オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/アゼルリシア山脈・東の都市フェオ・ジュラ―火を飼う者たち―/*/
マグマの赤光が、岩壁を透かしてゆらゆらと踊る。
その奥――厚さ数十メートルの黒曜岩を貫く管路には、轟々と蒸気の音が響いていた。
「温度安定、圧力八割。上出来だ」
ジョンは魔導計器を覗き込み、満足げに頷いた。
傍らでは、灰色の髭を編み込んだ老ドワーフが、火花を浴びながらバルブを締める。
「おお、神獣様の設計どおりじゃ。これで冬の間も凍えずに済む!」
「いや、あんたらの腕がいいからだよ。溶岩配管を百メートル単位で引くなんて、俺でも尻込みする作業だ」
熱源――“マグマポケット”。
火山脈の奥に封じられた高温岩漿だまりを、魔導鋼管で導き、都市全体を温める。
その蒸気は三系統に分かれる。
一つは居住区の暖房網へ、
二つ目は鍛冶炉・精錬炉を並べた工業層へ、
三つ目は、地熱発電塔――“魔力蒸気タービン”へ。
「蒸気、回せ!」
ジョンの号令に、鉄輪のような羽根車が低く唸り出す。
魔力転換陣が紫の光を走らせ、塔全体が振動した。
「動いた! 灯りを――!」
瞬間、暗かった作業区が白光に包まれる。
マグマの赤ではなく、人工の光。
鍛冶師たちは手を止め、まるで太陽を見上げるように顔を上げた。
「これが……魔導国式〈地熱発電〉か……!」
老職人が感嘆の声を漏らす。
「魔力を抜かずに動力化するなんて、まるで奇跡じゃ!」
「奇跡じゃなくて、技術だ。ドワーフの手と、魔導国の理論が合わされば、どんな山でも生きられる」
ジョンは肩を竦めながら笑った。
都市中央の広場では、すでに温泉蒸気が立ちのぼっている。
各氏族の浴場には、家紋と同じ意匠の「浴場紋章」が掲げられ、湯気の中で酒杯が交わされていた。
老人も、若者も、女鍛冶も、皆、湯と蒸気の恩恵を受けている。
夜になれば、街路には「マグマ灯」がともる。
透明な球体の中で、魔力制御された溶岩の球がゆっくりと回転し、橙色の光を放つ。
その穏やかな輝きが、岩壁の彫刻を照らし出し、まるで星空のように揺れていた。
「……悪くない眺めだろ?」
ジョンが呟くと、隣で蒸気に濡れたドワーフの娘が頷く。
「はい。山の中でも、星を見られる日が来るなんて思いませんでした」
「星は空だけじゃない。地の底にも灯せる。あとは、あんたらがそれを守っていく番だ」
/*/
――地熱都市計画・第一期完了。
魔導国=ドワーフ連合技術交流、成果良好。
次期工程:マグマ灯の外販化、および菌床暖房農区の拡張。
/*/アゼルリシア山脈・地熱都市フェオ・ジュラ 中央発電塔 /*/
蒸気が塔の外壁を包み、遠くでマグマが唸るような低音が響いている。
ぐりもあは額の汗を拭いながら、計器盤の赤ランプを見上げた。
「とても興味深い技術体系なんですが……火山で大丈夫ですか?」
「ん?」ジョンは配管の振動を確かめつつ、顔だけ向ける。
ぐりもあは眉をひそめた。
「とあるファンタジー小説で、こういうセリフがあるんです。
――“素晴らしいエネルギーを齎してくれる火山より、死火山を選んだ智慧を信じろ”。
つまり、動いてる火山は爆発するかもしれないって話ですよ」
「……あ」
「“あ”、って何ですか、“あ”、って! まさか想定してなかった!?」
「いやいやいや、ちゃんと考えてるって!」ジョンは慌てて手を振った。
「マグマポケットは封印層の下、第四層の硬質玄武岩帯の中にある。圧力逃し用の導魔管も十本、全部〈堅牢化〉済みだ。
さらに〈熱転移結界〉と〈圧力逃し弁〉で三重封印、異常時は自動冷却陣が走る」
「……理屈の上では、完璧なんですね?」
「理屈の上では、な」
ぐりもあが顔を覆う。
「はぁ……その“理屈の上では”ってやつが一番信用ならないんですよ!」
ジョンは笑って杖の先を弾く。
杖先の魔導宝石が淡く光り、塔全体の防御結界が一瞬だけ青く点滅した。
「……これで都市全体を“浮上隔離”できる。最悪、吹き飛ぶ前に切り離して浮上させるから」
「浮上!? それ、都市を飛ばすつもりじゃないですか!」
「まあ、地熱都市が空飛ぶのも悪くないだろ?」
冗談めかして笑うジョンに、ぐりもあは頭を抱えた。
「やっぱりジョンさんの安全基準は“爆発しても見栄えが良ければOK”なんですね」
「違う違う。“生きて帰れる範囲”で考えてるだけだ」
遠巻きに聞いていたドワーフ技師たちは腹を抱えて笑いながら溶接を続ける。
