オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・モモンガの執務室 /*/
朝の静謐な空気の中、部屋を満たすのは魔法灯の柔らかな光と、三者三様の香りだった。
ジョンは濃い珈琲を片手に、ぐりもあは香り高い紅茶を。
そして主であるモモンガは、ゆったりと水タバコのパイプを指先で回している。
青白い煙が静かに天井へと昇り、淡く光の魔法陣に溶けていった。
「――さて、報告書の読み合わせを始めましょうか」
モモンガの声は落ち着いていたが、執務机の上に並んだ書類は山のようだ。
ジョンが分厚い報告書をめくりながら、珈琲を一口。
「航空偵察は問題ないですね。バイアクヘーが〈滑空強化〉と〈身体強化〉を組み合わせて、ほぼ亜音速で飛べます。
あとは透明化のアイテムでも持たせて、〈伝言〉で連絡を取れば十分です」
ぐりもあがティーカップをくるくる回しながら口を挟む。
「スクランブル対応の時はどうします? 緊急発進となると魔力配分が変わりますよね」
「出撃前に〈加速〉と〈クィックマーチ〉をかけてやれば、マッハ2.3くらいまでは持ちます。
機体強度も問題なし。彼女たちの体は流体構造ですから、空気抵抗を受けにくい」
モモンガがゆるく頷き、口元から煙を吐く。
「空の目はそれで充分でしょう。では――海はどうしますか?」
ジョンは書類の別ページをめくる。
「漁に出ているアンデッド船を哨戒用に転用できます。
水中呼吸不要、夜間視界完備、魔力通信対応。
実質、二十四時間態勢の警備網ができます」
ぐりもあが紅茶を置き、目を輝かせた。
「でも、海中そのものの“眼”がありませんよね。
深海を監視できれば、もっと早期に異変を察知できるはずです」
モモンガが顎に手を当てる。
「……確かに。陸・空は充実しているが、海中の探知網は手薄だな」
ぐりもあが勢いよく立ち上がる。
「潜水艦型ゴーレム、作りますか!」
ジョンが苦笑する。
「また始まった。お前、設計図描く前に浮上機構考えとけよ。
沈んだまま帰ってこないゴーレムを何体沈めたと思ってるんだ」
「今度はちゃんとします! マナ・ジェットで推進、艦首に音波探知用の魔晶体、
内部にゴーストを管制ユニットとして搭載! 夢の潜航艦ですよ!」
モモンガは微笑ましげにパイプを傾けた。
「面白い発想ですね。
我々の国は大陸全体に目を持つが、海中はまだ未知だ。
“深海の眼”――確かにそれは魅力的だ」
ジョンは肩をすくめ、しかしどこか楽しそうに言った。
「じゃあ、試作許可出しますか? ぐりもあさん担当で」
「賛成です!」ぐりもあが即答した。
モモンガはゆっくりと頷き、机の上の書簡に印章を押す。
「では、“深海監視型ゴーレム”の開発を正式に許可しよう。
ただし――必ず安全機構を付けるように」
「了解ですっ!」
ぐりもあの瞳がきらきらと輝いた。
ジョンは珈琲を飲み干しながら苦笑する。
「……またナザリックのどこかに、新しい“海”ができるな」
「ふふ、いいじゃないですか」モモンガが楽しげに言う。
「地上の国家が我々の存在を恐れるように、今度は海そのものが我々を畏れるかもしれませんよ」
ジョンが立ち上がり、外套を払う。
「じゃあ次は、〈深海〉を制するか……。
空はバイアクヘー、海はゴーレム、陸はアンデッド。
あとは――星の監視だな」
「それは次の会議で」モモンガが軽く笑った。
ぐりもあは嬉々として机に設計図を広げ、
部屋には珈琲と紅茶と甘い煙草の香りが、穏やかに溶けていった。
――ナザリックの朝は、今日も静かで、そして誰よりも勤勉だった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・技術棟ラボラトリー /*/
翌日。
ぐりもあの研究室――いや、工房と言う方が正しい。
魔導炉の熱気と、無数の魔法陣が描かれた金属板の光が入り混じるその場所は、まるで異界の海底のようだった。
「さてさて、“潜水艦型ゴーレム”第一号の設計を始めるよ!」
ぐりもあは紅茶を片手に白衣を翻し、長い巻紙に羽ペンを走らせる。
机の上には、魔力炉心の結晶、古代竜の鱗片、そして動力骨格となるミスリルのフレームが並ぶ。
