オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル 新神殿区再編後 /*/
街の中心部、神殿区に立ち並ぶ建物のうち、かつては信仰の象徴でしかなかったそれらが、今や行政機関のように忙しく動いていた。
ジョンが改革の骨子を打ち出してから、わずか数ヶ月。
4大神の神殿は「祈るだけの場所」から「働く神殿」へと姿を変えていた。
水の神殿は新たに建て替えられ、清潔な白い壁の中では、白衣を着た神官たちが治療魔法と薬草学を組み合わせた診療を行っている。火傷や伝染病の患者が列をなし、外では水魔法による消火訓練が行われていた。
「火事が出たら水の神殿へ報告! 神殿消防隊、出動!」
鐘の音が鳴り響き、かつての祈祷歌に代わって掛け声が街に響く。
火の神殿は完全に様変わりしていた。
制服姿の神官たちが市中を巡回し、違法な魔導兵器の取り締まりを行っている。孤児院も併設され、犯罪に手を染める前の子供たちを保護して教育する体制も整えられた。
「火の加護は、正義の炎。燃やすのは悪意と腐敗だ」
そんな標語が門に掲げられている。
土の神殿では、昼夜を問わず建築作業が続く。
アンデッドでは扱えない木材や生物素材の加工を人間が請け負い、ゴーレムが運搬を担当する混成作業体制が確立された。農地整備も担当し、肥沃な畑が広がっていく。
「耕す手に、神の恩寵を」
働く神官たちの手は泥だらけだったが、誇りに満ちていた。
風の神殿は、街道整備と物流の要。
転移陣と輸送馬車の連携を管理し、各地への荷物と人員の移動を取り仕切る。
「旅人も兵も商人も、風の導きのままに」
若い神官たちが地図を広げ、風読みを行いながら最短の経路を導き出す。
こうして、アンデッドが不得手な領域──生命、社会、創造、流通──を人間が担う形が整いつつあった。
ジョンはそれを見届けながら、淡々と呟く。
「エ・ランテルを人の手に戻す。だが、神頼みではなく、神と共に働く形でな」
反発する神官たちもいたが、ジョンは冷静に言い放った。
「嫌なら国外へどうぞ。祈るだけの聖職者に、国の未来は託せない」
静かな改革だったが、その影響は街の隅々にまで浸透していった。
アンデッドがもたらした秩序を、人間の手で維持し始めたエ・ランテルは、確かに「死の都」から「働く都」へと変わり始めていた。
──そしてその変化は、やがて他の国々の神殿にも波及していくことになる。
/*/ エ・ランテル 神殿区再編・第二期 /*/
改革から半年。
当初は「神を侮辱している」と非難の声を上げていた神官たちも、現実の成果を前に沈黙せざるを得なかった。
街では火災が激減し、盗賊事件も目に見えて減少。
農地は豊かに実り、風の神殿の物流管理により食糧価格が安定した。
病に苦しむ者は水の神殿で治療され、土の神殿の再建事業で職を得る者も増えていた。
そんな中、神殿勢力は方向を変える。
抵抗ではなく、取り込みへ。
ある日、火の神殿前に掲げられた新しい布告には、こう記されていた。
「四大神の御心により、我らは祈るだけでなく、働く者となる」
「火は正義の灯、水は癒しの流れ、土は恵みの大地、風は導きの力」
「神々は我らの手を通して地上に顕現する」
──すなわち、ジョンの改革を“神意による再生”として再解釈したのである。
元々ジョンは神学論争には興味がなかった。だが、神殿が自発的に動くなら、それはそれで都合が良かった。
神殿勢力の上層部は「これは改革ではなく、神々の意志の顕れなのだ」と宣伝を始め、かつてジョンを「異端」と糾弾していた司祭までもが壇上で讃えてみせた。
「聖なる理に導かれし者、〈賢王の影〉ジョン卿に感謝を!」
「神の御手は、今や人の働きを通して輝くのです!」
その演説に群衆が喝采を送る中、ジョン本人はというと、屋上の影からその光景を見下ろしていた。
隣のモモンガが呆れたように言う。
「……まさか神意扱いされるとはな。どうするつもりだ?」
「放っておくさ。反発が消えるなら宗教利用くらい安いもんだ」
ジョンの声は冷ややかだった。
「信仰ってのは、上手く運用すれば最強の行政システムだ。善意も恐怖も動員できる。問題は“誰のために働くか”だ」
「で、君のために働いてるってわけだな?」
モモンガが目を細めると、ジョンは肩をすくめた。
「違う。“街のため”だ。……まあ、結果的に俺の都合にも合ってるけどな」
こうして、神殿勢力の再編は宗教的正統性を取り戻し、
「祈り働く教義(Doctrine Laborare)」として神官たちの新たな信条に定着していった。
その結果、神殿は社会の中で再び信頼を得、
アンデッドの手が届かない領域で人間が生きる道を取り戻したのである。
――だが後年、歴史家たちはこの時期をこう呼ぶ。
「神意による再生ではなく、“死の王による静かな征服”であった」と。
/*/ バハルス帝国・首都神殿区 /*/
かつて、民衆は神殿の力を絶対視していた。
だが、蘇生魔法の失敗が続き、戦争や疫病で命を落とした人々を救えなかった神官たちは、次第に民心を失っていた。
街角では子供が泣き、親は神殿の前で怒声を上げる。
「神の手が届かぬなら、何のための神殿か!」
皇帝はこの状況を黙って見過ごすつもりはなかった。
「民心を取り戻すには、神殿の機能を“民に役立つ実務”に振り向けるのだ」と命じた。
そして、バハルス帝国神殿は、エ・ランテル式の改革モデルを採用する。
水の神殿:病院・消防業務を統括。魔力による治療は補助に留め、看護や薬学教育も導入。
火の神殿:警察・治安維持を担当。孤児院・社会福祉も兼務。
土の神殿:農業振興と建築管理、災害復旧を担当。
風の神殿:街道整備・物流管理、民間輸送の安全監督。
神官たちは皇帝の命に従い、これまでの「祈るだけの役割」を捨てて動き始めた。
もちろん反発もあった。権威にすり寄る改革に抵抗する古参神官も少なくなかったが、皇帝直轄の命令の前には従わざるを得ない。
街では、かつて見向きもされなかった人の間に神官たちの活躍が目立つようになった。
消防隊として出動する水の神殿、巡回する火の神殿、農地を耕す土の神殿、整備された街道を見回る風の神殿――。
民衆の評価は急速に回復し、皇帝の人気はさらに上昇。
「神殿改革は皇帝のおかげ」と言わんばかりに、神官たちは皇帝礼賛を口にする。
だが、その裏で、人間の手で運用される神殿制度は、帝国に新しい行政効率をもたらしていた。
──エ・ランテルの神殿改革が、他国に影響を及ぼし、宗教組織が行政的に民に奉仕するモデルとして広がり始めた瞬間だった。
歴史家たちは後に、この時期のバハルス帝国神殿をこう評する。
「神意に基づく改革ではなく、皇帝の権威による制度化であった」と。
だが市民にとっては、結果として生活が改善され、神殿は再び信用を取り戻したのだった。