オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン 第十試練区画 /*/
広間の中央には、地割れのように大きな亀裂が走っていた。
幅はおよそ十メートル、深さは見えない。
底から吹き上がる風が、遠くのどこかへ通じることを示していた。
天井からは一本のロープが垂れている。
亀裂の反対側まで伸びる長さで、見るからに「ここを使って渡れ」と言わんばかり。
試練を受ける冒険者たちは、その場で顔を見合わせた。
「……どう見ても、ターザン・ジャンプ用だな」
「本当に安全か? 罠じゃないのか?」
先頭の戦士が慎重にロープを引っ張る。
びくともしない。
天井のフックもしっかりしているように見える。
「よし、俺がいく。」
彼は軽く走り出し、勢いをつけてロープを掴んだ。
――空中を飛ぶ一瞬、仲間たちは歓声を上げた。
だがその直後、カチリと金属音が響いた。
天井の奥で何かが動いた。
フックを固定していたリールが、慣性に負けて回転を始める。
ロープが「シュルシュル」と伸び――
「お、おい、ロープが――!」
男の身体が弧を描き、そのまま勢いよく亀裂の壁面に激突した。
鈍い音が響く。ロープは完全に緩み、男の身体が闇の底へ吸い込まれていった。
残された仲間たちは、顔を青ざめさせた。
「嘘だろ……引っ張った時は頑丈だったじゃないか!」
「たぶん……慣性でフックが外れる構造だ。振り子の加速でトリガーが動作するように作られてる……」
沈黙。
訓練とはいえ、心臓を握られるような緊張が残る。
残りの者たちは亀裂の脇を慎重に探索し、時間をかけて別の通路を見つけ出して進んだ。
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数時間後。
通路の入口から清掃班が現れる。
「……また“ロープ渡り”の部屋か。」
バニアラ班長が懐中ランタンを掲げ、天井のフックを見上げた。
リールが回転しきった状態で止まり、ロープは中途半端に垂れ下がっている。
若者が眉をひそめる。
「この構造、えげつないですね。触っただけじゃ分からない仕掛けだ。」
老人が杖で床を突きながら頷く。
「静止荷重には耐えるが、動的荷重に反応してフックを外す。
“確認では安全”に見えるよう設計されている……心理的な罠だ。」
無口な大男が黙ってロープを引き上げ、巻き取り装置を手際よく修理する。
班長は下の闇を覗き込み、淡々と記録符を開いた。
「死体一、落下地点二十五メートル下。即死。回収後、遺品はギルド経由。
ロープ装置は訓練仕様に復元、フック摩耗なし。」
若者がため息をつく。
「……この部屋、“一人は必ず死ぬ”って噂、ほんとだったんですね。」
バニアラ班長は短く笑った。
「試練に“正解”なんかないさ。
命を賭けてでも、疑う勇気があるかどうか――それを見てるんだ。」
老人が静かに呟く。
「冒険者の資質とは、危険を見抜く直感より、“疑問を口にできる冷静さ”ですな。」
「そういうこった。」
バニアラは軽く指を鳴らし、修復装置を作動させた。
リールが巻き戻り、ロープが天井へと吸い込まれていく。
最後に「カチリ」と、フックが元の位置に固定された。
――何事もなかったかのように。
砂岩の壁に再び沈黙が満ちる。
だが、そこに垂れ下がるロープは次の挑戦者を待っている。
掴んだ瞬間に運命を分かつ、“訓練という名の罠”として。