オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル・黄金の輝き亭・1F酒場 /*/
夜の帳が降りはじめ、酒場のランプが暖かな光を放っていた。
木のカウンターには琥珀色の酒瓶が並び、冒険者たちの笑い声がそこかしこに響いている。
そんな喧噪の中、奥まったテーブルでジョンと蒼の薔薇の面々が向かい合っていた。
イビルアイはいつものようにフードを深くかぶり、ワインのグラスを弄んでいる。
ジョンがふと口を開いた。
「そういや、イビルアイって吸血鬼だったよな」
テーブルの上の空気が一瞬、張りつめた。
リーダーのラキュースが眉をひそめる。
「まあ、そうだけど……こんなところで口にするな」
ジョンは軽く手を振った。
「大丈夫だ。意識を逸らす魔法を使ってるから、周りの注意は引かないよ」
ガガーランが興味深そうに身を乗り出す。
「意識を逸らす? それはどういう魔法だ?」
ジョンはにやりと笑った。
「今度教えるよ」
そして視線をイビルアイに向ける。
「普通に吸血鬼になったんじゃないんだよな」
イビルアイはグラスを静かに置き、低く呟くように答えた。
「……まあ、そうだな。気が付いたら吸血鬼になっていた」
ジョンはしばらく考え込むように頷き、やがて言った。
「一回、うち――ナザリックで調べてみないか。どうしてイビルアイだけ吸血鬼になったのか。
ある意味で“助かった”のかもしれないし、何か分かるかもしれない」
その言葉に、蒼の薔薇の面々は一瞬、顔を見合わせる。
イビルアイはしばし沈黙の後、フードの奥で小さく笑った。
「……奇妙な提案だが、悪くないな」
/*/ エ・ランテル・黄金の輝き亭・1F酒場 /*/
木の壁を打つ笑い声と、ジョッキがぶつかる乾いた音。
暖炉の炎がゆらめくたび、影が床を滑り、夜は少しずつ深くなっていく。
ジョンは軽く指を鳴らした。
「じゃあ、ちょっと試してみようか」
イビルアイが眉を上げ、ラキュースが慎重な視線を送る。
「……まさか、この場でやるつもりか?」
「大丈夫だよ。危険はない。ただの魔法的な“気配の誘導”だ」
ジョンは掌を上に向け、静かに息を整えた。
魔力の流れが変わる。まるで空気そのものが、彼を中心に滑らかに回転するようだった。
「《意識偏向領域(ディストラクション・ゾーン)》――」
声とともに、周囲の空気がわずかに沈む。
だが、姿は消えていない。光も、音もそのまま。
ただ――
隣のテーブルの酔っ払いが、こちらを一瞬見たかと思うと、何事もなかったかのようにまた談笑に戻った。
給仕の少女も皿を持って近くを通り過ぎたが、ジョンたちの机には目もくれず、まるで“最初から誰も座っていなかった”かのように歩き去る。
「……今、気付いたか?」とジョン。
ガガーランが肩をすくめて答える。
「いや、なんも変わらねぇと思ったけど――確かに、誰もこっち見ねぇな」
ラキュースは息を呑んだ。
「……幻術ではない。光の屈折も、音の遮断もないのに……」
ジョンは笑った。
「そう。これは“隠す”魔法じゃない。“認識をずらす”魔法だ。
人は自分に関係のないものを、無意識に“背景”として処理する。
この魔法はその心理を利用して、対象を“いてもおかしくないもの”として周囲に馴染ませるんだ」
ジョンは机を指で軽く叩いた。
「例えば、今の俺たちは――この酒場に“普通にある家具の一部”。
テーブルと椅子と同じ。
声も届いているけど、誰の耳にも“酒場のざわめき”としてしか認識されない」
イビルアイがワインのグラスを持ち上げ、赤い液体を揺らした。
「……確かに。私たちを見ている者はいない。
だが、あなたの声も、私の声も……この空間に溶けているようだな」
「うん。これを使えば、戦場での奇襲や、密談も容易だ。
ただし、意識を逸らす“基準”を間違えると、逆に存在が異様に感じられることがある。
それがこの魔法の難点だ」