「ほらな、あの方の発想はだいたい半分冗談で半分本気なんじゃ」
「どっちがどっちかわからんのが怖ぇんだよ!」
/*/―地の底の星―
夜。塔の唸りが静まったフェオ・ジュラの街に、橙の光が流れていた。
マグマ灯が並ぶ街路は、まるで天の川の反転のように、地の底に星を描き出している。
ぐりもあは欄干にもたれて、蒸気の向こうに光る塔を見上げた。
「……やっぱり綺麗ですね。地の底なのに、まるで空を見ているみたい」
「だろ?」ジョンは隣で腕を組み、深く息をつく。
「危ない橋を渡ってでも、こういう光景を見たい奴がいる。それが文明ってもんさ」
「でも、ほんとに危ない橋なんですよね……」
「うん。だから俺は、その橋に手すりと灯りをつけてるわけ」
「……それ、落ちる前提じゃないですか」
二人の笑い声を包み込むように、低い地鳴りが響く。
山の奥底で、マグマがわずかにうねる音。
その振動を感じ取りながら、ジョンはふと空を見上げた――いや、岩の天井を。
「地の底でも、空はある。
見えないだけで、ちゃんと“上”があるんだ」
ぐりもあは微笑み、懐から観測用の水晶球を取り出した。
「じゃあ、次は“上”の星も呼んできましょうか。人工衛星ゴーレムの新型、山岳用で」
「いいな。……火の底から、空の端まで繋ぐ。そういう技術ってのは、やっぱり燃えるだろ?」
塔の青光がふっと瞬き、静かな熱風が二人の髪を揺らした。
それはまるで、地の底の星々が拍手しているようだった。
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――地熱制御、再起動成功。安全率:理論上は十分。
※ぐりもあ註:「理論上」が最も危険です。
地熱都市フェオ・ジュラ篇 外伝:湯煙外交
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アゼルリシア山脈・地熱都市フェオ・ジュラ外縁
魔導国観光開発試験施設 “湯宿〈グラン=マグナ温泉館〉”
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冬の山肌から白い蒸気が立ち上る。
その源を辿ると、黒曜岩の洞門を抜けた先に、柔らかな灯が並ぶ宿が現れた。
湯煙が漂う玄関前には、魔導国の旗と並んでドワーフの紋章旗がはためいている。
「――ふうん、ずいぶん立派じゃないか」
皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、金糸の外套を肩にかけ、深く息を吸った。
「火山の匂いと鉱石の香りが混じっている。悪くない」
「ようこそ、フェオ・ジュラへ」
ジョン・カルバインが笑みを浮かべ、腕を広げた。
「ここは魔導国初の“観光産業モデル地区”だ。
地熱発電の余剰熱を利用して、湯治宿を造った。名物は、内湯と露天の二段構造だ」
アウレリア姫が目を輝かせる。
「露天風呂? 本当に外で湯に入るのですか? 竜の翼が凍えるほど寒いのに!」
「そこがいいんだよ」ジョンは指で岩壁を指し示す。
「外は零下十五度、けど湯は地底の熱で四十度ちょうど。
雪を眺めながら湯に浸かる“寒暖の美”――これが地熱観光の醍醐味さ」
ぐりもあが小声で付け加える。
「……そして外貨の源泉でもあります」
「外貨?」と皇帝が眉を上げる。
「はい。湯治客の宿泊、特産品販売、温泉酒と石鹸産業――
すべて地熱を基にした経済循環。滞在型療養と観光を融合させ、魔導国通貨の信用を高める狙いです」
「ふむ。なるほど……」
ジルクニフは頷き、足を進める。
石畳の回廊の先、岩肌をくり抜いた浴場の天井からは、魔導光が星のようにきらめいていた。
湯面には薄い蒸気が漂い、外の雪が静かに溶けて落ちる。
「こ、これが“内湯”!」
アウレリア姫は思わず羽を広げた。
「竜王国にも温泉はありますが……こんなに静かで明るいのは初めてです」
「魔力蒸気で空気を清浄してるんだ。あと湯の底には〈治癒結晶〉の粉末を混ぜてある。
気の流れを整えて、体力と魔力の回復を促進する」
「ほう、戦場帰りの兵士にも使えるな」
皇帝が湯面を見つめる。
「しかし、この湯宿は国の直営か?」
「半分だ。運営はドワーフ商会〈蒸気と酒樽〉、出資は魔導国商務局とフェオ・ジュラ市議会。
宿泊料金の一部は市の公共炉の燃料維持に回る。観光しながら都市が温まる仕組みさ」
アウレリア姫が感心して手を打つ。
「まぁ、素敵です! 暖まるほどに街が潤うなんて!」
「その通り。温泉が国を動かす。……まるで夢のようだな」
