オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル 行政庁 経済開発会議室 /*/
長机の上には、競馬場の設計図と地方経済圏の地図。
ジョンは酒瓶片手に指を置いた。
「――エ・ランテル競馬場の場外馬券場を作ろう。
まずはドワーフの国、フェオ・ジュラに設置だ。レースを魔導通信で中継して、大型スクリーンに映す。酒も出して、賭けながら観戦できる。賑やかにいこうぜ」
ぐりもあが首を傾げる。
「娯楽施設の建設ですか? 経済効果は見込めますけど、治安維持が課題になりそうですね」
「そっちはデスナイト警備部隊に任せる。あいつらは酔っ払いにも容赦ないからな」
ジョンは笑ってグラスを傾けた。
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◆計画概要
名称:魔導国公認競馬場・場外馬券場《エ・ランテル支部》
第一期拠点:フェオ・ジュラ地下大通り区画
設備:
・魔導中継スクリーン(ナザリック通信塔経由)
・自動魔札販売機(魔力反応式)
・ドワーフ向け酒場併設(地ビール・岩魚燻製など)
・勝ち馬祈願神殿(名目上は商業税対策)
運営方式:
・売上の一部をフェオ・ジュラの公共インフラ整備費に還元
・賞金馬主制度の導入(エ・ランテル貴族や帝国商人が馬主登録可能)
◆政治的効果
ドワーフ王国の経済参加促進
鉱山労働者層の余暇産業を育成し、魔導国貨幣《アインズ=コイン》の流通を促進。
情報統制下の娯楽輸出
魔導通信塔網の整備を正当化でき、帝国・王国にも順次展開可能。
ナザリックの統治イメージ改善
「恐怖の国」から「娯楽と富の国」への印象転換。
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「……つまり、賭博によって富を循環させると?」
「そう。戦わずして金が動く。平和ってのはこういうもんだよ」
モモンガが頷きながら苦笑した。
「まったく、君はいつも発想が現実的なのか、危険なのか分からないな」
ジョンはニヤリと笑い、
「どっちに転んでも、儲かりゃ正解だろ?」
と、金の瞳を輝かせた。
/*/ ドワーフ王国フェオ・ジュラ 中央大通り地区 /*/
ごうごうと鳴る蒸気管の音が、岩壁に反響していた。
真紅のマグマ灯が明滅する中、鍛冶槌の音が競馬場建設現場にこだまする。
「おい、そっちの支柱、もうちょい右だ!」
「ちげえ!そこじゃ通路の勾配がズレる! あの人狼様の図面、寸分違わず守れ!」
岩塩色の髭を揺らしながら怒鳴り合うドワーフたち。
彼らの目の前に広がるのは、魔導国式の巨大アーチ構造――“フェオ・ジュラ競馬中継場(通称:ドワーフ競馬殿)”。
頭上には、黒曜石で縁取られた魔導スクリーンがそびえ立つ。
エ・ランテルの競馬場から、魔導通信塔を経由してリアルタイム映像が届く仕組みだ。
「すげえもんだな……馬が地上を走ってんのに、こっちで見れるなんてよ」
「馬の毛並みまで見えるぞ、これ……まるで窓の向こうが地上だ」
「へっ、映るだけじゃねえ。勝ち馬券を当てりゃ、ここでも金が動く。夢があるぜ!」
その時、工区の奥でひときわ大きな声が響いた。
「ジョン様ぁ、こっち見てくだせぇ! 魔札販売機の魔力安定しましたぁ!」
振り向いたジョンは、銀のコートをはためかせて笑った。
「よし、そいつで完成だ! 今夜は開場だぞ! 酒、出してやれ! 全員な!」
「うおおおおおおおおっ!!」
地の底を揺るがすような歓声が響く。
/*/ 同夜 フェオ・ジュラ競馬殿・開場式 /*/
岩の天井から吊るされた光る酒瓶。