ラキュースは目を細めた。
「まるで、心の“盲点”を操る魔術……恐ろしいほど自然」
ジョンは軽く肩を竦める。
「便利だろ? でも悪用するなよ。
――こうして、気軽に吸血鬼の話ができるくらいだ」
イビルアイは小さく笑った。
「……確かに。これなら安心して秘密を語れそうだ」
魔法が解除されると、周囲の視線が再び彼らの存在を認識し始めた。
ほんの数秒で、給仕の少女が「お飲み物のおかわりをどうぞ」と声をかけてくる。
ジョンは軽く手を上げて断った。
「な? 自然だったろ」
ラキュースはグラスを傾けながら呟く。
「……“自然すぎる”のが一番恐ろしいわね」
/*/ ナザリック地下大墳墓 実験層・解析棟 /*/
冷たい金属の台の上に、イビルアイが静かに横たわっていた。
黄金の髪が流れるように広がり、魔力遮断結界の淡い光に照らされている。
フードを脱いだ姿は、まるで時が止まったかのように幼い。
呼吸はなく、心拍もない。
だがその胸の奥――魂だけが、微かに熱を持って震えていた。
ジョンは魔導計測器の針を見つめながら、ぐりもあに確認する。
「生体反応はゼロだが……魂波が二重になってるな。これが噂の“常時発動状態”か」
ぐりもあは頷き、浮遊する魔術式を指でなぞる。
「間違いないですね。これは《始原の魔法》系統の干渉波。
“吸収”と“再生”が同時に起きてる。
どうやら彼女の身体そのものが、キュアイーリムの魔法を一部演算し続けているんです」
ジョンは腕を組み、イビルアイの額に視線を落とす。
「つまり、自分が吸血鬼でいられるのは、常にその魔法を再演してるからか。
……無意識に発動し続けてるなら、下手に止めることもできないな」
ぐりもあが淡く笑う。
「そうなんですよね。止めた瞬間に“再現していた魂喰らい”の構造が崩壊して――」
「――知性を失ったゾンビになる」ジョンが言葉を継いだ。
分析室に沈黙が落ちる。
光の魔法陣が静かに脈動し、イビルアイの金髪を照らす。
その髪の色は、今も人間だった頃のままだ。
ジョンは小さく息を吐いた。
「……皮肉だな。才能が、本人を縛ってる」
イビルアイが薄く目を開ける。
紅い瞳がゆらりと光を宿し、声が漏れた。
「……まるで、呪いみたいでしょう?」
「呪いというより、支えだ」ジョンは穏やかに言った。
「ただ、それが同時に“命綱”でもある。
タレントを再使用したら、今の魔法が消える――つまり、自分を殺すことになる」
イビルアイは小さく笑う。
「ええ。分かっているわ。
私が魔法を覚えるたびに……“もう一度、生きた人間に戻れるかもしれない”と、一瞬思うの。でも、それをした瞬間、私はただの屍になる。だからもう、二度と使わない」
ジョンは真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「制御の根本を変えられれば、助かるかもしれない。
キュアイーリムの魔法の演算を外部装置に移せれば、常時発動を停止しても魂を維持できる」
ぐりもあが即座に首を振る。
「でも、それはほとんど神の領域ですよ。『始原の魔法』は、現代の術式とは根本構造が違う」
ジョンはにやりと笑った。
「だからこそ、やる価値がある」
イビルアイはしばし沈黙し、やがてそっと目を閉じた。
「……私を研究対象にしてもいいの?」
「命が繋がる可能性があるなら、どんな手でも使う。
君がこのまま、永遠に“吸血鬼という檻”の中で苦しむのは見てられない」
イビルアイの唇がわずかに動く。
「……ありがとう。けど……忘れないで。
私は、もう人間には戻れない。
あの夜、父と母の魂を――私が、喰らったのだから」
一瞬、ジョンの表情に影が走る。
だがすぐに柔らかな声で言った。
「それでも、お前の魂は今も震えてる。完全な“死”じゃない。
――なら、まだ救える」
ぐりもあが魔力測定器を調整しながら呟く。
「解析完了まであと二時間。ジョンさん、徹夜ですね」
「構わないよ。眠るより、面白い夜だ」
