オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春21

 

 

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エ・ランテル冒険者ギルド訓練ダンジョン ― “無料休憩所(仮称)”

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「――無料休憩所」

 

それは、あまりにも優しい響きを持つ言葉だった。

岩の通路を抜けた先に現れるその看板は、冒険者たちにとってまさに“天の救い”のように見える。

 

長い戦闘、罠、毒、焼け焦げた鎧。

疲弊した彼らの目に映るのは、柔らかな灯りに照らされた広間だった。

 

中は広く、幾つかの木製のブースに区切られている。

湯気を立てる足湯、香ばしい軽食コーナー、そして奥には「個室マッサージ室」の看板。

どこかの温泉宿を思わせる、穏やかな空気。

 

「こ……これ、罠じゃないですよね?」

若い冒険者が半信半疑に尋ねる。

仲間の戦士が笑って肩を叩いた。

「ははっ、無料って書いてあるんだ。訓練施設の“休憩ポイント”だろ? 気が利いてるじゃないか」

 

そして、彼らは足湯に浸かり、温かいスープを啜る。

次第に、警戒心が薄れていく。

疲労で緊張していた筋肉が溶けるように緩んでいく。

 

そこへ、声がかかった。

「お疲れのようですね。特別に“施術”もご利用いただけますよ」

 

声の主は――あまりにも美しかった。

白い肌、整った顔立ち、完璧な微笑。

男にも女にも、同じように抗いがたい魅力を放つ。

 

個室の扉が静かに開かれた。

中は淡い灯りと花の香り。

マッサージ台に身を預けると、指先が背中を滑り――そこからはもう、何も考えられなくなる。

 

「気持ちいいですか?」

「……あぁ……」

「もっと、力を抜いて……」

 

吐息とともに耳元で囁かれる。

手のひらの温度が上がっていく。身体の中心に手が滑り込み、絶妙な手つきでしごきあげる。

心拍が早まる。

脳が溶けるような快感の波が押し寄せ――

 

――そして、何かを発射しながら吸い取られる。

 

身体の奥から“何か”が抜けていく。

呼吸が浅くなり、目が霞む。

全身の力が抜けていき、最後に見たのは、

施術者の背からのびた黒い翼と、蠢く尻尾だった。

 

「ふふ……おやすみなさい」

 

唇が触れる。

それが、“最後の感覚”だった。

 

 

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翌朝。

清掃班が巡回する。

扉を開くと、そこには乾いた音を立てて倒れた“人形”のようなもの。

皮膚は紙のように薄く、骨が透けて見えるほどに干からびていた。

 

「また出たか、“無料休憩所”の犠牲者だな」

バニアラ班長が鼻を押さえながら呟く。

 

若い清掃員がメモを取りながら問う。

「ここの“施術者”たち、結局何なんです?」

「正式には“欲魔体験訓練”。サキュバスとインキュバスを使った誘惑耐性訓練だ。……まあ、耐えられなきゃ死ぬ」

 

「無料って言葉に弱いんですよね、皆……」

「そういう勉強をさせる場所だ」

 

清掃班は干からびた遺体を魔法布で包み、浮遊台に乗せて搬出する。

作業は慣れた手つきだが、どこかで全員がため息をつく。

 

「見た目が綺麗すぎる罠は、だいたい地獄だな」

「スライム姫よりマシだが、気分は悪い」

 

浮遊台が静かに動き出す。

背後では、また別の冒険者の笑い声が聞こえた。

――足湯に浸かり、幸せそうに目を閉じる者たち。

 

その奥の個室では、黒い翼がゆっくりと広がり、

次の“客”を迎えるために、柔らかな笑みが形を整えていた。

 

無料休憩所。

その言葉ほど――甘くて、残酷な誘い文句はない。

 

 

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エ・ランテル冒険者ギルド訓練ダンジョン ― “無料休憩所(仮称)”後日談

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ギルドの受付前。

朝からまた行列ができていた。

冒険者たちは口々に騒ぐ。

 

「“癒やしの間”が再開したらしいぞ!」

「マッサージ最高だよな。全身が軽くなる!」

「魂まで軽くなるけどな!」

 