そこへジョンが、分厚い設計書の束を抱えてやってきた。
青と白の毛並みをなびかせながら、低い声で言う。
「……ぐりもあさん、本気で一晩でここまで組んだんだ」
「ええ、だって楽しいんですもん!」ぐりもあが満面の笑みで答える。
「今回はちゃんと浮上用の機構も考えました。魔力圧縮タンクを両舷に搭載して、浮力制御は水魔法で行います!」
ジョンは眉を上げて感心したようにうなる。
「……理屈は通ってるな。制御ユニットは?」
「もちろん〈知識の幽鬼(ゴースト・アーカイヴ)〉を中枢に据えます。自律思考型の補助AIですよ」
「お前の“自律思考”って、大抵暴走するだろ」
「だ、大丈夫です! 今回は“素直で控えめ”な人格設定にしてますから!」
ジョンが半眼で睨む。
「ぐりもあさん、それは“自律思考”とは言わない」
そこへ、モモンガが静かに転移して現れた。
黒曜の杖を携え、軽く頷きながら二人に歩み寄る。
「おはよう。どうやら順調のようだね」
「はい、陛下!」ぐりもあが姿勢を正す。
モモンガは設計図に目を通し、静かに頷いた。
「“潜水艦型ゴーレム”……面白い。これなら外洋の監視はもちろん、未知の海底遺跡の探索にも使えるな」
「ついでに、深海資源の採掘も可能です」とジョン。
「魔力濃度の高い鉱石層が、あの黒潮の下にあると推測しています」
ぐりもあが補足する。
「航続距離は二百海里を想定しています。動力は〈魔素核(マナ・コア)〉と水流駆動のハイブリッド。
静粛性も重視して、音紋隠蔽魔法を組み込みました。魚群探知もばっちりです!」
モモンガの指先が顎に添えられる。
「……いいな。だが、もし敵対勢力がこれを目撃した場合の対応は?」
ジョンが即答する。
「敵国海域に近づく際は〈深淵迷彩〉を使って、形そのものを“水流”に擬態させます。
仮に発見されても、存在を『海の幻影』として記録されるだけでしょう」
「なるほど、心理的偽装まで含めた完全隠密運用か……実にナザリックらしい」
モモンガは満足げに頷いた。
すると、ぐりもあが突然手を叩く。
「あと、艦内娯楽設備もつけましょう!」
「娯楽?」ジョンが眉を上げる。
「長期航行でゴーストが退屈して暴走しないように、詩と音楽のライブラリを搭載するんです!
“退屈対策”って重要ですよ!」
モモンガが静かに笑う。
「ふむ、我々の部下は皆、芸術的嗜好を持つ。……確かに理に適っている」
ジョンはため息をついた。
「……この国、どんどん娯楽国家になっていくな」
「でもそれが、ナザリックらしさです」とぐりもあ。
「強く、美しく、そして優雅に――」
ジョンが軽く肩を竦めて笑った。
「――まあ、海の底に優雅を求める国は、世界広しといえどここくらいだろうな」
モモンガは黒曜の杖を掲げた。
「では、命ずる。“深海監視用自律潜航ゴーレム”計画を正式に発動せよ。
コードネーム――《リヴァイアサン・プロトⅠ》」
魔法陣が床に展開し、眩い光がラボを満たした。
ぐりもあが嬉しそうに跳ねる。
「はいっ! 《リヴァイアサン・プロトⅠ》、建造開始します!」
ジョンが腕を組み、光を見上げる。
「……空にバイアクヘー、陸にアンデッド、そして海にリヴァイアサン。
これで三界の監視が整うな」
モモンガが静かに頷く。
「世界を見渡し、守る目がすべて整う。
だが――その目が見つめる先を、誤らぬようにせねばな」
ジョンは金の瞳でモモンガを見返す。
「心配いらない。俺たちの視線は、決して支配のためじゃない。
ただ、この世界が“続く”ためにある」
モモンガは小さく笑い、言葉を返した。
「……そうであってほしいな、友よ」
ラボの光が静まり、魔力炉の低い唸りだけが残る。
だがその瞬間、ナザリックはまた一つ、新たな世界の眼を得たのだった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・技術棟ラボラトリー 《リヴァイアサン・プロトⅠ》建造室 /*/
巨大な海色の魔導陣が床一面に広がり、冷気を帯びた霧が機体を包んでいた。
ぐりもあが設計盤に向かい、ジョンは腕を組んで立っている。
その後方では、モモンガが静かにその様子を見守っていた。
