オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルネ・ダーシュ村・夕暮れ /*/
作業を終えた村人たちがそれぞれ家路につく頃、鍛錬場の奥でゴブリンたちが並んでいた。
その先頭に立つのは、ゴブリン・リーダーのジュゲム。
汗にまみれた額を拭いながら、少し気まずそうにジョンへと声をかけた。
「旦那ぁ――」
ルプスレギナがすっと目を細める。
ジュゲムは慌てて頭を下げ、言い直した。
「……カルバイン様。俺たち、ちょっと悩んでるんです。
最近、村人たちの方が強くなっちまって……エンリ様を守る力が、俺たちの方が足りなくなってるように思うんでさ」
ジョンは腕を組み、軽く首をかしげた。
「まあ……お前たちは“レベル上がらない種族”だからな。努力じゃ埋まらない差が出てきたか」
ジュゲムは唇を噛みしめ、うなずいた。
「どうにか……ならねぇもんでしょうか?」
ジョンは静かに彼を見据えた。
「お前たちはそれに、何を差し出せる?」
沈黙。
ゴブリンたちは互いに視線を交わし、やがてジュゲムが拳を握り締めて言った。
「……俺たちの“行きつける限界”を。
それを差し出してでも、エンリ様の盾でありてぇんです」
ジョンはふっと笑みを浮かべた。
「いいだろう。ルプー、こいつら全員に〈星に願いを〉を使え。
レベル上限を引き上げてやれ」
ルプスレギナは思わず目を見開いた。
「うはっ! 全員ですか? ジョン様、大盤振る舞いですねぇ」
ジョンは空を見上げ、穏やかに言った。
「仕えるべき主のために、己のすべてを投げうつ覚悟がある。
それを見せられて、報いないのは俺の主義に反する」
ルプスレギナはしばし黙り、やがて頷いた。
「……理解ります。
誰かのために本気で願える奴らには、星も応える……ってわけですね」
ジョン「そうだ。願う価値があるからこそ、力は与えられる」
夜空にはすでに一番星が輝き始めていた。
その下で、ルプスレギナが静かに詠唱を始める。
淡い光が降り注ぎ、ゴブリンたちの影が伸びてゆく。
彼らの目に宿る光は、かつてよりも強く、確かな意志を帯びていた。
/*/ カルネ・ダーシュ村・訓練場の裏手 /*/
焚き火の火が小さく揺れている。
夜の帳が降り、満月が森の向こうから静かに顔を出していた。
ジョンが手を挙げると、ゴブリン・ライダーの二人、キュウメイとチョウスケが前に出た。
二人とも背筋を伸ばし、緊張の面持ちで敬礼する。
「キュウメイ、チョウスケ。お前らの狼を、一寸出してみろ」
「はっ!」
「了解でさぁ!」
二人は息を合わせて口笛を吹く。
森の影から、灰色の毛並みをした二頭の戦狼が姿を現した。
低く喉を鳴らし、主のそばに寄り添う。
ジョンは二頭をしばらく見つめ、手をかざした。
「――〈眷属召喚〉、そして“進化”の加護を」
空気が震え、夜の静寂に光が満ちる。
月光が渦のように狼たちを包み込み、青白い燐光が毛並みを走った。
やがて、彼らの体躯が一回り大きくなり、瞳が淡い蒼に染まる。
その背からは、まるで夜風そのもののような霊気が吹き上がった。
「……っ! こ、これは……!」
「旦那、スゲェ! 毛並みが銀に光ってやがる!」
ジョンは満足げに頷く。
「名は“ムーン・ウルフ”だ。
レベルは二十前後だが、脚は飛び抜けて速い。
どんな地形でも風のように駆け抜けるだろう」
キュウメイとチョウスケは感激の面持ちで、新たな相棒の首筋を撫でた。
狼たちはその手に鼻先を寄せ、静かに尾を揺らす。
「さぁ、上手くやってみろ。
お前たちが信じるように、こいつらもお前たちを信じている」
ジョンの言葉に、二人は同時に頷き、
「了解!」と声を揃えてムーン・ウルフに跨がった。
次の瞬間、青い閃光が弾け、
夜風を切るような疾走音が訓練場を駆け抜けていく。
月明かりの下、蒼銀の狼が地を蹴り、
二人の影を光の尾のように引きながら、闇へと消えていった。
ジョンはその様子を静かに見送り、
「……悪くない」と微かに笑った。
/*/ カルネ・ダーシュ村・翌朝 /*/
夜明けの霧が晴れるころ、訓練場の脇ではゴブリンたちの声が響いていた。
昨日〈星に願いを〉の加護を受けた十九名のゴブリンたちが、何やら村の中でせわしなく動いている。
「キュウメイ、火加減だ! 焦がすな!」
「了解! あっつ、フライパンが勝手に回ってる!」
「薬草はそれ違う! そっちは毒草だ、チョウスケ!」
「へへっ、今じゃ匂いで分かるんでさ!」
ジョンは、そんな喧噪を見ながら腰を下ろし、苦笑した。
「……あいつら、もう“別の生き物”みたいだな」
ルプスレギナが肩をすくめる。
「ええ、昨日までは“焼く”しかできなかったのに、今朝は味付け論争してますよ」
ジョンは頷きながら立ち上がり、訓練場の中央に声をかけた。
「おい、ジュゲム!」
「はっ、カルバイン様!」
リーダーのジュゲムが駆け寄る。
「お前ら、どうやら“レベルが上がるようになった”みたいだな。
ただし気をつけろよ、戦闘以外のスキルにも経験値が入る。
このままだと料理とか薬草判別ばっかり上がるぞ」
ジュゲムは一瞬ぽかんとしたあと、歯を見せて笑った。
「へへっ、構いやせん! エンリの姐さんの家事の負担を減らせるなら本望でさぁ!」
ジョンは思わず吹き出した。
「……お前ら、ほんと立派だな。
守るってのは、戦うだけじゃないってこと、ちゃんと分かってる」
ルプスレギナがにやりと笑う。
「ねぇジョン様、あの子たち……昨日より目が違いますよ。
“生かされた”ことを分かってる顔してる」
ジョンは頷いた。
「人でもゴブリンでも同じさ。
“誰かのために動く”って気持ちは、どんな種族にも宿る」
その言葉に、ジュゲムたちは深く頭を下げた。
「カルバイン様。俺たち、もう一度誓います。
エンリ様と、この村を、命に代えても守り抜きます!」
ジョンは腕を組み、満足げに笑う。
「よし。その言葉、忘れるなよ。
お前らが“守る者”である限り、星も俺もお前たちを見捨てない」
朝の光が村を照らす。
炊事場からは香ばしい香りが漂い、子供たちの笑い声が風に混ざった。
その中心で、ゴブリンたちは今日も働き続けている。
戦うためではなく――
守るために、そして“生きるため”に。