オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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流石に5~6年経ってるよね

 

 

/*/ カルネ=ダーシュ村・村長屋敷の縁側 夕暮れ /*/

 

 

西の森が朱に染まり、蝉の声が静かに途切れていく。

縁側では、湯気の立つ茶碗を前にして、エンリとジョンが並んで座っていた。

 

「ネムも年頃になってきたから、そろそろ良い人を探してあげたいと思ってるんですけどね……」

エンリは少し困ったように微笑む。

「最近、休みになると朝から駆け出して、夜になっても帰ってこないんです。

 心配で仕方がなくて。」

 

ジョンは茶をひと口すすり、ゆっくりと頷いた。

「もうそんな年かぁ……早いもんだなぁ。

 この前までエンリの後ろをついて、畑で虫捕まえてたのに。」

 

「本当に……。

 でもあの子、どこまで行ってるのか分からないんです。

 この間なんて、リザードマンさんたちの集落に繋がる街道が

 倒木で塞がれてるって教えてくれたんですよ。

 でもその場所、普通なら片道でも数日掛かる距離で……」

 

ジョンは目を丸くして笑った。

「ああ、なるほど。あそこまで行ってるのか。」

 

「え?」

 

「今のネムだと、1日あれば半径200キロくらいは往復できる距離だからな。」

 

エンリはぽかんと口を開けた。

「に、二百キロ……?!」

 

「そうそう。

 世界の“力”を取り込みながら走ってるから疲れないんだ。

 ただの移動じゃなくて、“歌”で風や大地と呼吸を合わせてる。

 いわば、世界のリズムと一体になって走ってるんだよ。」

 

「そんなこと……普通の人に出来るんですか?」

 

「いや、普通は無理だ。」

ジョンは柔らかく笑った。

「同じ技を学んでも、あそこまで自然と調和できる奴は滅多にいない。

 たぶん、ネムには“世界に愛される素質”があるんだな。」

 

「世界に、愛される……」

エンリはその言葉を反芻するように呟き、

少しだけ肩の力を抜いた。

 

「そう聞くと、少し安心します。」

 

「安心していいさ。

 ネムは危険を感知する力も育ってる。

 “危ない”と思ったら、本能的に避けるはずだ。」

 

ジョンは茶を飲み干し、空を仰ぐ。

夕焼けの中に、淡い風が流れていた。

 

「それに……あの子の走り方は、もう修行じゃない。

 “楽しくて走ってる”んだ。

 そのうちは、止める理由なんてねぇさ。」

 

エンリは少し笑って、膝の上で手を組んだ。

「……そうですね。あの子、昔から笑いながら走ってました。

 ――でも、まさか世界の端まで行ってたなんて。」

 

「はは、まあ、そのうち帰ってきて、

 “お姉ちゃん、こっちにも村ができてたよ!”なんて報告するさ。」

 

「ふふ……ほんとに、あの子らしい。」

 

縁側を吹き抜ける風が、どこか遠くの森の匂いを運んできた。

その香りにエンリは気づく。――ああ、ネムが今、どこかを駆けているのだと。

 

ジョンは穏やかに笑いながら、茶碗を置いた。

「……あの子は、もう“世界の風”と友達になってるんだよ。」

 

そして夕焼けの中、二人は静かに空を眺めていた。

風は優しく吹き抜け、どこか遠くで、

ネムの歌声のような風の旋律が聞こえた気がした。

 

 

/*/ カルネ=ダーシュ村・村長屋敷の縁側 宵の口 /*/

 

 

風鈴が涼やかに鳴り、遠くで蛙の声が響いている。

軒先に吊されたランタンの灯が、ゆらゆらと二人の影を畳に落とした。

 

ジョンは湯飲みを片手に、ふと口の端を上げた。

 

「……それにしても、稀有な才能だよな。あの子。」

軽く頷きながら、茶をひと口。

「ナザリックで研究したいくらいだ。」

 

「ダメですよ。」

エンリの返答は、間髪を入れず、きっぱりとしていた。

 

ジョンは思わず苦笑した。

「おー、反射で言ったな。」

 