笑いながら談笑する一方で、受付嬢は額に手を当てていた。

机の上には新しい報告書が山積み。

 

死亡報告:無料休憩所(再)

状況:干からび/皮膚剥離/生気欠損

原因:自己責任(※ワザと)

 

――つまり、罠だと知っていて入っている。

 

かつて恐怖の代名詞とされた“無料休憩所”。

だが、インキュバスやサキュバスによる生気吸収の快感を「一度は味わうべき」と吹聴する愚か者が現れ、

それを“癖”にして通い詰める者が後を絶たなかった。

 

「……あの吸われる瞬間がたまらないんだ」

「死んでもいい。あれで逝けるなら本望だ」

 

――まさしくサキュバス依存症。

 

 

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ついにナザリック魔導国代表、ジョン・カルバインが呼び出された。

冒険者訓練ダンジョンの総監督でもある彼は、机に書類を叩きつけて呟いた。

 

「……馬鹿の再犯率、九割かよ」

 

横で書類を整理していたぐりもあが淡々と返す。

「幸福死の一種かもしれませんね」

「だからそれが問題なんだっての」

 

ジョンはギルドホール中央に出て、怒鳴り声を上げた。

 

「おい、“干からび常習者”ども!!」

 

ざわめく冒険者たち。

金の瞳がギラリと光る。

 

「今後、“無料休憩所”に自発的に入った奴には――

 俺が《下位の呪い(レッサー・ギアス)》を掛ける!」

 

「ひぃっ……!」

「ジョン様マジギレだ……!」

 

「いいか、内容はこうだ!」

ジョンは指を突き出した。

 

「誘惑部屋に近づいた瞬間、全身に激痛が走る!

 それでも入ろうとしたら、訓練ダンジョンへの入場資格を永久剥奪だ!!」

 

冒険者たちの間にどよめきが広がる。

 

「ひ、ひどい! 俺たちの自由はどこへ!」

「干からびる権利があるだろ!」

「蘇生費も払ってるのに!」

 

ジョンは大きくため息をついた。

「……お前ら、それもう訓練じゃなくて趣味だろ」

 

ぐりもあが小さく補足する。

「そもそも、これは“誘惑耐性訓練”です。誘惑に勝つための場所であって、負けに行く場所ではありません」

 

「……お、おれ一回だけ耐えたんです!」

「嘘つけ、干からびてたじゃねぇか!」

「いや、あれは油断だ!」

 

ジョンは頭をかきながら呆れ果てた。

「もういい。次に入った奴は痛みでのたうつから覚悟しろ。

 それでも行くなら、今度は蘇生しねぇ」

 

静寂。

数秒後、誰かがぽつりと呟いた。

 

「……でも足湯は本当に良かったよな」

 

ジョンが睨む。

「足湯だけなら許可する」

「やった!」

「ただし! 個室には入るな!!」

「ちぇっ……」

 

 

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後日、ギルド掲示板には新しい注意書きが貼られた。

 

【重要通達】

“無料休憩所”個室利用者のうち、三回以上干からびた者には

 “下位の呪い”《レッサー・ギアス》を付与します。

 ※症状:発熱・幻聴・サキュバス禁断症状。

 ※解除にはジョン様の許可が必要。

 

それ以降、休憩所の人気は少し落ちた。

……だが完全には止まらなかった。

 

「ギアスの痛みに耐えながら近づくと、逆に気持ちいいらしいぞ」

「痛みと快楽が合わさると“覚醒する”ってさ」

 

そんな噂を聞いたジョンは、机に頭を打ちつけながらぼやいた。

 

「……もう、“人間”じゃなくて“干からび系モンスター”だな。

 次は入室制限じゃなく、永久封印だ」

 

その言葉にぐりもあが小さく笑った。

「でも、訓練としては効果ありますよ? “己の愚かさ”を知るって意味では」

 

「……確かに、教育としては完璧だな」

 

――そう皮肉を言いながら、ジョンは次の対策書類に「“欲望依存症対策班”新設」と書き加えた。

 

 

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