ぐりもあは羽ペンをくるくる回しながら言った。
「で、ジョンさん。武装は結局どんな構成にしたんです?」
ジョンが魔導図を指でなぞりながら説明する。
「主兵装は〈魔法の矢(マジック・アロー)〉の多重化だ。
三重三重三重――つまり〈三重×三重×三重〉の“最強位階上昇化”を施す。
さらに〈魔法距離延長化〉を十重に重ねて、射程は約一キロ。
実質、アスロック・ミサイルの代替になる」
ぐりもあが思わず顔をしかめた。
「……ジョンさん、それ無理ですよ。
補助エンチャントそんなに重ねたら、発動時点で魔力負荷が爆発的に跳ね上がりますって」
ジョンはにやりと笑い、懐から金色の指輪を取り出した。
「それが――できるようになったんだよ」
「え?」
「追加補助を付けられる“魔法拡張指輪”の開発に成功した。
さらに分かったことがある。――足の指にも指輪の効果が乗る」
ぐりもあが一瞬固まる。
「……足の、指?」
「そうだ。通常、指輪装備の有効部位は十。
だが検証した結果、足指にも魔力の回路が通っていることが分かった。
つまり、二十個の指輪効果を同時展開できる」
ぐりもあの目がまん丸になる。
「え、ちょっと待って!? つまり――十指+十足=二十補助!?」
「そうだ。
エンチャント時に足の指を使って、追加補助効果のある指輪を装着してもらえば、
理論上、〈魔法距離延長化〉×10も〈多重上昇化〉×3も同時展開できる。
魔力負荷は全身分散で処理できる」
モモンガが嫌そうに首を振る。
「またあれやるんですか……」
ぐりもあは頭を抱えながらも、どこか嬉しそうだ。
「……そんな実験をよく思いつきますね。
でも確かに、足の指輪なら普段の装備と干渉しないし、
エンチャントの儀式も安定するかも」
ジョンはにやりと笑う。
「それに、これを応用すれば――
魔導師が〈足指ブースト〉を使って“十指十足連結詠唱”なんて芸当もできる」
「もはや人間やめてますよ、それ」
「元から人狼だから問題ない」
モモンガが水煙管をくゆらせながら言った。
「……だが確かに、リヴァイアサンにはその規模の火力が必要だ。
深海の魔獣や、旧世界遺跡を防衛する異形との遭遇もあり得る。
魔法の矢をただの弾幕ではなく、対艦兵器として使うのは理にかなっている」
ぐりもあは小さく頷いた。
「〈魔法の矢〉をミサイル扱い……。
いっそ名前を変えません? 〈アーク・スピア〉とか、〈深淵の光矢〉とか」
ジョンが口角を上げた。
「いいな。じゃあ正式採用で《深淵光矢(アーク・アロー)》にしよう。
潜水艦の艦首に十基並列搭載、交互射撃で“海中の夜空”を作る」
モモンガは微笑み、静かに呟いた。
「……空を見上げる者だけでなく、海の底の者にも“ナザリックの光”を見せるわけだ」
ジョンが応じる。
「そうだ。
この世界のどこにいても、俺たちの存在を感じるようにな――静かにな」
ぐりもあが笑いながらペンを走らせる。
「じゃあ《リヴァイアサン・プロトⅠ》、武装仕様確定ですね。
主砲:〈深淵光矢〉発射機×90、射程1km。
補助回路:二十指輪展開式補助炉搭載! ……と」
「書類上はそうしておけ」ジョンが珈琲を持ち上げる。
「実戦では、誰も“足指で魔法を増幅してる”なんて気づかないだろうからな」
「ですよねぇ……!」
そして、完成間近の青黒い艦体が魔導光に照らされて姿を現した。
その流線形の船体には、確かに“深海を射抜く九十の目”――〈深淵光矢〉の発射口が輝いていた。
モモンガが低く呟く。
「――いいな。これぞまさしく、“海を支配する静かな王”。」
ジョンの毛並みが光に反射し、微かに笑う。
「リヴァイアサン。
空を見上げる者の希望にも、海に潜む者の畏怖にもなってもらうさ」
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・技術棟ラボラトリー /*/
ジョンが一息ついて、ふかした珈琲のカップを傾けながらふと顔を上げた。
青白の毛並みが魔灯の光を受けて揺れる。
「あとな??魚雷は魚雷型ゴーレムを作って、生成可能な高位魔法を詰めた巻物を搭載して、敵船に誘導追尾して爆発させるってのはどうだ?」