「ネムを研究とか、実験とか、そういうのに巻き込むのは絶対ダメです。」

エンリの目は真剣だった。

「……あの子は走るのが好きなだけなんです。

 それを“能力”とか“才能”とか言われると、なんだか……遠くに行ってしまうみたいで。」

 

ジョンは静かに湯飲みを置き、頷いた。

「わかってるさ。

 あの子は“自然”そのものと一緒に生きてる。

 分析したり、分解したりした瞬間に壊れちまう関係だ。」

 

エンリの表情が少し和らぐ。

「……ありがとうございます。」

 

「でもなぁ――」

ジョンは目を細めて、夜空を仰いだ。

「ネムなぁ……あの走り回ってるのに理解のある彼くんがいるのかねぇ。」

 

「それなんですよねぇ……」

エンリは頬に手を当てて、心底困ったようにため息をついた。

 

「気づいたらもう夜になってるんですよ。

 朝に出かけたと思ったら、日が沈むまで戻ってこない。

 『風と遊んでた』なんて言うけど、あんなの理解できる人、そうそういませんよ。」

 

ジョンは笑った。

「そりゃ、ちょっとやそっとの男じゃ無理だな。

 “走る女神”に釣り合うには、それこそ一緒に世界の果てまで走れるような奴じゃないと。」

 

「そんな人、いますかねぇ……」

エンリの声には、呆れと母の心配が入り混じっていた。

 

ジョンは腕を組み、少しだけ真面目な顔になった。

「……もしいないなら、育てりゃいい。

 ネムの“走り”を止められるんじゃなくて、

 “隣を走れる”ような奴を、な。」

 

エンリは思わず笑ってしまう。

「ジョン様、それって……相当大変ですよ?」

 

「ま、だからこそ面白い。」

ジョンは悪戯っぽく笑い、

「そういう無茶な恋こそ、見てて楽しいんだよ。」と付け足した。

 

縁側に夜風が通り抜け、ランタンの火がふっと揺れる。

その灯が、遠くの野道を走る誰かの足音のように、静かに瞬いた。

 

 

/*/ カルネ=ダーシュ村・夕暮れ /*/

 

 

山の端に陽が沈み、畑の向こうから虫の声が一斉に鳴き始めた。

柔らかな夕風に乗って、軽い足音が近づいてくる。

 

ジョンは村道に立ち、目を細めた。

「……帰ってきたな。」

 

遠くの木立を抜けて、ひとりの少女が駆けてくる。

スカートの裾をひるがえしながら、風と笑顔をまとって。

 

「お姉ちゃん( ´ ▽ ` )ノ タダイマァ!」

 

縁側に立っていたエンリが、胸をなでおろして駆け寄った。

「もう、ネム。心配したわよ。

 せめて明るいうちに帰ってきてって言ったでしょう?」

 

「うん、明るいうちに帰ろうと思ったんだけど……」

ネムはぺこりと頭を下げ、息を整える。

「思ったより遠くに行っちゃって。風が気持ちよくて、つい。」

 

エンリは呆れたように笑いながらも、その頬は緩んでいた。

ジョンは二人を見て、肩をすくめる。

 

「しょうがねぇな。」

 

そう言って、手を軽く掲げる。

魔法陣が青白く浮かび、そこから月光をまとった狼が姿を現した。

その毛並みは淡く輝き、瞳は夜空の星のように澄んでいる。

 

「こいつをネムに預ける。」

ジョンの声は穏やかだが、どこか厳かでもあった。

「“ムーン・ウルフ”だ。俺の眷属の一体で、今のお前にもついていける脚を持ってる。

 出かける時は、必ず連れて行け。

 逃げ切れない魔獣とかに出くわした時に、こいつが守ってくれる。」

 

ネムは目を輝かせて、その狼に近づいた。

狼は静かに鼻を鳴らし、彼女の手の甲に鼻先を寄せる。

瞬間、銀の光がふわりと揺れ、二人の間に“絆”のようなものが走った。

 

「わぁ……ふわふわ……!」

ネムが頬をすり寄せると、狼は尻尾をゆっくりと振って応えた。

 

エンリは不安と感心が入り混じった表情で二人を見つめる。

「……本当に、大丈夫なんですか?」

 

