オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン 第八試練区画 /*/
通路の床に、赤い線が引かれていた。
その手前には立て札――白地に赤い文字で大きく書かれている。
「ここから先、武器の持ち込み禁止!」
脇には木製の箱が置かれ、“武器預け箱”と刻印された札がぶら下がっている。
剣や槍を持った冒険者たちが立ち止まり、顔を見合わせた。
「……訓練用とはいえ、禁止って書いてあるなら従うしかないな」
若い戦士が渋々剣を抜き、箱の中へ入れる。
仲間たちもそれに倣う。
だが、パーティの一人――盗賊風の男が苦笑した。
「訓練だぜ? 脅かしの張り紙くらいあるさ。俺は持ってく。」
彼はそう言って線を跨いだ。
――直後、通路の奥から金属を噛み砕くような音が響いた。
「……なんだ?」
奥の闇が動く。
姿を現したのは、鉄を歯で裂くように咀嚼する異形の獣。
金属の匂いに誘われ、粘つく舌が地を這う。
盗賊が反射的に短剣を構えた瞬間――その刃が獣の口に吸い込まれ、
ギリリ、と音を立てて飲み込まれた。
「な、何だこいつっ!? 剣を喰った!?」
仲間が素手で応戦しようとするが、拳を当てても硬い殻が砕けない。
獣の牙が閃き、金属鎧の戦士の肩を噛み砕く。
「うわああああああ!!」
悲鳴。血の匂い。
――訓練用とはいえ、ここは“実戦環境”だ。
魔導国式訓練ダンジョンの掟はひとつ。「死ぬ覚悟で挑め」。
金属の音と悲鳴が通路に響いた後、静寂が訪れた。
/*/
数時間後。
薄暗い通路を、ランタンを持った一団が進む。
黒い制服を着た清掃班――班長のバニアラ、若者、老人、そして無口な大男だ。
バニアラ班長が立て札の前でため息をつく。
「またやられたか。“武器持ち込み禁止”の部屋……こりゃしばらく増えそうだな。」
老人が辺りを見渡し、鑑定符を展開する。
「モンスター残滓、〈金属喰い〉種。対象の金属反応に引き寄せられる習性。
訓練区画ではレベル調整済みのはずだが……全滅か。」
若者が眉をひそめる。
「でも班長、線を越えなければ安全だったんですよね?
武器を置いた人は……」
「いた。だが、丸腰で戦えば当然負ける。」
バニアラは肩をすくめ、血の跡を辿りながら言った。
「この部屋の意図は“判断力の試験”だ。
どんな選択をしても命懸け。正解なんざ最初からない。」
無口な大男が無言で壁際の死体を持ち上げ、布に包む。
老人が淡々と続ける。
「つまり“命を賭けた選択を疑う力”を見る部屋ですな。
“ルールを信じるか”“疑うか”――それを問う訓練。」
若者が、赤い線を見下ろした。
鮮やかに塗られたその色は、訓練生の血と区別がつかない。
「……この線、わざと血の色にしてるんですか?」
バニアラが苦い笑みを浮かべる。
「多分な。『警告の意味を考えろ』ってことだ。
何でも素直に信じて突っ込んだら、冒険者じゃなくただの獲物だ。」
清掃班は無言で後処理を始めた。
血を拭き、破損した鎧を回収し、記録符に報告を刻む。
最後にバニアラ班長が立て札を見上げ、筆を走らせた。
> 【補足記録】
> 試練区画第八:死亡者四名。
> 原因――判断不能。試験意図達成。
> 備考:赤線の塗り替え要。
班長は軽く指を鳴らした。
「よし、撤収だ。……次の班、入れるぞ。」
灯りが遠ざかり、通路は再び静寂に包まれた。
ただ、赤い線だけが変わらず床を横切り、
次の“挑戦者”を静かに待ち構えていた。