オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 帝国・魔術学院裏庭 夕暮れの中庭にて /*/
傾き始めた陽が中庭を黄金色に染めていた。
霜の白竜〈フロスト・ドラゴン〉ヘジンマールは、
木陰のベンチに腰掛けながら、三人のエルフの従者――アイク、セルデーナ、クアイア――と向かい合っていた。
「ところで君たち」
ヘジンマールが少し気弱そうに首を傾げる。
「僕、スレイン法国にも協力することになったんだけど……。
なんか、代わりに言うことある? “よくも奴隷にしてくれたな!”とか」
三人娘はぽかんと顔を見合わせたあと、同時に吹き出した。
「……あははっ!」
「いやいや、いまさらそんな気にはなれませんよ」
アイクが笑いながら手を振る。
「奴隷にされて酷い目にはあいましたけど、買った奴が悪いですし。
国がどうとかって、正直よく分かんないです」
セルデーナが頷きながら続ける。
「それに、村の生活は危険がいっぱいでしたし。
耳も治して貰えたし、ごはんは美味しいし……」
クアイアがくるりと回ってスカートを広げる。
「綺麗な服も着せて貰えるし、もう充分幸せです」
「……そう、なんだね」
ヘジンマールは小さく笑った。
「そう言ってもらえるなら、少し安心したよ」
彼の表情には、どこか安堵と哀しみが混ざっていた。
帝国に長く暮らし、人の社会を知る彼だからこそ、
“国”や“制度”という言葉の重さを理解していたのだ。
「僕もね、人間の国のことはよく分からない。
でも、最近は“理屈じゃなくて、誰がどう生きてるか”の方が大事なんじゃないかって思うんだ」
アイクが首を傾げる。
「竜なのに、そういうこと考えるんですね」
「うん。竜だからこそ、考えるようになったのかも」
ヘジンマールは穏やかに微笑んだ。
そして少しだけ真剣な顔で続ける。
「そういえば、カルネ・ダーシュ村で――
エルフ王国の次期王様になるかもしれない子が育ってるんでしょ?」
三人娘が同時に驚きの声を上げる。
「えっ!? そんなすごい子が村に!?」
「まさか……ほんとに?」
ヘジンマールは楽しそうに頷いた。
「うん。神獣様の庇護下で育っているそうだよ。
まだ幼いけど、“森と人との新しい関係”の象徴になるかもしれない」
セルデーナが両手を胸に当て、ぽつりと呟いた。
「……人とエルフが並んで生きられる時代……そんなの、夢みたいです」
「夢でも、始まりはいつも誰かの選択からだよ」
ヘジンマールは優しい声で言った。
「国とか、種族とか、そんな言葉より――
君たちみたいに“生きる場所を見つけた”者たちの方が、ずっと強い」
風が吹き抜け、三人の金と銀の髪を揺らした。
彼女たちは顔を見合わせ、笑う。
「じゃあ、ヘジンマール様。今度カルネ・ダーシュ村に行きましょう!」
「みんな、きっと喜びますよ!」
「プリンも出ると思います!」
ヘジンマールは苦笑しながら肩をすくめた。
「……うん、行こうか。
“理性ある竜王”が、村のごはんを味わう日が来るなんてね」
夕陽の中、四人の笑い声が柔らかく響き渡る。
それは、かつて国と種族に隔てられた者たちが、
ようやく同じ時間を分かち合えるようになった音だった。
/*/ 帝国・魔術学院裏庭 夕暮れの中庭にて(つづき) /*/
沈みゆく陽の光が、白い石畳を淡く染めていた。
ヘジンマールは空を見上げ、穏やかに口を開いた。
「そういえばさ――この村でジョン様が振る舞った“竜骨スープのうどん”、とても美味しかったらしいね」
「へぇー、そうなんですね!」
アイクが目を輝かせる。
「ジョン様って、そういうのも作れるんだ……」
「竜骨……?」
セルデーナが首をかしげた。
「それって、竜の骨ってことですか?」
「うん、そう。僕の父さんの骨だったそうだよ」
三人娘の動きが止まった。
「……え?」
「お父さんの……骨?」
「そ、それって、平然と話すことじゃないような……」
ヘジンマールは小さく笑い、肩をすくめた。
「竜族では、わりと普通のことなんだ。
お互いに執着が薄いからね。生きている間も、死んだ後も。
“竜の敵は竜”って言われる所以もそこにある。
自分以外の竜は、いつか争うかもしれない相手であり、
それでも同じ理に従う存在なんだ」
三人娘は息を呑み、静かに耳を傾けた。
「父さんは、弱肉強食の理に生きていた。
強ければ生き、弱ければ死ぬ――それが竜族の世界の真理なんだ。
だからきっと、死んだ後に自分の骨が出汁に使われても、
“そういうものだ”と思ってたんじゃないかな」
「……すごい考え方ですね」
クアイアが小さく呟く。
「人間やエルフなら、家族の骨をそんなふうに扱うなんて考えられません」
ヘジンマールは首を横に振った。
「うん、そうだと思う。
でもね、竜族にとって“死”は終わりじゃないんだ。
力が形を変えて、また世界のどこかに還る。
父さんの骨がスープになって、誰かの命を繋いだなら――
それは、竜族にとって最も自然で、誇らしいことなんだ」
アイクがぽつりと呟く。
「……なんか、少しだけ分かる気がします。
生きることも、食べることも、結局は“つながること”なんですね」
「そういうことだよ」
ヘジンマールは穏やかに頷いた。
「竜も人も、理(ことわり)の中で巡ってる。
違うのは、その“巡り”を恐れるか、受け入れるか――それだけだ」
三人娘は顔を見合わせ、ふっと笑った。
「やっぱりヘジンマール様って、すごく優しい竜ですね」
「父さんの骨のスープの話してるのに、なんか心が落ち着くの不思議です」
「……それ、食べてみたいです」
ヘジンマールは小さく笑い声を漏らした。
「じゃあ今度、カルネ・ダーシュ村でご馳走になろうか。
父さんの理(ことわり)を味わうつもりでね」
夕陽が沈みきる頃、
四人の笑い声が中庭にやわらかく溶けていった。
それは、種も理も超えて“命の循環”を語る、
竜とエルフたちの穏やかな黄昏だった。