オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

332 / 397
竜王国の憂鬱

 

 

/*/ 竜王国ドラウディロン王宮・玉座の間 薄暮 /*/

 

 

歌うような風鈴が、窓外の聖樹の葉を撫でる。宝石細工の玉座に腰掛けるドラウディロン女王は、淡い翡翠色の瞳で遠くの地図を眺めていた。

宰相は女王の側に立ち、報告書をぎゅっと握り締めている。部屋の空気には、緊張と安堵が混じっていた。

 

「属国か、なるか属国。」

女王の声はまるで遊女の囁きのように軽かった。だが、その言葉の重さは誰よりも深く響いた。

 

「陛下!?」

宰相が声を上げる。その顔には咄嗟の驚きと、かすかな怒気が走る。だが女王は穏やかに首を振るだけだった。

 

「ほれ、聞け。辺境の復興をせよ、開拓村の準備をせよ――魔導国が既に手を付けておる。

 帝国が誇る〈鉄の騎士〉を買う余力が我らにあるかと問われれば、答えは否。国庫は浅く、民は戦で疲弊している」

 

玉座に差し出された書類を、女王は軽く指先で弄る。金文字の印章が、夕陽に瞬いた。

 

「属国になれば、兵糧も復興資材も、技術支援も来る。

 それで領地と民が守られるなら、安いものではないか。国の存続を買うと考えれば、むしろ安価だ」

 

宰相の目が揺れた。彼の胸中には忠誠心と現実的な恐れが交錯する。

「しかし、陛下。属国とは主権を手放す事に等しい。魔導国の干渉、徴税、駐屯――」

 

女王は床に視線を落とし、微笑むように小さく笑った。だがその笑みは、慈母のそれでも、征服者のそれでもなかった。どこか覚悟に満ちている。

 

「――アインズ・ウール・ゴウン魔導国、彼らの助力で国を再建するのも一法だ。だが、もし“改めて始原の魔法を寄越せ”と向こうが言うならな……」

 

女王はその言葉を濁し、ゆっくりと下腹部に手を当てた。宰相の顔色は一瞬で変わる。王宮内の空気が静まり返る。

 

「私の子を残していくので、後は頼むぞ」

 

その一言は、刃物よりも深く、甘く、重かった。宰相は言葉を失い、周囲の廷臣たちは同時に息を飲む。

女王の瞳は静かに光り、そして遠くの夜空を見据えた。彼女の決断は、ただ国の存続を考えたものではなかった。血脈も、政治も、未来の担い手を一つに織り込むための選択……。

 

「陛下……」宰相がようやく絞り出す。声は震えていたが、そこに従者としての決意が滲んでいる。

「お主らの望むところ、我は為すのみ。何があろうと、ドラウディロンの名の下に守り抜こうぞ」

 

女王は微笑を返し、軽く頷いた。玉座の間には、ただ風鈴の音と、重い未来への静かな覚悟だけが残った。外では戦雲が動き、世界は再び均衡を探している――だが今、ドラウディロンの運命は一人の女王の掌の中で静かに定められた。

 

 

/*/ 竜王国・王宮・玉座前庭 /*/

 

 

セラブレイドは鋼の鎧を着たまま、玉座前で膝をついた。

「御身を差し出すなど……」

 

ドラウディロン女王は薄く微笑む。緑の瞳が陽光を受けて煌めいた。

「妹のアウレリアのおかげで、ビーストマンの危機は去ったのじゃ。

 セラブレイドよ。今はお主の武よりも、復興のための金が必要なのじゃ。

 お主に捧げた純潔がこのように役に立つとは、思いもしなかったぞ」

 

セラブレイドの胸に光る意志が揺れる。

「おお、愛しき女王よ!