魔法陣の光が再び強くなり、
イビルアイの金髪がわずかに揺れる。
ナザリックの奥深く――静寂の中で、
人と吸血鬼の“境界”を探る実験が、今、始まった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 実験層・解析棟 続 /*/
ジョンは計測器の針を見つめながら、静かに言った。
「……つまり、いまのイビルアイは、自分のタレントを“命綱”にして吸血鬼でい続けてる。
なら、命綱そのものを別のものに変えてしまえばいい」
ぐりもあが顔を上げる。
「別のもの?」
解析儀式が一段落した頃、ジョンはイビルアイの傍に立っていた。
彼の掌には、大小さまざまな宝珠が光を放ちながら浮かんでいる。
「――さっきの話の続きだが、もう一つの方法を試そうと思う」
ジョンが軽く手をひねると、宝珠がふわりと宙に並ぶ。
それぞれが異なる色と気配を放っていた。
赤――《ヴァンパイア・クリスタル》。
蒼――《リカントロピア・コア》。
黒――《デス・ナイト・ジェム》。
白――《ハーフ・スペクター・オーブ》。
「全部、ユグドラシル時代の“異形種族進化アイテム”だ。
使えば即座に種族が再定義され、魂の所属が固定される。
これを使えば、君のタレントが消えても魂は抜け落ちない」
イビルアイがゆっくりと視線を上げる。
「……つまり、“今の私”という存在を一度壊して、新たに作り直すのね?」
「そうだ。
だが、今回は“上書き”じゃない。
魂の構造はそのままに、存在の“分類”をシステム的に変換する。
要するに――吸血鬼の枠を、ユグドラシルの理で再定義する」
ジョンは赤い宝珠を指でつまみ、光を走らせた。
「この赤いのが、吸血鬼用。
君が今の姿を保ちたいなら、これが最も自然だ。
肉体的特徴も維持されるし、夜間強化や血液摂取の条件もそのまま残る」
次に、蒼い宝珠を持ち上げる。
「これはリカントロピア・コア――人狼型。
純粋な肉体強化と再生力を得られる。
太陽光の制限もないが、魔力親和性がやや落ちる。
戦士向けの選択だな」
黒い宝珠は、低く不気味な唸りを放つ。
「デスナイト・ジェム。
これはアンデッドとしての精神安定性が高い。
だが“死霊支配”に近い波動を持つから、お前の精神が闇に引きずられる恐れがある。
不死としては安定してるが、感情の鈍化が進むだろう」
最後に、白い宝珠が淡く浮かぶ。
「ハーフ・スペクター・オーブ。
これは半霊体化。物理的肉体の負担がなく、魂を直接この世に固定する形態。
感情の揺らぎが強い者には向かないが……もし“眠りたい”なら、これも選択肢だ」
ジョンは四つの宝珠を並べ、イビルアイの前に置いた。
「――どれも一長一短だ。
だけどどれを選んでも、“命綱”はお前自身の魂になる。
もう、誰かの魔法に縛られることはない」
沈黙が満ちる。
イビルアイは視線を下げ、光る宝珠たちを見つめた。
彼女の瞳に、かすかに迷いが宿る。
「……吸血鬼の私には、たしかに“利便”はある。
でもそれは、私が奪った命の上にあるもの。
人狼になれば、人の血を吸わずに済むかもしれない」
ジョンは腕を組み、静かに言った。
「吸血鬼であることを恥じる必要はない。
君が誰かを喰らうのは、本能じゃなく、選択だ。
でも――変わることで、自分を“赦せる”なら、それもいい」
ぐりもあが端末越しに声をかけた。
「ただし注意してください。変異系アイテムは一度使えば二度と戻せません。
魂の形が新しい種族定義に合わせて再構成されます」
イビルアイは小さく頷く。
「分かってる。……でも、もうずっと、壊れかけた魔法を維持しながら生きるのは疲れた。
“終わりたくない”けど、“このまま”でもいたくない」
ジョンは少し笑った。
「なら、選べ。お前がどう在りたいかだ」
長い沈黙のあと――イビルアイは赤い宝珠と蒼い宝珠の間で、指先を止めた。
「……どちらも“生”の形だな」
