たちの顔には疲労と焦燥が色濃い。
「戦訓をまとめよう。」
参謀長が切り出すと、各班の報告官が次々に意見を述べ始めた。
「陛下、まず単純な結論から言えば――塹壕を掘り、魔銃で射撃戦に徹するのが合理的です。地上戦力のロスを最小化できます。」
若い戦術分析官の声は速かった。彼は図面に指を走らせ、射線と被弾域を示した。
だが、次席の軍技術官が眉を寄せて反論する。
「しかし――骨の竜は冥炎の結界と骨質の魔防を持ちます。実弾は弾かれるか、炎で蒸発する。魔銃が通用しない事例が確認されました。」
別の老練な将軍が低く唸る。
「では我々がやることは一つ。〈鉄の騎士〉を同数揃え、機甲対機甲で対抗する――だが、それには国家資源を超える投資が要る。千機を三千機に増やすのか? 現実的か?」
参謀席がざわつく。数字がテーブルの上で重く響いた。
「単位当たりの戦力差が大きすぎるんだ。」
第七軍団の総司令が静かに言った。彼の言葉は会議室を突き抜ける。
「魔導国のユニットは“位階”を持つ。死霊竜騎兵や高次の魔導師を含む編成は、一ユニットで我々の数ユニットに匹敵する。物量だけでは埋まらん。」
室内には短い沈黙が流れ、次第に頷きが広がる。
「つまり――」と、参謀長が結論を促す。
「戦わないことが最も合理的、ということか?」
誰もが顔を背けずに頷いた。政治的圧力や威信を守るために“戦う”という選択はある。だが実戦で生徒をふるい落とされた今、代償は大きすぎる。
ジルクニフは重くカップを置き、穏やかな声で言った。
「戦わずして得る『安心』――それが我々の望む姿だ。だが、安易な屈服は帝国の長期的利益を損なう。ではどうするか、代替案を出せ。」
提案は相次いだ――情報戦の強化、対空用の専用魔砲開発、竜対策の結界部隊、魔導技術の逆解析、外交による分断主義の徹底。
だが、そのいずれも時間と資源を要する。
老参謀が短く呟く。
「最初の一手は、戦わないことである。次に、戦える環境を作る。――今は守る術を学ぶ時だ。」
会議室の大時計が重く時を刻む。外の風は冷たく、帝国の旗は静かに揺れていた。
参謀たちの表情は引き締まり、しかしどこか虚ろだった。勝利の図式が簡単に回復することはない。戦訓は、残酷に現実を突きつけていた。