ジルクニフは湯気越しにジョンを見やり、皮肉混じりに笑う。
「お前が造る夢はいつも現実と紙一重だ」
「現実が足りねぇだけさ」
湯気が立ち込め、笑い声が反響する。
露天へと通じる扉を開けると、外の雪原が広がっていた。
湯面から立つ白煙の向こう、星明かりが岩壁を照らしている。
アウレリア姫が両手を合わせた。
「……地の底の星も美しいけれど、空の星も負けていませんね」
「そうだな」ジョンは湯に浸かりながら応じる。
「地上の星は冷たく、地下の星は温かい。
この二つを繋げば――国も、人も、もっと強くなる」
その言葉に、ぐりもあがそっと頷く。
「湯治外交、ですね。血も汗も流さず、湯気と笑顔で結ぶ平和条約」
「悪くない響きだな」
ジルクニフは湯を掬い、手の中の蒸気を見つめた。
「これが“魔導国式の温かさ”か。……悪くない」
外では雪が静かに降り続く。
露天の湯から立ち上る白い煙は、山の夜空へとゆらゆらと昇り、
まるで新しい文明の狼煙のように、闇を照らしていた。
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――〈フェオ・ジュラ温泉館〉、試験開業成功。
来訪者満足度:皇帝「上々」、アウレリア姫「また来たい」。
外貨流入率:初期想定比120%。
次期計画:湯治療養区+外交賓館の併設。
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アゼルリシア山脈・地熱都市フェオ・ジュラ
温泉街開発区・試験厨房
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マグマ流の熱が床下を流れ、壁の石板に薄く湯気が這っている。
新設された温泉宿〈グラン=マグナ温泉館〉の裏手――そこには湯気と甘い香りが満ちる小さな実験場があった。
「……よし、圧は安定。温度、八十六度。ここが勝負どころだな」
ジョン・カルバインは腕をまくり、蒸気管のバルブを微調整する。
背後の窯には、マグマ流の余熱を利用した“魔導蒸気釜”が鎮座していた。
その中で、白くふっくらした何かが、ぷかぷかと湯気の中に浮かんでいる。
「ジョンさん……これ、まさか」
ぐりもあが湯気をかき分けて覗き込み、呆れた声を上げた。
「そう。温泉饅頭だ」
「……地熱発電都市で作るものが、それですか」
「観光の本質は“腹”と“思い出”だ。どんな技術も、最後は“うまい”で締めなきゃダメだろ」
ジョンは鉄箸で一つすくい上げる。
饅頭の皮は艶やかで、湯気が立つたびに黒糖の甘い香りが広がった。
割れば、熱を逃がさぬよう魔導コーティングされた餡がとろりと流れ出す。
「餡にはマグマ塩と地熱で育てた菌床小豆を使った。
皮は温泉の蒸気で三段蒸し。普通の饅頭より二割軽く、香りは倍以上」
「……ほんとに食の開発もやるんですね」
「職人魂は燃料があれば動く。マグマでも胃袋でもな」
そこへ、湯宿を視察中のアウレリア姫が現れた。
「まあ、いい匂い! これが噂の“マグマまんじゅう”ですか?」
「名前つけたのか……」ぐりもあが苦笑する。
「ええ、職人さんたちが勝手に。あと“灼熱まんじゅう”“溶岩の涙”って候補も」
「どれも爆発しそうな名前だな……」
ジョンは饅頭を手渡し、姫が恐る恐るかじる。
「……ん。あつ……でもおいしい! 皮がふわふわで、餡が溶ける……!」
「だろ? 地熱は優しい熱だ。急激じゃなく、包み込むように蒸す」
皇帝ジルクニフも手を伸ばし、冷静に一口。
「甘味が深い。……砂糖の後味が残らん。まるで酒のようだ」
「ほらな、陛下も虜だ」
「ふむ。フェオ・ジュラは、火を制し、湯を制し、胃袋まで征服するか」
皇帝は笑い、視線を宿の方へ向ける。
「観光客の腹を掴めば、財布も掴める。商人の理だな」
「魔導国の新しい外貨獲得戦略――“甘味外交”ってやつさ」
ぐりもあが帳面に書き込みながらぼやく。
「“理論上安全な地熱発電”から、“理論上太らない饅頭”へ進化……と」
「太らないとは言ってない!」
笑い声とともに、試験厨房の蒸気がゆらりと天井を包む。
その湯気は外の冷気に溶け、雪の街を甘い香りで包んでいった。
/*/
――試作品〈マグマまんじゅう〉、評判上々。
外貨換算:一日平均売上、銅貨3200枚。
次期計画:酒饅頭・冷菓“氷結まんじゅう”の開発、および温泉街土産展開。
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