オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル冒険者訓練ダンジョン 蘇生区画・簡易休憩室 /*/
青白い灯り石の下、若い冒険者たちが並んで座っていた。
蘇生魔法の後に流し込まれた生命力のせいで、全身がまだじんじんと痛む。
息を吸うたびに胸の奥が灼けるようで、指先が自分のものではないような感覚が続いている。
壁際では神官が帳簿に羽根ペンを走らせていた。
彼女の手元には、淡く光る〈蘇生記録札〉が並んでいる。
そこには、彼らがどの階層で死に、どんな原因で命を落としたかが、冷たく正確に記されていた。
「――はい、これで全員、生還っと」
神官は無表情のままペンを置いた。
「ただし、次の挑戦には“精神安定観察期間”を置くこと。三日間、地上待機です」
その声に、パーティの誰も返事をしなかった。
沈黙。
ただ、誰もが誰かを睨んでいた。
やがて、剣士が低く呟いた。
「……お前のせいだよな」
「俺!?」盗賊が目を見開く。
「お前が合図もなく突っ込んだからだろ!」
「合図待ってたらスケルトンが押し寄せてたじゃねぇか!」
「でも罠が作動したのはお前が壁に触ったからだろ!」
「いや、最初に火球撃ったのは魔法使いだろが!」
「はぁ!? 確認くらいしたって言ったじゃん!」
怒鳴り声と責任の押し付け合いが、狭い部屋に響く。
僧侶が止めようと両手を広げたが、誰も耳を貸さなかった。
“死の恐怖”を共有したはずの彼らの絆は、たった数分で音を立てて崩れていく。
「もうやってられねぇ!」
剣士が椅子を蹴って立ち上がり、荷物を乱暴にまとめる。
「俺は抜ける!」
「勝手にしろ!」
「お前のほうがいらねぇんだよ!」
「は? 俺がいなきゃ扉も開けられねぇくせに!」
罵声。
椅子が倒れる音。
魔法使いが泣き出し、僧侶が頭を抱える。
やがて、剣士が部屋を出ていき、盗賊もそれを追った。
残されたのは、言葉を失った二人だけ。
冷たい風が蘇生魔法の残滓を揺らした。
神官は何も言わず、帳簿に新たな一行を加えた。
《パーティ〈鋼の燕〉 第三層訓練にて死亡・再生 内部不和により解散》
羽根ペンが乾いた音を立てる。
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数日後。
エ・ランテル冒険者組合の掲示板には、新しい張り紙が貼られていた。
《剣士募集・罠対策経験者希望》
《神官・魔法使い求む・再挑戦パーティ》
《元“鋼の燕”メンバーです 一緒にリベンジしませんか?》
――こうした紙は、いつも数日で消える。
同じような顔ぶれが、少しだけ編成を変えて再挑戦に向かうからだ。
そしてまた、ダンジョンのどこかで罠が作動する。
崩落。毒霧。落とし穴。
断末魔の叫び。
訓練ダンジョンの記録板には、無機質な文字が追加される。
《第六層・全滅》
《第五層・毒ガスによる死亡》
《第三層・扉圧死》
それはまるで、街の成長のために必要な“統計”のようだった。
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清掃班詰所。
バニアラ班長は記録板を見ながら、深く息を吐いた。
「結局ね……どの罠も、人の心のほうが脆いんだよ」
老人が笑う。
「反省しねぇ奴は死ぬ。けど、許せねぇ奴も死ぬ。
結局、生き残るのは“反省して、許す”連中だけだ」
若者が手を止めて振り向く。
「そんなの、訓練で学ぶことかね?」
「学ぶさ」
バニアラは淡々と返す。
「ここは“罠のダンジョン”じゃない。“心を試すダンジョン”なんだよ」
大男が無言で頷き、黙々と使い古した布を洗っていた。
血の色が水面に広がり、やがて透明に戻る。
バニアラは記録板を閉じ、外の薄明かりを見つめた。
「次の組が来る。罠はもう整備済み?」
「完了っす」若者が答える。
「なら、今日も仕事だね」
静かな通路に足音が消えていく。
その先では、また新しいパーティが、同じ罠に挑む準備をしていた。
そしてダンジョンは、何事もなかったかのように冒険者たちを迎え入れる。
許し合う者は進み、責め合う者は潰える。
それが、この街の“教育”という名の現実だった。
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