言葉だけ聞くと乱暴だが、ジョンの言い回しは淡々としている。まるで夜食のメニューを提案するようだ。
ぐりもあはペンを止め、目を丸くして吹き出した。
「ジョンさん……またすごいの持ってきますね! でも《ニュークリアブラスト》みたいな表現はやめてください。設計書に書けません!」
モモンガはゆっくりと煙を吐き、細い声で言う。
「概念としては理解した。だが、我々は“制圧”のためではなく“監視と防護”のためにこれを作る。破壊の度合いと波及範囲を厳格に管理せねばならぬ」
ジョンは肩をすくめ、真剣な目をぐりもあに向ける。
「もちろんだ。狙いは“拘束・無力化”だ。だから爆発そのものも“局所的な魔力消失”や“強制静止”を起こす式で検証するつもりだ。だが、深海における対艦抑止力としては、遠隔誘導の一発があると抑止効果が高い」
ぐりもあは設計図の端に速記で注を入れながら眉を寄せる。
「誘導はどうするんです? 魔晶体を使ったホーミングですか? それとも音紋追尾?」
「両方だ。音紋で近接捕捉、魔晶で終端誘導。だが重要なのは“起爆特性”だ」ジョンが応じる。
モモンガがそこではっきりと言った。
「ならば条件を定めよう。第一に、起爆式には“無害化フェーズ”を組み込むこと??誤爆時に対象の魔力を一時的に封じ、二次被害を与えないこと。第二に、運用は必ず三名以上の承認、かつ私の印章を要すること。第三に、実戦配備前に非致死プロトタイプでの実海域試験を数段階行うこと」
ジョンは頷き、指でぐりもあのメモをなぞった。
「その通りにしよう。あと、巻物に入れる魔法は“衝撃破壊”に偏らせず、“拘束”“魔力削減”“局所空間切断”などの多様な効果を想定する。汎用性を持たせれば、戦術的に選べる」
ぐりもあはうっとりと目を輝かせる一方で、やはり眉が下がる。
「……でも、巻物にそんな高位魔法を刻むのはコストがかかりますよ? 消耗も激しいし、製造は難しい」
「分かっている」ジョンは静かに言った。「だから量産性を考えて“触媒式の魔力圧縮”と“回収可能な発動コア”を組み合わせる。発動後に残骸から魔素を回収して再利用する運用にする」
モモンガが短く笑った。
「ナザリック流のエコロジーか。流石だな」
雰囲気は次第に実務の空気へと変わっていく。設計上の倫理、運用ルール、回収手順、誤爆時の抑止策??議題は細かく具体的に分解され、各自がメモを取る。
ぐりもあが最後に小さな声で訊ねる。
「で、外洋に向けて“誘導魚雷ゴーレム”を放つとき、誰が標的を決めるんですか?」
モモンガの目が鋭くなる。
「決定権は厳格に限定する。軍事委員会、モモンガ閣下(私)、そして現場指揮官の三者同意のみ。感情で撃つことは許さぬ」
ジョンは静かに笑み、杯を掲げるようにカップを持ち上げた。
「それでいい。強さだけなら憶えている。だが、我々は“続ける”ために強くある。抑止は必要だが、制御と回収こそ我々の美学だ」
ぐりもあは設計図に大きく赤い円を描き、そこに「安全プロトコル必須」と書き込んだ。
「じゃあ、まずは非致死プロトタイプで誘導・回収・無害化フェーズの実験を行いましょう。成功したら、次に巻物の候補を厳選して刻みます」
モモンガは満足げに水タバコの煙をゆっくり吐いた。
「それでよい。我々は守る者だ??それが建造の理念である限り、手を止める必要はない」
ラボの奥で、青黒の艦体《リヴァイアサン・プロトⅠ》は静かに光を潜めている。
その腹から生まれるはずの小さな魚雷型ゴーレムの設計図にも、既に「回収ループ」「無害化フィールド」「三重承認制」といった文字が列を成していた。
ジョンは最後に一言付け加える。
「……ただし、俺の案は“決定的な効果”を持つように作る。抑止は見せるだけで機能することが多い。だから実戦で使うのは最終手段だ」
ぐりもあは大きく頷き、メモ帳を閉じる。
「了解です! それでは《リヴァイアサン》用誘導魚雷ゴーレム、設計フェーズを始めます!」
モモンガはそっと微笑んだ。
「今日も、慎重に、着実に。ナザリックの目は、世界のために開かれている」
――実験と倫理と抑止の指針が定められ、深海の新兵器は“守るための道具”として歩み始めた。