そして、彼女はゆっくりと赤の宝珠を掴んだ。
「私は――“罪を背負ったままの吸血鬼”として、生きてみる。
でも今度は、誰の魔法にも縛られず、私の意志で」
ジョンが頷き、魔法陣を起動させる。
「よし、始めるぞ。魂の再定義を行う。タレントは一度完全に停止する。
……死にかけても、引き戻す」
光が広がり、宝珠が砕けた。
赤い霧がイビルアイを包み込み、室内の魔力が一瞬、吸い込まれる。
魂の軌跡がひとつにまとまり、波動が安定する。
計測器の針が静かに揺れ、ジョンは呟いた。
「……成功。
――イビルアイ、君はもう“自分自身の吸血鬼”だ」
イビルアイはゆっくり目を開ける。
金の髪が微かに輝き、紅の瞳が夜明けのように光を宿した。
「……不思議。
あの時と同じ姿なのに、心だけが軽い。
この身体、今度こそ私のものね」
ジョンは穏やかに笑った。
「ああ。ようこそ、もう一度――生者の世界へ」
/*/ ナザリック地下大墳墓 実験層・解析棟 /*/
儀式の余光がまだ床を照らしていた。
イビルアイはしばらく沈黙したのち、ゆっくりと立ち上がる。
新しい“生命”の波動が、静かに体内を巡っていた。
ジョンが端末に表示された数値を確認して頷く。
「魂の波形も安定してる。もう、崩壊の危険はない。……よく耐えたな」
イビルアイは少し笑みを浮かべた。
「ええ。ありがとう、ジョン様。――でも、これで終わりじゃないわ」
ジョンが片眉を上げる。
「まだ続きがあるって顔だな」
イビルアイは魔力結晶の前に立ち、掌をそっとかざした。
「私のタレントに、あの“始原の魔法”が残っている。
キュアイーリムが使った、魂を喰らい、死を支配するあの呪い。
あれが、私を吸血鬼にした源……」
彼女の声は静かだったが、熱があった。
「――それを研究したいの。私自身の中に閉じ込めておくんじゃなく、外に出して解析したい。
そうすれば、“始原の魔法”の原理の一端に触れられるかもしれない」
ジョンは腕を組み、しばらく考えた。
「なるほど。タレントのストック部分を“抽出”するか……。
ただし、それは魂の一部を切り離す行為に近い。下手をすれば、精神に欠損が出る」
ぐりもあが補足するように言葉を挟む。
「タレントは魂のスロットに近い構造ですからね。
取り出すには、魂そのものを解析可能な媒体に変換する必要がある。
――具体的には、“魂写しの器”」
ジョンが頷く。
「昔、モモンガさんが使った《ソウル・バインダー》が倉庫にあるはずだ。
魂をデータ化して封じ込める試作のアーティファクトだ。
それを使えば、タレントに保存された“始原の魔法”だけを外部へ抽出できるかもしれない」
イビルアイが目を輝かせる。
「できるのね……!」
ジョンは手を上げ、釘を刺すように言った。
「ただし、危険だ。お前の魂に残っているその魔法は、未だ“動いている”状態にある。
抜き出せば、誰かの魂を餌に再起動する可能性がある」
ぐりもあが端末を操作しながら言う。
「再起動すれば、最悪の場合――研究棟全体がゾンビ製造場になりますね」
イビルアイは笑った。
「なら、ちゃんと封印環境を作ってから取り出せばいい。
――ねえジョン様、あなたの力を貸してくれる?」
ジョンは苦笑した。
「断る理由がないな。俺も“始原の魔法”の正体には興味がある。
〈創造主の記録〉を超える術式なら、ナザリックにとっても有用だ」
イビルアイが嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。
……あの夜に喰らったものが、何だったのか。
それを知らずに、私はずっと“生きている”とは言えなかったから」
ジョンは静かに笑う。
「じゃあ決まりだ。
明日、ソウル・バインダーを取り寄せる。
お前の魂から、“始原の魔法”を――安全に、外の世界へ引きずり出そう」
ぐりもあが興奮気味に言った。
「“始原の魔法”の解析が進めば、魂工学と魔法理論の融合が進みますね……!