 御身を守るのに武でなく金が必要と言うならば、このセラブレイド、武を捨て、金を稼ぎましょう!」

 

女王はゆっくりと頷いた。

「うむ、それでよい。竜王国の復興と民の安寧を最優先せよ。

 血よりも財が今は力となるのじゃ」

 

その日から、セラブレイドは新たな使命を帯びた。

ジョンに頭を下げ、竜王国の特産品を広く流通させることを約束する。

 

風脈ガレオン船が港に停泊する。

セラブレイドは船団を指揮し、航路を竜王国からカルサナス都市国家連合、バハルス帝国、さらには法国まで広げた。

ワイン、肉加工品、農産物――各地の市場に試作品を運び、評価を受ける。

 

「女王陛下、竜王国の産物は世界に通用する!」

セラブレイドは胸を張り、笑みを浮かべる。

武で守るよりも、財で国を守る――その信念が、今は大使としての行脚を支えていた。

 

各地の商人や領主、王侯との会談で、セラブレイドは竜王国の名誉を背負う。

「この航路が整えば、復興資金も安定し、国の独立も守れる。

 剣の力ではなく、流通の力で!」

 

日々の交渉の中で、セラブレイドの名は次第に知れ渡った。

武勲の騎士から、財と外交の守護者へ――竜王国の新しい象徴となる道が、静かに開かれていった。

 

――玉座の間では、女王が庭の風に揺れる旗を見上げ、微笑んでいた。

「セラブレイドよ。御主の血と汗は、この国の未来に生き続けるであろう」

 

 

/*/ 竜王国・風脈ガレオン船甲板 夕刻の潮風が塩を含んで肌を刺す /*/

 

 

セラブレイドは甲板の欄干に肘をつき、地平線に沈む夕陽を睨みつけるように見た。胸元にはまだ騎士の古傷が光る。ジョンは彼の隣で、書類の束と帳簿を抱えて立っていた。空にはガレオン船の帆が風脈を孕んで膨らんでいる。

 

「父となるのだ。」

セラブレイドの声は低く、震えていたが決意に満ちている。

「これまでの自分を捨ててでも、子に母を守れなかったなどと言えようか!」

 

ジョンは一瞬コーヒーを吹きそうになり、慌てて口元を押さえる。

「え? 俺たちそんな悪逆非道に見られてたの?」

 

セラブレイドはジョンの顔をまっすぐに見据えた。黒い瞳に炎のような光が宿る。

「なら、風脈ガレオン船の負債をちゃらにしろ。」

 

ジョンは帳簿をぎゅっと握りしめ、即座に首を振る。

「それはダメだ。信頼と決済は国際流通の基礎だ。ちゃらにしたら交易網が崩壊する。竜王国だけでなく、相手先の商会や投資家が待ったをかけるぞ。」

 

セラブレイドの拳が白くなる。だがその眼差しは短気な暴力ではなく、父性の炎だった。

「女王陛下は国を託すと言った。だが我が血を残すというのなら、竜王国の再建を私に任せよ。その対価として、負債を免じてくれぬか。剣を捨てたのだ。金を稼ぐのだ。だが始めの一歩をどうしても奪いにくいのだ。」

 

ジョンは欄干に寄りかかり、風を吸い込んでから穏やかに言った。

「分かる、セラブレイド。だが“帳消し”は無理でも、代替案なら出せる。支払い猶予、利子の軽減、あるいは帝国向け独占供給権の斡旋。君が航路を広げて確実に利益を出せる見込みを俺が保証する――その代わり、運営の一部をウチで共同管理させてくれ。」

 

セラブレイドは一瞬黙り込み、静かに息を吐いた。夕陽が彼の輪郭を金に染める。

「共同管理だと……。ふむ。武を捨てて金を得よと言われた私にとって、それは侮辱ではない。だが私は女王の子を守る。だが、それで国が傾いては本末転倒だ。」

 

ジョンはにやりと笑った。

「よし、それで話を進めよう。まずは試験航路の貨物を優先的に買い取る契約を結ぶ。次に、貨物保険を肩代わりして、損失リスクを下げる。運営が軌道に乗れば、君の利益で借金は自然に消える。しかも、竜王国の独立性を損なわない形でな。」

 

セラブレイドはジョンの手を取り、短く頭を下げた。

「ジョン・カルバイン。お主の商才、侮り難し。ならば我は進もう。女王の子を、そして国を守るために。」

 

甲板に漂う潮の匂いが、少しだけ希望の香りに変わった。帆は再び風を孕み、ガレオン船はゆっくりと港を離れていく。背後の王宮では、ドラウディロン女王が窓から小さく手を振っていた――その掌の中には、未来への重い祈りが込められている。

 

――航路は長く、商談は戦である。だが今、剣の代わりに一人の騎士が財布を携えて海へと進む。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。