オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン 第七試練区画 /*/
空気は重く湿っていた。
薄暗い部屋の中央――古びた石の台座に、一本の剣が突き立っている。
錆びついた刃、しかしどこか妖しく光を放っているようにも見える。
四人の訓練冒険者が慎重に進み出た。
若者、老人、弓使い、そして盾を構えた女戦士。
指導役の魔法士が背後で警告を発する。
「気を抜くな。ここは“十三英雄の遺跡”を模した試練だ。
仕掛けの一つや二つ、必ずある。」
だが、若者の目はもう台座の剣に釘付けだった。
その瞬間――彼の頭の中に、声が響いた。
――我は死剣スフィーズ。十三英雄の一人、暗黒の勇士が使いし剣なり。
思考を挟む間もなく、胸が熱くなった。
(死剣スフィーズ……四大暗黒剣の一つ……!? これを手に入れれば、俺は!)
誰もが同時に、それを「知ってしまった」。
老人も弓使いも、女戦士も――同じ名を頭に思い描き、同じ欲に突き動かされる。
若者がふらりと前へ出る。
仲間の誰も止めなかった。
その右手が剣の柄に触れると、台座の符が淡く光り、
空気が震えた。
――次の瞬間、地獄が始まった。
女戦士の眼が赤く光り、盾を投げ捨てて剣を抜いた。
弓使いは若者に矢を放ち、老人が魔法の詠唱を叫ぶ。
「その剣は……俺のものだッ!」
戦闘は狂気そのものだった。
それぞれが仲間を敵と見なし、殺し合いを始める。
血と汗が飛び散り、石畳が赤黒く染まる。
最後に残ったのは、剣を握った若者。
全身傷だらけで、震える手に“それ”を握りしめる。
彼の目は虚ろで、口の端から血が滴る。
「……す、スフィーズ……おれが……」
だが剣はただの木の棒だった。
ヒノキの香りが、血の臭いの中で妙に清々しく漂っていた。
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数時間後。
ダンジョンの封鎖が解除され、清掃班が現れる。
先頭の男――バニアラ班長が溜息をついた。
「また“死剣スフィーズ”部屋か。……本当に人気だな、ここは。」
彼の後ろには、無口な大男と、年老いた魔法士、そして若い補助員が控える。
死体が三つ、転がっていた。
その中央で、瀕死の若者がなおも“木の棒”を握っている。
老人が棒を拾い上げ、軽く鑑定符をかざす。
「……ヒノキ製。市場価格3銅貨。状態:使用者の血により著しく汚損。」
若い補助員が青ざめた顔で言う。
「でも、なんで……皆、“死剣スフィーズ”だって……」
バニアラ班長が肩をすくめた。
「呪いだ。見た瞬間に“それが偉大な武器である”と信じ込む。
実際はただのヒノキの棒。だが心に“確信”を植え付ける魔法は恐ろしいもんだ。」
無口な大男が黙って懐から布袋を取り出し、棒をそこに入れた。
彼の指には〈呪詛耐性の指輪〉が光っている。
清掃班には、これが全員に支給されている。
呪いを受けずに作業できる唯一の装備だ。
バニアラ班長は瀕死の若者を抱き起こし、淡々と言った。
「訓練用とはいえ、命がけだ。だがこれが現場の現実だ。
“鑑定もしてないのに頭に名前が浮かぶ”なんて不自然を疑えなきゃ、冒険者は務まらん。」
老人が魔法で回復符を展開し、若者の呼吸がかすかに戻る。
「……もう一度受けるかもしれんな。次は耐えられるか。」
バニアラ班長は苦笑し、部下に指示を出した。
「回収完了。次の班に通達しておけ。
“死剣スフィーズ”は、今日も健在だ。」
灯りが消え、静寂が戻る。
石の台座の上、再び一本の棒が突き立てられていた。
まるで、誰かが次に来る愚か者を待ち構えているかのように。