ジョンは静かに頷く。

「大丈夫だ。こいつは命令よりも“守る”ことを優先する。

 もしネムが危険な状況に陥れば、何よりも先に助けるようになってる。」

 

「へぇ……すごい。」

ネムは嬉しそうに狼の背中を撫で、くすくすと笑う。

「じゃあ名前つけていい?」

 

「好きにつけてやれ。」

 

「じゃあ……“ルーナ”!」

ネムは満面の笑みで呼んだ。

狼――ルーナは低く喉を鳴らし、まるでその名を受け入れるように静かに頷いた。

 

ジョンはその光景を見て、ふっと笑う。

「いい名前だ。

 これで少しは安心できるだろ、エンリ。」

 

「……はい。」

エンリは微笑みながら、妹の成長をかみしめるように頷いた。

 

空には一番星が輝き始めていた。

ネムの笑い声とルーナの足音が、夜風に溶けていく。

それはまるで――世界がひとつ、優しく息をしているようだった。

 

 

/*/ ジョンの工房 夜 /*/

 

 

魔導灯の明かりが淡く机を照らす。

その上には擦り切れた小さな靴――ネムが愛用していたものが置かれていた。

靴底はすでに穴が開き、縫い目は何度も補修された跡がある。

 

ジョンは手に取り、指先で柔らかくその表面を撫でた。

「……よく走ったな。」

独り言のように呟き、ふっと息をつく。

「まったく、靴底がここまで減るってのは才能の証だな。」

 

彼は立ち上がり、作業台の奥から革や魔導繊維を取り出した。

金属の型を軽く叩き、魔法陣を描き、光を流し込む。

青白い光が靴底を包み込み、やがて生き物のように脈動を始めた。

 

「自己再生型のソール……これなら、どれだけ走っても擦り切れねぇ。」

ジョンは目を細めて、にやりと笑う。

「ま、冒険者向けのシューズをちょっと“ネム仕様”にしてやるか。」

 

靴の側面には風を象った細工が施され、足首を支える部分には薄い魔力膜が張られた。

踏み込めば推進の力を、着地すれば衝撃を吸収する。

それはまるで、大地と風のリズムをそのまま形にしたような靴だった。

 

そして翌日――

 

 

/*/ カルネ=ダーシュ村・村長屋敷前 昼 /*/

 

 

庭先に立つネムは、差し出された包みを不思議そうに見つめていた。

「これ……なぁに?」

 

ジョンは片手を上げ、少し照れたように笑う。

「走る時は、みんな心配するだろ?

 だからこれを着ていけ。」

 

包みを開けると、中には白と緑を基調にした軽やかな戦闘舞踏服が入っていた。

袖口や裾には風を模した文様が刺繍され、動くたびに淡く光を反射する。

そして、その隣には新しい靴――先日夜を徹して作った自己再生ソールのシューズ。

 

「わぁ……これ、すごい……!」

ネムの瞳がきらりと輝いた。

 

ジョンは腕を組みながら言った。

「その靴、自己修復するソールになってる。

 どれだけ走っても、壊れない。

 舞踏服も魔導繊維製だ。軽くて動きやすいし、汚れても魔力で自動で弾く。」

 

ネムは靴を履いて軽く地面を蹴る。

たちまち風が足元を巻き、彼女の髪がふわりと揺れた。

 

「うわぁ……体が軽い!」

 

ジョンは満足そうに頷いた。

「だろ? その服と靴なら、風と一緒に走るのにちょうどいい。

 ……ただし、暗くなる前には帰ってこいよ。」

 

ネムは嬉しそうに笑いながら、くるりと回ってポーズを取る。

「はーいっ! ありがとうジョン様!」

 

そして風と共に駆け出した。

白と緑の舞踏服が、太陽の光を受けてきらめき、

まるで一陣の春風が草原を駆け抜けるようだった。

 

ジョンは小さく息を吐き、微笑んだ。

「……あの子は本当に、風の子だな。」

 

エンリが後ろからそっと呟いた。

「ありがとうございます。……あの子、ああして走っている時が一番幸せそうです。」

 

ジョンは肩をすくめ、少しだけ照れたように笑った。

「幸せなら、それでいいさ。

 ――靴底より、心が擦り切れないうちはな。」

 

 

 

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