オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・ジョンの私室 /*/
薄金色の灯火が揺れる書斎。
テーブルの上には、カルネ・ダーシュ村から届いた薬草と報告書、そして小さな鉢植え。
その鉢には、ネム・エモットが育てた"ミルル草"の白い花が咲いていた。
ジョンがそれを眺めていると、転移陣の光が淡く揺らぐ。
黒いローブの魔導王――モモンガが現れた。
「おや、珍しいですね。師匠自ら机に花とは。まさか恋でも?」
ジョンは苦笑した。
「弟子の贈り物だ。ネムが咲かせた花だよ。気功で植物の命を引き出したそうだ」
「ネム……ああ、エンリの妹さんですか。なるほど、あの子は純粋ですね。
……うちの部下にもああいう"若さ"が欲しいものです。私のところ、骨と布とスライムしかいませんからね」
骸骨の顔に笑いの影を宿しながら、モモンガが溜息をつく。
「いや、本当に。ジョンさんのところは弟子が若くて良いですね。
ネムちゃんとか良い子だから、スケルトン・ウォリアー召喚とか教えてあげたかった!」
ジョンは椅子からずり落ちそうになった。
「おい待て。少女に何を教える気だ。そんなもん教えたら、村中泣くぞ」
「でも、戦力には――」
「そうやってなんでもアンデッドにするから、仕事が増えるんだよ!」
モモンガの指が止まる。
ジョンは続けた。
「アンデッド作るのも、維持も管理も全部モモンガさんが抱えてるだろ?
そりゃ仕事減らねぇよ。もう少し、生者に任せろって」
「……しかし、生者は休みますし、寝ますし、食べますし」
「それが生きるってことだ。モモンガさんも少し休め。骸骨でも気は使うだろ」
「ふむ……私が休むと、いろいろと回らなくなりましてね……」
モモンガが肩をすくめる。
「アルベドはすぐ"至高の御方はお疲れでは!"って騒ぎますし、
デミウルゴスは"では私が仕事をすべて引き受けます"と笑顔で地獄を広げるし……」
「どっちにしても地獄だな」
ジョンはお茶を置き、顎に手を当てる。
「モモンガさんは真面目すぎる。全部抱え込むな。生きても死んでも、そういう性分は疲れる」
モモンガは少しの沈黙の後、花に目を向けた。
「……それにしても、いい香りですね。その子が咲かせたのですか」
「ああ。気功で花を"開かせた"。人でも草でも、命の流れは同じらしい」
モモンガは指先で花びらをそっと撫でる――触れたはずのない骨の手が、微かに光を返した。
「……死者の王が、命を羨ましいと思うとは、皮肉ですね」
ジョンは笑った。
「羨むのは悪くない。お前が命を尊ぶから、アンデッドも秩序を持てる。
死者の国を支える王なら、それで十分だろ」
モモンガは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「……そう言われると、救われますね。では、彼女への贈り物を考えましょうか。
あの子に"光らない安全なスケルトン"でも――」
「だからやめろっつってんだろうが!!!」
ジョンの叫びに、ナザリックの静寂が震えた。
数秒後――
モモンガは笑いながらローブの裾を翻し、転移の光の中へ消えていった。
「冗談ですよ。……たぶん」
残されたジョンは溜息をつき、花を見た。
「まったく。死の王と生の弟子、どっちの面倒見てんだか分からん」
だが、笑みは自然に浮かんでいた。
その花弁は静かに揺れ、まるで"命の側"から彼を労うように香った。
/*/ カルネ・ダーシュ村・東の風原 /*/
朝の空気が澄み渡り、露を纏った草が光を跳ね返していた。
その中を、ネムがスキップしていた。
「ふふっ……♪ ふんふん~♪」
彼女の声が、風に乗る。
その音が響くたびに、足元の草がさわりと揺れ、風が彼女のリズムに合わせて走り出す。
――気功と歌によって、外気を操る術。
それを、ジョンから「遊ぶように使っていい」と教わったのだ。
最初はただの風だった。
だが次第に、風が彼女の呼吸に同調し始める。
歌えば風が吹き、跳ねれば風が踊る。
ネムは笑顔で空を見上げた。
「気持ちいい……!」
そのままスキップが駆け足に変わる。
駆けるたびに風が集まり、歌声が弾けるたびに速度が上がる。
風がネムの髪を撫で、スカートをはためかせ、頬を通り抜ける。
やがて彼女の身体は、風と完全に同調した。
草原の上に、ひとすじの音の軌跡。
ネムは風を切り裂き、地を蹴るたびに空気が爆ぜる。
「ふ、ふんっ……♪」
声が伸びる。
風が応える。
まるで世界が、彼女のテンポで動いていた。
――軽い。身体が。
――もっと速く、もっと遠くまで。
ネムの心にそんな衝動が生まれる。
気づけば、視界の端に村が小さく見えていた。
「えっ……こんなに走って……!?」
けれど止まれない。
風が彼女を押し、気が踊り、世界が楽しくて仕方がない。
まるで、駆けることそのものが歌になったかのようだった。
風の道を走り抜けるネムの姿は、まるで神話の精霊。
あるいは――ウマ娘のサイレンススズカのように、静かに、そして誰よりも速く。
遠く、丘の上からジョンとルプスレギナがその姿を見ていた。
「ジョン様ぁ、ネムちゃんめっちゃ速いっすよ!?!」
「……あー、完全に"乗ってる"な。風と一体化したか」
「これ、止まれないパターンじゃ?」
「だろうな。……ま、あれはそれでいい」
ジョンは穏やかに笑う。
「風を学ぶ者は、一度"世界を忘れて走る"必要があるんだろ。
その瞬間に、自分の風を掴むんだ」
「でも、あのまま行ったら森どころか山越えちゃうっすよ?」
「……まあ、帰ってくるだろ。スズカもそうだったし」
「スズカ?」
「別の世界の"風を走る娘"さ」
ふたりの視線の先――
ネムは空気の層を踏み、丘の向こうへと消えていった。
その軌跡は淡く光り、やがて風に溶けて消えた。
……その後、三刻ほど経って、
村の反対側から「ただいま~!」と笑いながら戻ってきたネムを見て、
ルプスレギナは本気で腰を抜かしたという。