長テーブルの上には、火山酒《ヴォルカノ・エール》と岩魚の燻製、石焼肉の皿がずらりと並ぶ。
ドワーフたちは顔を真っ赤にし、魔導スクリーンを見上げて叫ぶ。
「走れえぇぇ!! 二番の〈炎鬣のコルヴォ〉だ!」
「バカ言え、あんな細足じゃ坂で滑る! 三番の〈ドレイクハンマー〉だ!」
「ジョン様ぁぁ! 俺の馬券外れたぁぁぁぁ!!」
ジョンは笑いながら大ジョッキを掲げる。
「外れた奴は次に当てりゃいい! 人生も賭けも回数勝負だ!」
「うおおおおお!! 乾杯だぁぁ!!」
熱気と笑い声が渦を巻く。
魔導スクリーンに映る馬たちは、夜空のような洞窟天井を照らす光を背に走り抜けていく。
ぐりもあが静かにジョンの隣に寄る。
「……これ、思ってたよりすごいですよ。酒場でもない、劇場でもない、“夢の市場”です」
「だろ?」
ジョンはグラスを傾けながら、満足そうに笑った。
「地上でも地下でも関係ねぇ。賭ける心がある限り、どこでも人は熱くなれる。
金も笑いも動けば、それが文明ってやつさ」
その言葉に、ドワーフの親方たちは一斉に杯を掲げた。
「乾杯! フェオ・ジュラ競馬殿に栄光あれ!」
岩壁を震わせる万雷の歓声。
そして、ジョンは満足げに呟いた。
「――よし、次は王都バハルスに支部だな」
/*/ バハルス帝国王都 皇帝執務室 /*/
朝靄を透かして射し込む光が、重厚な赤絨毯に筋を描いていた。
書類の山を前に、ジルクニフ・ルーン・ファーロードがペンを止める。
「……ふむ。これが“場外馬券場”というわけか」
机上には、魔導国から届いた提案書。
――“エ・ランテル競馬連盟、帝国特別観戦所設立計画書”。
煌びやかな図面の隅には、ジョン・カルバインの名が赤い印章で押されている。
その本人が、今まさに目の前にいた。
白髪に金の瞳、堂々たる巨躯の人狼――いや、今は人間形態で整った軍装を纏っている。
「どうだ、皇帝陛下。地上最大の娯楽と経済循環システム、帝国にひとつ置いてみないか?
税収も雇用も増える。地下のフェオ・ジュラでは一晩で酒が尽きるほどの盛況だったぞ」
ジルクニフは片眉を上げ、背もたれに身を沈めた。
「……つまり、“魔導国式の賭場”を我が国に持ち込みたいと」
「賭場って言うなよ。これは“産業”だ。“娯楽と経済の融合施設”って呼んでくれ」
「呼び方の問題ではない」
ジルクニフの声には明確な線が引かれていた。
「やるなら、自国の産業でやるからダメだ。魔導国の運営権を入れるわけにはいかん」
ジョンは肩を竦め、グラスを傾ける。
「まあ、そう来ると思った。だが、魔導通信塔の映像共有網はうちの独占だ。
帝国だけでやるとなると、“映像権料”が別にかかるぜ?」
「ならば、その塔の代替技術を我々で開発するだけだ」
ジルクニフは即答した。
「それに、民が魔導国の娯楽に夢中になるのは危うい。
支配されるのは軍事力だけではない――“文化”もだ。私はそれを避けたい」
一瞬、静寂。
窓の外、鳩の羽音だけが響く。
やがてジョンが笑った。
「いいねえ、真っ当な皇帝の判断だ。……正直、そう言ってくれるのを期待してた」
「ほう?」
ジルクニフの目が鋭く細められる。
「俺たちが求めてるのは、服従じゃなくて、競争だ。
賭博でも馬でも、互いに張り合ってこそ市場は育つ。
魔導国だけが富を独占しても、世界はつまらねぇ」
ジルクニフは短く息を吐き、僅かに笑う。
「――君らしい。まるで、帝国の商人を相手に話しているようだ」
「商売に国境はないさ。だが友情には、利息がつく」
「まったく、お前はいつも危険なほど率直だな」
二人は視線を交わし、わずかな間、無言で笑い合った。
それは剣ではなく、計算と誇りで打ち合う者たちの静かな戦。