ジョンさん、また夜通しになりそうですよ!」
ジョンは溜息をつきながら、机の端に腰を下ろした。
「いいさ。
この夜は、長くなりそうだ」
イビルアイは微笑み、魔法陣の中心に歩み出る。
その金の髪がゆらりと揺れた。
彼女の瞳には、恐怖ではなく、確かな決意の光が宿っていた。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第七実験層・魔魂解析棟 /*/
白磁の床に刻まれた多重魔法陣が、静かに輝きを放っていた。
その中心に、黒曜石の台座――《ソウル・バインダー》が鎮座している。
金属と骨の混成構造で形づくられたその装置は、まるで生きているように低く脈動していた。
ジョンとぐりもあが結界の調整を行い、イビルアイが魔法陣の中心に立つ。
彼女の姿は以前よりも透明感を帯び、赤い瞳の奥に不安と決意が揺れていた。
ジョンが確認をとる。
「いいか? 始原の魔法をタレント領域から引き抜く。
魂構造の一部が剥がれる可能性がある。耐えられそうか?」
イビルアイは小さく笑う。
「私は二百五十年も死の縁を渡り続けたのよ。今さら少し削れたくらいで死にはしないわ」
ジョンは満足げに頷き、制御符を握った。
「よし。ぐりもあ、補助魔法展開」
「了解。エネルギー流束安定、魔力脈動レベル2……開始します」
淡い音が響き、床の魔法陣が次第に赤黒く変化していく。
《ソウル・バインダー》の中央に、イビルアイの魂波が光糸として流れ込み始めた。
やがて、イビルアイの胸元から淡い光が滲み出る。
それはまるで“炎を反転させたような”冷たい輝き――魂の断片。
ジョンが集中の声を上げる。
「……来るぞ、始原系の波動だ。構造式が……読めない、翻訳不能コードか」
ぐりもあが端末を覗き込みながら呻く。
「魔力層が重なりすぎてる! 多層干渉、五重以上! ――ジョンさん、制御限界です!」
次の瞬間、《ソウル・バインダー》の内部で黒い光が炸裂した。
金属の軋むような悲鳴と共に、制御陣がひとつ焼き切れる。
イビルアイが息を呑む。
「これは……私の中でずっと、回っていた“死の魔法”……!」
ジョンは即座に判断した。
「完全分離成功。だが――自動起動式だ! 外界魔力を吸収して起動を始めている!」
装置の内部で、暗黒の紋章が蠢いた。
空気が歪み、解析棟の明かりが一瞬、暗転する。
「ぐりもあ、抑制魔法は無理だ! 波動が古すぎる!」
「じゃあ――止めるしかないですね!」
ぐりもあが右手をかざす。
彼女の瞳に淡い光が灯り、空間全体に時間の膜が展開した。
「〈時間停止(タイム・フリーズ)〉!」
世界が、一瞬で凍りついた。
暴走しかけた始原の魔法の光は、そのまま宙で静止し、黒い炎のように固まる。
結界の光だけがゆっくりと脈動を続けていた。
ぐりもあが息を吐く。
「……ふぅ。ギリギリでしたね」
ジョンは額の汗を拭いながら、封印装置を確認した。
「時間停止状態に固定。発動核を凍結して保存できた。
だが解除すれば即発動だ。研究するには、時間結界内で解析するしかない」
イビルアイはゆっくりと歩み寄り、静止した黒い光を見つめた。
それはまるで、凝固した夜そのものだった。
「……これが、私の中にあった“始原の魔法”。
二百五十年間、私を動かしていた呪い……」
ジョンは肩をすくめた。
「よく言うぜ。呪いじゃなく、燃料だ。
だがこの状態だと、解析にはナザリックの“時間層実験室”が必要になる。
外じゃ再現できない。……つまり――」
イビルアイは苦笑する。
「つまり、私が研究するには、ここに通うしかないのね」
ぐりもあがニヤリと笑う。
「まあ、宿泊費は要りませんし、食事も不要ですし? 研究者としては理想の環境ですよ」
イビルアイは静かに笑い、冷たい光を見つめた。
「なら、ここで学ばせてもらうわ。
この力の正体を、必ず――解き明かしてみせる」
ジョンは軽く頷き、結界を閉じながら言った。
「歓迎するよ、キーノ・イビルアイ。
今日からお前は――ナザリック魔魂研究班の正式メンバーだ」
実験室の光が消え、凍結された“始原の魔法”が、
静かに――永遠の瞬間の中に眠り続けた。