ジルクニフは最後に言葉を残す。
「我が国は自国の馬で、自国の人間が走るレースを作る。
だが、魔導通信の回線を借りるくらいは……検討してやってもいい」
「上等だ。競馬も外交も、まずは“賭け”から始まるもんだからな」
ジョンは笑いながら立ち上がり、深紅の軍帽を被った。
去り際、窓際の黄金のカーテンがふわりと揺れる。
――赤と金、帝国と魔導国。
その狭間に立つ二人の男の笑みは、どちらも勝者のそれだった。
/*/ バハルス帝国首都アーウィンタール 中央広場 /*/
朝靄の残る石畳に、金色の旗が翻った。
大理石の階段を上り、壇上に立つ男――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
燃えるような紅のマントを背に、皇帝は朗々と声を響かせた。
「――本日、我がバハルス帝国は〈帝国馬事局〉の設立を宣言する!」
その瞬間、広場を埋めた群衆がどよめいた。
職人は帽子を掲げ、商人は金貨袋を振る。
民の顔に、久しく忘れられていた“希望”の色が戻っていく。
「我らは馬を育て、鍛え、競わせる!
走る馬の蹄音が、再びこの帝都アーウィンタールに栄光を呼び戻すだろう!
これこそが我ら帝国民の誇り、働き、そして富である!」
群衆が歓声を上げ、金の風船が空に舞う。
帝国楽団の号砲が鳴り響き、黄金の陽光が皇帝の髪を照らした。
――それはまるで、荒廃した時代の終わりを告げる祝祭のようであった。
だがその背後の人混みの中、腕を組んでいた白髪の巨躯がひとり。
金の瞳を光らせながら呟く。
「……いいじゃねぇか、ジル。
でも、この規模の施設を作るなら、俺がやれば三日で完成だぞ」
その声は、翌日の執務室で現実の提案として皇帝の耳に届いた。
/*/ 帝都アーウィンタール 皇帝執務室 /*/
地図と設計図が並ぶ机の前で、ジョン・カルバインは腕を組んでいた。
黒曜石の窓から光が差し、書類の上に馬場の影を描く。
「俺が建築すれば、三日で完成する。
地下鉄骨構造の競馬場、通信塔併設、魔導管照明付き。
観客十万規模も余裕だ。やるか?」
対する皇帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、
眉ひとつ動かさず書類を閉じた。
「それでは、国内産業が育たない。
民が働かねば、経済が回らないではないか。――却下だ。」
ジョンは苦笑し、椅子の背に体を預ける。
「まじめかよ、ジル。」
「まじめであることが、国家を支える唯一の魔法だ。」
皇帝の声音は揺るがなかった。
「我々は他国の力を借りず、自国の手で立ち上がる。
それが帝国の誇りであり、独立の証だ。」
ジョンは金の瞳を細め、数秒の沈黙のあと低く笑った。
「……筋が通ってるな。
でもその理想を現実にするには、三倍の金と十倍の時間がいるぜ?」
「承知の上だ。」
皇帝は即答し、窓の外の建設現場を見つめた。
「人が働き、誇りを持ち、飯を食う。それが国家の礎だ。
速さではなく、“自分の足で立つこと”こそが勝利だ。」
ジョンはゆっくり立ち上がり、口の端を上げた。
「……分かった。
なら、お前の“誇り”が走る馬場を、影から磨いてやるよ。
競争相手が強いほど、レースは楽しいからな。」
「――頼むから“影”の範囲で済ませてくれよ、ジョン。」
二人は同時に笑った。
その笑い声が、石造りの執務室の天井を震わせ、
外では若い職人たちの槌音が、それに呼応するかのように響いた。
こうして帝都アーウィンタールに、〈帝国馬事局〉が誕生した。
それは単なる娯楽ではなく、
――バハルス帝国が「他国の技術に頼らず立つ」ための最初の勝負だった。